ss『豚汁』
◆作中の豚汁の読み方が「とんじる」か「ぶたじる」かについては皆様のご想像にお任せします。
すっかり秋も深まり涼しくなったある日の午前。
しばらくぶりに帰省していたシモンは、王宮の庭にある湖にいました。当たり前のように湖だの川だのを私有していることについては気にしないようにしましょう。
夏場は舟遊びや釣りなどのレジャーに用いられる湖の周囲も、秋から冬にかけては人気が少なくなります。寒い季節には温かい部屋でぬくぬくと過ごしたいのが人情。それはどこの世界でも変わりません。
ですが、シモンは水着一丁になって湖を泳いでいました。
傍らには水面に立つリサの姿もあり、彼女は水面に浮く木の葉や木の枝などの上を器用に飛び移りながら常に近くで監督しています。たまに何もない水面を蹴っているようにも見えますが、物理的にどうなっているかについては深く考えてはいけません。片足が沈む前に逆の足を踏み出せば理論上沈まないとか、大体そんな感じです。
「もう、一往復……いくぞ!」
「がんばってくださいねー」
どうやら、シモンは帰省中でも休まずにトレーニングをしているようです。
普通の水泳に見えますが、よく見ると彼の両手両足には金属の輪っか、変形した聖剣をはめて重しにしており、常に浮き上がれる限界ギリギリの加重をかけています。魔力による身体強化を一瞬でも抜けば、たちまち湖底まで沈んでしまうことでしょう。
この負荷に耐えながら湖を何往復もするという、もはや特訓なのか事件なのか分からない荒行ですが、シモン本人が望んでやっていることなので何も問題ありません。ちなみに修行法の元ネタは例によって日本の少年マンガです。
「じゃあ、今日はこのくらいにしておきましょうか」
「う、うむ……感謝する……」
そうして湖を泳ぐこと約二時間。
それだけ泳ぐのは普通の水泳でも大変なのに、ましてや重しを手足に着けての事。シモンはすっかりバテバテになっていました。まあ、それでも最後まで弱音を吐かずにやり切るあたり、彼も順調に人間離れし始めているようです。
「じゃあ、お昼ご飯にしましょうか」
「おお、今日はなんだ?」
「おにぎりと豚汁にしてみましたよ」
「豚汁か、それはありがたい!」
午前の鍛錬を終えた頃にはちょうどお昼時になっていました。
湖の畔の見晴らしの良い場所にレジャーシートを敷き、そのまますぐにランチタイムへとなだれ込みます。
リサが持っていた弁当箱の中には十個以上のおにぎりがギッシリ並び、1.5リットルサイズの魔法瓶にはホカホカの豚汁が熱い状態のまま入っていました。二人で食べるにはやや多めにも思える量ですが、最近トレーニング後のシモンはリサが驚くほどの量を食べるので、これくらい無いと到底足りないのです。
「いただきます」
「いただきます!」
シモンはまず熱々の豚汁に口を付けました。
「……うむ、美味い!」
いくら運動をしていたとはいえ、長時間水の中にいたせいで身体が冷えていたのでしょう。口からノド、胃の腑までがじんわりと温められ、その熱さが何よりのご馳走に感じられるようです。
そうやって一口目を飲んで人心地ついたら、今度はゆっくりじっくりと汁の味を楽しんでいきます。具材は豚肉にダイコン、ニンジン、タマネギ、コンニャク。出汁は煮干から取ったようです。
それらの具材の滋味が、あえて味噌を多めにしてしょっぱめの味付けにした汁と合わさり、疲れた身体の芯に染み込むようでありました。
「お、これはツナマヨか。美味い」
豚汁を味わったら今度はおにぎりの番。無造作に掴んだのは彼が好きなツナマヨでした。
シモンは酸味が強い梅干が少しばかり苦手なのですが、そこはリサも心得たもので、おにぎりの具材はシモンの好物を中心に入れてあるのです。
そうやっておにぎりを一口食べたところで再び豚汁を一口。すると味噌の塩気がコメの甘みを引き立てて、より一層美味く感じられます。
豚汁、おにぎり、豚汁、おにぎり、また豚汁。
この繰り返しは何度繰り返しても全く飽きることがありません。
王宮の昼餐に比べれば野趣のある、率直に言えば粗野にも思える食事ですが、シモンは鍛錬後のこういう時間が好きでした。
「うむ、やはりリサの作るメシは美味いな」
「うふふ、ありがとうございます。デザートの果物もありますよ」
休憩の後には午後の訓練が待っています。
午後に向けて力を蓄えるべく、シモンは米粒一つ残さずにペロリと平らげてしまいました。
◆個人的に豚汁のベストな食べ方が寒い時におにぎりとセットで食べるシチュエーションです。同じ食べ物でも状況次第で味の感じ方って変わりますよね。
◆気付いたらいつの間にか三百話がぼちぼち見えてきました。まだしばらく先になりそうですが、また何か企画的なものでもやりたいですね。その時になったら改めて告知します。





