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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語

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ss『焼き芋』


 迷宮都市から山をいくつか越えた先にある吸血鬼達の村。

 陽光に弱い種族柄、夏場はほとんど屋内にこもってひっそり過ごす彼らですが、厳しい残暑もようやく鳴りを潜め、徐々に村の活気も戻ってきました。


 そんなある日の夕暮れ頃。

 吸血鬼の少年エリックは幼馴染のアンジェリカが、村の共用窯の前にいるのを見かけました。日が落ちてからが本番のこの村では、完全な夜になってしまうと窯の周りも順番待ちで混雑するようになります。彼女はまだ空いているうちに用事を済ませにきたのでしょう。



「ふんふんふ~ん♪」



 時々怒りっぽくなるアンジェリカですが、ここ最近は毎日ゴキゲンで、今も楽しげに鼻歌など歌っています。

 更に言うならゴキゲンなのはアンジェリカだけではありません。村の女性はほとんど似たような調子で、一部の恐妻家は束の間の安息を噛み締めていました。


 彼女達の上機嫌の理由は、



「また焼いてるの?」


「だって甘くて美味しいじゃない」


「まあ、たしかに美味しいけどさ」



 今も窯の中でじっくり焼かれるサツマイモにありました。


 ほとんど隠れ里のようだったこの村も、しばらく前から外部との交流が増え、新しい作物の種や苗も手に入るようになりました。

 村の者が迷宮都市や魔界の市場から買ってきた作物を色々と育ててみて、中にはこの土地の土や水が合わずに育ちがイマイチだった種類もあったのですが、サツマイモに関しては大成功。味も量も大きさも、全てにおいて文句なしのデキでした。


 余談ですが、試しに他所の村や街で売った時も他の作物に比べて高値が付き、来年からはサツマイモ用の畑をもっと広くしようという話も出て前向きに検討されています。

 普通の人間にとっては森を拓いて農地を増やすのは大変な重労働ですが、夜間限定とはいえ村民全員が怪力や便利な特殊能力を発揮できるこの村にとっては然程の手間でもありません。もっとも、勢い余って禿山にならないよう注意して加減しないとなりませんが。



 収穫した芋の半分は販売用ですが、残りの半分、傷物や形が悪いモノだけでもかなりの量がありました。ほとんど食べ放題みたいな状況で、窯の横に置かれた大カゴから誰でも好きなだけ持っていっていいことになっているのです。

 そのせいで村の家はどこも毎朝毎晩イモ続きで、それほど甘い物を好まない者は飽き始めてもいましたが。村の男性陣の関心は、もっぱらサツマイモで仕込んだ新しい酒へと移っています。



「……そろそろかしら?」


「まだ早いんじゃない?」



 焼き芋に強火は厳禁。

 サツマイモは弱火でじっくり火を通すことで一段と甘みが増すのです。いくら早く食べたいからと焦っては、パサパサで甘みの弱い残念な仕上がりになってしまいます。


 その点、パン焼き釜は芋を焼くのに便利でした。

 パンやピザを焼いた後にサツマイモを放り込んでおけば、余熱だけで良い具合に焼けるのです。それに余熱を利用するだけなら余分な薪も使わずに済みます。

 見ればアンジェリカの横にはほこり除けの布巾をかけたパン籠が置いてありますし、彼女も自分の家で食べる分のパンを焼いた後なのでしょう。



「ねえねえ、もういいんじゃない?」


「さっきから三十秒も経ってないよ? 窯もまだ熱いしさ」


「わ、わかってるわよっ」



 窯の内側に素手で触れても火傷しないくらいに熱が引けば食べ頃なのですが、まだまだ焼きあがるには時間がかかりそうです。

 いくらお腹が空いていても焦りは禁物。

 生焼けのイモを齧ったら、美味しくないだけでなくお腹を壊してしまいます。



 それから更に待つこと十分弱。



「ね、もう……?」


「うん、いいと思うよ」



 ようやくサツマイモが焼きあがりました。

 いくつか焼いていた中でも一番大きな芋をアンジェリカが二つに割ると、金色に輝く蜜が姿を見せ、甘い水蒸気が立ち上ります。



「はい、半分あげるわ」


「ありがとう」



 二つに割った片方をエリックにも渡し、二人並んでそのままその場で食べ始めました。

 少々お行儀は悪いですが、焼き芋が一番美味しいのは焼き上がったその瞬間。この機を逃すわけには参りません。



「ふふ、美味しいわね」


「うん、美味しいね」



 黄金色の身はネットリとした舌触り。

 芋類というよりも、まるで果物か何かのようです。


 皮のあたりはまだ窯が熱いうちに多少焦げてしまったようですが、その香ばしさも魅力の一つ。皮の部分と黄色い内側を一緒に食べると、微かな苦味がアクセントになって、更なる食欲を誘います。

 食べ盛りの少年少女は、瞬く間に大きなサツマイモの半分ずつを平らげてしまいました。




◆よく考えたら前にも焼き芋の話はやった気がするけど、同じ料理が被っちゃいけないって決まりもないし、ネタが出たらむしろガンガンやっていく所存であります。

◆よくよく考えたら『コレは世界観が共通の別作品であって続編ではないのでは?』……と、作者も薄々思い始めた『迷宮アカデミア』連載中です。あっちもいつの間にか百話を超えていたけど、いつまで新連載を自称しても許されるんでしょうか?

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