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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語

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ss『ミルフィーユ』


 サクサクした薄いパイ生地とクリームを幾重にも積み重ねたミルフィーユ。

 フランス語で「千枚の葉」を意味するミルフィーユの歴史は古い。

 十九世紀初頭の文献には既にその名が記載されており、今日こんにちにおいても偉大なる古典として知られる人気菓子でもあります。


 ……が、しかし広く人々に愛されるミルフィーユも、残念ながら完璧な存在ではありません。

 一度でも食べたことのある者なら大抵は体験し、そして無数のレシピ改良を経ても未だ克服されざる根本的な欠点があるのです。


 それは――――。







 ◆◆◆







 いつものように鍛錬を終えたライムは、頑張ったご褒美としてアリスにお茶とお菓子をご馳走になっていました。本日のオヤツはカスタードクリームと薄切りのイチゴを挟み込んだミルフィーユ。『ナポレオン・パイ』という名で呼ばれることもある、華やかで素敵なお菓子です。



「むぅ」



 ですが、ライムは何やら困った顔をしていました。いえ、表情自体はいつもの無表情なのですが、困ったような雰囲気を纏っていました。

 別にミルフィーユが嫌いなわけではありません。

 イチゴもパイも好物で、それらを組み合わせたミルフィーユだって大好物です。そう、たしかに大好きなのですが……、



「……むずかしい」



 他の種類のケーキと同じように、フォークで一口分を切り取ろうとしても上手くいきません。

 パイ生地に圧力をかけると中のクリームやイチゴがぐにゅっと潰れて押し出され、せっかくの綺麗な見た目が台無しになってしまうのです。

 ナイフを併用すれば多少はマシになりますが、鋭く研いだ包丁ならまだしも普通の食事用ナイフの切れ味では大抵フォーク同様に潰してしまいます。

 上から一層ずつ剥がして食べれば潰すことはありませんが、それでは幾層ものパイ生地が生み出す食感の妙を充分に味わうことが出来ません。いっそ開き直って丸ごと一気に口に放り込むという最終手段も、ライムの小さなお口ではそれも不可能です。


 そう、「綺麗に食べるのが難しい」という一点こそが、ミルフィーユの唯一にして最大の弱点。

 ミルフィーユとは、数多の挑戦者になんとなく悔しい思いをさせ、豊かな味わいと共にささやかな敗北感を与えてきた魔性の甘味でもあるのです。


 まあ、多少形が崩れても味に変わりはないのですが、折角の綺麗なお菓子なのですから、どうせなら綺麗なままで食べたいのが人情というものでしょう。


 そんなワケで、今日のライムも慎重に攻略を進めていたのですが、流石は難攻不落のミルフィーユ城塞。僅かにでも余分な力がかかると簡単にクリームがはみ出してしまい、まだ食べ始めて間がない序盤から敗色濃厚といった有様でした。

 このまま無理攻めを続けたら完全に形が崩れ、ちょっぴり悲しい気持ちでバラバラになった残骸を食べることになるでしょう。



 しかし、苦戦していたライムを天はまだ見捨てていなかったようです。



「あ、食べにくかったらナイフをタテに入れると綺麗に切れるよ。こう、切るんじゃなくて上から突く感じかな」


「……ほんとだ。びっくり」



 たまたまフロアの様子を見に来た魔王が、対ミルフィーユ戦で絶大な効力を発揮する裏技を伝授してくれたのです。

 尖ったナイフの先端で突くことで力を一点に集中させる。フォークしかない場合でも、普通の柔らかいケーキのように側面で切るのではなく先端を用いてタテに突く。

 そうすることで、余分な力がミルフィーユに伝わらず、潰してしまう前に切り分けることができるのです。

 まあ、この方法を使っても百発百中ではないですし、失敗する確率もそこそこあるのですが、何も工夫しないよりは遥かに勝率が上がるはずです。



「おいしい」


「あはは、それは良かった。お代わりは要るかい?」


「うん」



 こうしてライムは序盤の劣勢を覆して、強敵ミルフィーユを綺麗に食べ終えたのでした。







 ◆◆◆








 なお、これは余談ですが。



「……ひらめいた」



 オヤツタイムを終えたライムはポツリと呟きました。


 力を広く分散させず、一点に集中させれば破壊力は増す。

 体格が小さく、拳や足のサイズが人並み以下であろうとも、対象への接触面積の狭さはそのまま貫通力へと転化させることが出来るのではなかろうか?


 どうやら、オヤツの食べ方をキッカケに彼女の有り余る戦闘センスが刺激され、武術の奥義的なナニカに目覚めてしまったようです。これでまた一段と腕を上げることでしょう。


 まあ、似たような開眼は普段からちょくちょく、具体的には週イチくらいでしていますし、然程珍しいことではありません。何気ない日常生活の端々から強くなるヒントを見出し、恐るべき速度で(あまり使い所のない)戦闘能力を獲得していくライムなのでした。



◆ミルフィーユを綺麗に切るにはナイフをお湯等であらかじめ温めておく方法もあるそうです。

◆日本以外の国では「ミルフィーユ」ではなく「ナポレオン」や「ナポレオン・パイ」という名称が一般的な国もあるようです。覚えておくと外国のケーキ屋さんやレストランで注文する時に役立つかもしれません。

◆『迷宮アカデミア』三章はじめました。そっちもヨロシク!

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