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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語

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行列と新聞


「おぉ~、結構並んでますね~」


「もっと早く来れば良かったわね」


 ある日の事、メイとエリザの二人は最近新しく出来たという菓子店の行列に並んでいました。

 彼女たちのお目当ては、季節の果物やクリームをふんだんに盛り付けたパンケーキ。

 それが今、迷宮都市の若者の間で評判になっているらしい・・・のです。

 まだ開店時間からさほど経っていないにも関わらず、店の前には大勢の女性グループやカップルが列を作っていました。



「でも、こんなに並ぶってことは、やっぱり美味しいんでしょうね」


「ですね~」



 エリザは手にしていた薄い紙束、帳面ノートよりも少し大きいくらいのソレに視線を落として呟きました。

 よく見れば行列の中には、同じような文字が印刷された紙束を持っている人が少なからずいます。それもそのはずで、並んでいる人々はその紙束、『新聞』にこの菓子店の評判が載っているのを見て並んでいるのです。

 いつの間にやら出現し、都市内の商店や飲食店でよく見かけるようになった『新聞』という新しい形態の読み物は、一般的な書籍と比べて薄い代わりに価格が非常に安く買いやすいのが特徴です。

 それでいながら評判の良い店や面白そうな催し物の情報、連載小説に四コマ漫画、様々な分野の最新ニュースや娯楽的なコンテンツが色々と載っており、不自然なほど急速に人々の生活の一部として溶け込んでいました。



「まだ時間かかりそうですね~」


「仕方ないわよ……って、あら?」


「おや、そこにいらっしゃるのは?」



 並び始めてから何十分か経った頃、エリザたちは馴染みの店の関係者、コスモスの顔を見つけました。迷宮都市内には似たような顔のホムンクルスが何十人もいて遠目だと見分けが難しいのですが、よく見ればそれぞれに細かな個性がありますし、数年来の付き合いであるメイたちには判別も難しくありません。



「コスモスさんも並ぶんですか~?」


「さっきより列がもっと伸びてるし、今から並び始めるのは大変よ?」



 メイたちが並び始めた時よりも更に行列は伸び、今から並んだのでは何時間待ちになるか分からない状況です。

 ですが、問題はありません。

 コスモスには並ぶ気など毛頭ない、より正確には並ぶ必要がないのですから。



「いえいえ、ご心配には及びません。ここは私が個人的に所有する店舗ですので」


「「……はい?」」



 お客の立場であれば並ばなければ店に入れませんが、店の関係者であれば話は別。魔王やアリスの把握していないところで多様なビジネスに手を出しているコスモスですが、この店もまた彼女の個人的な所有物なのでしょう。



「宜しければお二人もご一緒に新製品の試食など如何ですか? 実は今日はそのために立ち寄ったのですよ」


「いいんでしょうか~?」


「いいのかしら?」


「いいのです」



 しばし逡巡はあったものの、この長い行列を飛ばして入店できる上に新製品の試食まで出来るとあっては誘いを断るのは難しかったようです。周囲からの羨ましそうな視線を浴びながら、一足先に店内へと向かいました。









「へぇ、この新聞もコスモスさんが出してるんですか~?」


「はい、直接記事を書いてはいませんが」


 案内された店の奥で、メイたちは衝撃の事実を聞いていました。

 彼女たちや他のお客が手にしていた新聞はコスモスが設立・運営する会社が発行したモノで、その新聞で絶賛し流行らせているこの店もまた彼女の所有物。

 つまりは大掛かりな自画自賛、メディアを介した情報操作だったのです。



「え、ちょっ……もしかして、それって自分で自分のお店を流行らせてるってこと?」


「ふふふ、盛況なようで何よりですな」


「それっていいのかしら?」


「いいのですよ。それに商品自体の品質は確かですし、嘘は吐いていませんよ」


「まあ、確かに美味しいけど」



 試食用として出されたパンケーキは、秋らしく綺麗にカットした栗や梨をふわふわの生クリームと一緒に飾ってあって見目が良く、味に関しても文句の付けようがありません。甘党のガルドあたりならきっと朝イチで並ぶでしょう。もしかしたら前日から徹夜くらいするかもしれません。


 品質が確かなのだから、少しくらい派手に宣伝しても不正とまでは言えない。

 飲食業というのは美味しいからといって必ずしも人気が出るわけではありませんが、美味しくて人気がある“らしい”という情報が先行して広まれば、実際の人気など後から付いてくるものです。



「ふふふ、まあ細かいことはいいではないですか。それよりお代わりは如何ですか?」







 ◆◆◆







 何度か日本に行く中で各種マスメディアの存在や人々への影響力を知ったコスモスは、未だメディア産業が未発達である自分たちの世界にも導入することを決めていました。


 私有する店舗の人気を操作しているのは、メディアの影響度を測る実験の一環。

 わざわざ手間隙をかけているのは、何も小金を稼ぐためだけではありません。


 やがては迷宮都市外の各国各都市、そこに住む人々の生活に自身の息がかかったマスメディアの存在を浸透させ、好きなように世論の傾向を操作できるようにする事こそがコスモスの狙いでした。既に近隣各国では、製紙工場や印刷工房用の土地や人員の確保も進んでいます。

 

 

 まあ、そこまでやっても別に深い野望とかは一切なく、そうやって作った言論基盤を時々私的に利用して、面白おかしく遊ぶことが真の目的なのですが。例えば、誰が見てもヘンテコなデザインの衣服を流行らせてみたり、真面目な記事の中に笑えそうなフェイクニュースをこっそり紛れ込ませてみたり……要は単なるイタズラです。


 ともあれ、そんな割としょうもない動機から、この世界にマスメディアという新たな産業、そしてそれを密かに支配するメディア王が誕生しようとしていました。




◆この十年後くらいのアカデミア側で新聞が普及していた理由

◆なんか最近筆がノってるので、予定を変更してもうしばらく更新を続けます

◆『迷宮アカデミア』は明日から三章開始予定。

他の連載作品もよろしくお願いします。作者マイページか小説ページ下部のリンクからどうぞ。

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