黒いパスタ(前編)
ある日のお昼頃。
午前の勉学を終えたシモン少年は、昼食を摂りに魔王の店を訪れました。
彼はどちらかというと机に向かうよりも屋外で運動するほうが好みなのですが、王家の一員として胸を張れる大人になるためには頭脳の鍛錬も欠かせません。そうして午前中に目一杯頭を使っていたせいか、今日はいつにも増してお腹が空いていました。
「む、お前もこれから昼飯か?」
「そう」
「ふむ、ならば一緒に食うか?」
「ん」
店内に入ると、四人掛けの席に一人で座っているライムの姿がありました。
一見いつも通りですが、よく見ると彼女の長い髪はしっとりと濡れています。どうやら、午前中のうちにアリスから武芸や魔法の稽古をつけてもらって一汗かき、そのまま食事にするのも不衛生なのでこの店の奥にある浴室を借りてシャワーでも浴びたのでしょう。まあ、それはさておきライムもシモンと同じくお腹を空かせ、これから昼食にするところのようです。
どうせ食べるなら一人より二人のほうが美味しいというモノ。折角なので相席にして、一緒に食べることにしました。
「あら、いらっしゃい」
「うむ、来たぞ。さて、今日は何にするか」
「まよう」
そうしてシモンが席に着くと、間もなくアリスがお冷とおしぼりを持ってやってきました。お子様二人は手渡されたメニュー表を眺めながら、さて今日は何を食べようかと考えます。
こうした料理の選択は楽しくも悩ましいモノ。
それは大人も子供も変わりません。何も考えずに好物の中から適当に選べばハズレはなくとも、それではあまりに芸がないでしょう。
その日の気分や体調と相談しながら、今本当に自分が食べたい品はなんなのかを自らに問う。
あらかじめ食べたい物が決まっている――――例えば「今日はカレーの気分だ」とか「今は胃袋がラーメンを求めているのだ」みたいな―――――欲求が明確な場合は苦労しないのですが、自分が現在何を最も食べたいのかがイマイチ判然としない時は非常に迷います。
なんとなくガッツリ系がいいとか、コメより麺のほうがいいとか、そんな風に漠然とした方向性まではわかっても、そこから先の詳細が自分自身でも分からないという事は誰にでもあるのではないでしょうか?
そんな時に自身の内なる需要にピッタリのメニューを選べればいいですが、ここで狙いを外すとたとえ料理そのものが美味しくとも、微妙に「これじゃない」というなんとも落ち着かないモヤモヤ感を食中食後にかけて、しばらく引きずることになってしまいます。
「今日はどちらかというと麺の気分だな……ウドン……いや、パスタ系か」
「わたしも」
「しかし……むむ、味はどうするか」
「まよう」
本日の二人は、どうやら揃ってパスタ腹のようです。
しかし、パスタ料理というのはそれはそれは沢山の種類があります。
ペペロンチーノにカルボナーラにアラビアータにボロネーゼ、たらこスパや注文する者がほとんどいない納豆スパ、スープパスタにナポリタン、その他諸々……メニューに載っているだけでも十種類は軽く超えますし、マカロニやラザニアなどを使った料理も含めれば選択肢はもっと増えます。
この中から今現在最も食べたい一品を狙い撃つのは至難の業。
出来うることなら、何か決め手となる一押しが欲しいところです。
「むむむ」
「むぅ」
いつにも増して凶暴に主張してくる腹の虫を宥めながら、シモンとライムはメニューとのにらめっこを続けますが、なかなかしっくりくる品が見つかりません。
……が、しかし、思わぬところから援軍が現れました。
「あ、そうそう。今日の日替わりはパスタの新作なんですよ」
アリス曰く、本日の日替わりはパスタ料理の新作。
つまり、まだメニュー表に載っていない品。
それならば、あるいは今の気分にピッタリカッチリと当て嵌まってくれるかもしれません。
「新作か。変に辛かったり苦かったりするのは困るが……」
「ああ、それは大丈夫。私も味見しましたけど美味しいですよ。それに面白いですし」
「では、それを頼む」
「わたしも」
多少賭けにはなりますが、結局二人はアリスの勧めるままに本日の日替わりである新作メニューに挑戦してみることにしました。今の二人からすれば、あやふやな勘よりもアリスの味覚のほうが信頼できますし、それに正直、あまりにもお腹が空いていて一刻も早く決めてしまいたかったのです。
料理に対してはあまり使われない「面白い」という形容を聞き流してしまい、詳細を聞きそびれたのは、きっと空腹で注意力が散漫になっていたからなのでしょう。
◆あけましておめでとうございます。今年もこっちはネタが出た時に不定期投稿していく形になると思いますが、気楽にお付き合いくださいませ。今年は三百話までいけるかのう。
◆『迷宮レストラン』だけ読んでる方にお知らせ。
本作の続編なんだかスピンオフなんだか、なんかもう作者にも分類がわかんなくなってきた『迷宮アカデミア』の三章の後ろの『番外編』(※章で分けてます)で、レストランのキャラだけの未来編的なお話をやってます。最初から全部読まなくても『番外編』だけで読めるようになってますので、本作の主要キャラの十年後くらいの姿が気になる方はよろしければどうぞ。
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