ss『カキフライ』
最近食べたので
「昼飯はリサが持ってくるから用意はいらぬ」
「はい、かしこまりました。いってらっしゃいませ」
シモンがリサの修行を受けるようになってから、世話役兼護衛であるクロード氏の目を離れて行動することが増えました。
護衛としての立場を考えると問題になりそうなものですが、なにしろシモンを見守っているのは天下に名高い勇者本人。彼女の側よりも安全な場所など、世界中探しても精々一つか二つしかありません。
「さて、今日は何をしましょうかな?」
そんなワケで、最近のクロード氏には自由に行動できる時間が結構多いのです。シモンが鍛錬を終えて戻ってくるまでの数時間はある程度好きに使えます。
流石に昼から酒を呑んだりするのは論外ですが、気の向くままに読書や散歩を嗜み、美味い料理を食べに行く程度なら問題ありません。出来る男というのは息抜きも上手いのです。
午前の残りを優雅に読書をして過ごし、空腹を覚えたクロード氏は魔王の店へとやってきました。シモンと一緒に来ることが多いですが、こうして一人で訪れることも少なくありません。日によっては一度帰った直後に、シモンと共にお茶と茶菓子を目的に再訪することもあります。
「ほう、生牡蠣ですか?」
そんな隠れた常連であるクロード氏が、メニュー表に見慣れぬ品が増えているのに気付かぬ道理がありません。単品の、酒肴やサイドメニューのページに、生牡蠣が加わっているのに目ざとく気付きました。
「牡蠣、お好きなんですか?」
「ええ、若い時分には随分食べたものです。煮ても焼いても美味ですが、やはり一番は生ですな。こう……酸っぱい柑橘の汁を一滴二滴絞ってからツルッと」
「ふふ、美味しいですよね」
アリスの問いにクロード氏は普段よりもやや饒舌に答えました。年季の入った老紳士であっても、好物を前にすると童心を思い出してしまうものなのでしょう。
「……とはいえ、生牡蠣では昼食にはなりませんな」
しかし、生牡蠣だけでは酒の肴には良くても、メインの食事にするには厳しいものがあります。主となる食事は別に頼んで、好物の生牡蠣は単品で追加する手もありますが、中途半端な食べ方では一度火がついた牡蠣欲は満たせません。そんなチマチマした量では、かえって欲求不満が募ってしまうでしょう。
「残念ですが牡蠣はまたの機会に……おや?」
しかし一旦牡蠣を忘れようとメニュー表のページをめくったその瞬間、クロード氏は生牡蠣以外の新メニュー、未知の牡蠣料理の名を発見しました。
名前からして牡蠣が主役のメニューで、しかも定食ということは食事としての満足感も期待できます。もはや頼まないという選択はありえませんでした。
「ふむ……失礼、このカキフライ定食というのをお願いします」
◆◆◆
「お待たせしました」
「ありがとうございます。おお、これは美味そうですな」
運ばれてきた皿の上には、狐色の大ぶりなカタマリが六つ。まだ揚げたてで、衣の表面で熱い油が爆ぜています。
揚げ物というのは、なんといっても熱いうちが華。
タルタルソースやくし切りのレモンなども添えられていましたが、まずは素の味を確かめようと何も付けずに食べてみました。
サクッと軽い衣の感触。
舌を火傷しそうなほどの、しかし心地良い熱さ。
肉とも魚とも違う貝類独特の旨味。
そして何より、大海を思わせる芳醇な海の香り。
「これは素晴らしい」
次いで、今度はタルタルソースと合わせてもう一口。
先程は気付かなかった揚げ物特有の重さが酢由来の酸味で適度に和らぎ、牡蠣の鮮烈な旨味をより楽しむことができます。
レモンと塩で食べてみたり、揚げ物との相性が良いトンカツソースとも合わせてみましたが、それぞれに異なる魅力がありました。
「ふぅ……これは困りましたな」
まるで食べ盛りの若者のような食欲を発揮して、たちまち一人前の定食を平らげてしまったクロード氏は、なにやら少々困った顔をしています。
「牡蠣の一番の食べ方は生のままだと思っておりましたが……これは甲乙付け難い」
これまで一番と確信していた食べ方が、カキフライの躍進によって一位タイになってしまいました。これでは今度から牡蠣を食べる度に迷わねばなりません。カキフライの味には満足しましたが、結果的に一度火のついた牡蠣欲はより一層燃え盛ってしまったようです。
「ふむ、これは一度徹底的に比べてみねばなりますまい。若がお休みになった後にでもまた来て、今度は酒精との相性も確認せねば」
鍛錬があった日のシモンは決まって早く床に就き、そのまま翌朝までぐっすり寝てしまいます。
就寝を見届けた後にでも再び来て、今度はお酒と一緒に牡蠣を堪能しようと、クロード氏は密かに決意を固めていました。
◆牡蠣の食べ方ではカキフライが一番好きです。揚げたて熱々にタルタルマシマシが至高。





