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迷宮レストラン  作者: 悠戯
勇者と魔王と元魔王編
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勇者と魔王とこれからの事②


「あなたは私と同じ世界、地球から来た人なんですか?」


 わたしの問いに魔王さんはただ一言……。


「さあ、どうなんだろう?」


 と、答えました。

 いえ、ふざけたり誤魔化している様子はありません。

 どうやら本当に知らないようなのです。


 以下は、魔王さんから聞いた話になります。


 彼の一番古い記憶は、世界の狭間。天地上下の区別も無く、時間も空間すらも曖昧な数多の異世界間の隙間をぼんやりと漂っているところから始まったそうです。

 幸い、言語能力や生きていくのに必要な知識などはあったらしいのですが、自分の名前や出自はどうしても分からなかったのだとか。


 まるで物語の記憶喪失のような状態に思えます。

 実際、その時の魔王さんも自身の記憶喪失を疑ったそうです。


 ちなみに地球に関連がありそうな文化等も最初から知っていた知識に含まれるそうですが、地球以外の様々な世界の知識も同じようにあったので、出自を特定する手がかりにはならなかったとか。

 世界の狭間では時間の流れる速さも一定ではなく、そもそもどれくらい長く世界の狭間にいたのか分からないので、結局どの世界のどの時代から来たのか全く分からなかったそうです。


 いくら考えても分からないので、とりあえず適当に目に付いた世界に行ってみたのだそうですが。そこでちょっとしたトラブルに巻き込まれました。


 なんでも、その世界の人類は魔王によって――もちろん彼自身やアリスちゃんとは無関係のワルモノです――滅亡しそうになっていたそうで。


 当時の魔王さんは無関係の部外者ではありますが、そのまま人間が滅んでは情報収集に差し障りがありますし、気分的にも見殺しにするのはよろしくない。そこで紆余曲折あった挙句にその魔王を倒すことになったそうです。

 戦いの経験などありませんでしたが、何も問題はありません。

 世界を滅ぼしかけたラスボスは、パンチ一発で物理的にお星さまになりました。そのワルモノも決して弱くはなかったのでしょうが、流石に宇宙空間まで吹き飛ばされる勢いで殴られてはどうしようもなかったようです。

 この時初めて、魔王さんはどうやら自分が結構強いらしいと自覚したようです。下手に力加減を間違えたら、うっかりあちこちの世界を壊しかねませんし、早い段階で力量を自覚できたのは誰にとっても幸運でした。


 で、その世界にしばらく滞在して、どうやら自分の記憶の手がかりが無いらしいことが分かると別の世界に行きました。そこでもまた悪そうなのがいたので適当にやっつけてから自分の手がかりを探し、そこにも手がかりがなかったのでまた次の世界へ……という流れを何度も何度も繰り返したそうです。


 そういう正義の味方的な活動自体が性分に合っていたのか、次第に元々の目的の記憶探しよりもメインになってきて、色んな世界を渡り歩いては人助けをしてきたそうです。

 その活動内容も悪人を倒すだけだった初期から変わってきて、悪いことをしそうな相手が悪事を働く前に平和的に説得したり、病人や怪我人を治したり、飢えで苦しんでいる人に食料を与えたり、町のゴミ拾いをしたり。色んな世界で色んなことをしてきたのだとか。


 ちなみに記憶の方は別に無くて困ってるワケじゃないし、躍起になって探すのもだんだん面倒臭くなってきたしで、この時点ではもう正直どうでもよくなりつつあったようです。


 今いる魔界にも百年くらい前にそうして来て、なんだか魔族たちが困っていたので助けて、成り行き上魔王になってしまったので放り出すわけにもいかず、意外と居心地も良かったのでそのまま居ついて今に至る……だそうです。








 ここまで魔王さんの話を聞いて思いましたが、なんというか……正直リアクションに困ります。この人、あまりにも生き方が適当すぎる。いえ、本人が満足してるなら他人がどうこう言える筋合いはないんですけど。


 とはいえ、異なる世界間を渡る能力はわたしが帰る為に欠かせません。

 魔王さん本人以外はそう気軽に行き来できないらしいですが、わたし一人を地球に返すだけなら多分大丈夫、らしいです。早速、今日明日にでも帰るというわけにはいきませんが。

 不本意な名声ではありますが、仮にも勇者をやっている身としては、人類と魔族の関係になんらかの区切りが、できれば平和的な形での区切りが付くのを見届けようという程度の責任感はあるつもりです。

 なので日本に帰るのはもう少し先になりそうですが、ある程度の目途が立った今となっては大した問題でもありません。


 相談した通り、本国に伝令は出しました。

 伝令役の数名以外、我々、勇者一行の本隊はこのまま大人しく待つばかり。

 幸いにも魔王さん達が滞在中の衣食住の面倒を見てくれるというので、ありがたくご厄介になることにしました。もう、当てもなく旅をする必要もありません。ほとんど休暇のようなものです。


 各国の王様や偉い人はいきなり降って湧いた無理難題に頭を悩ませることになるでしょうが、向こうだって政治や経済のプロ。なんだかんだ上手い落としどころを見つけてくれるだろう……と、期待するくらいは許されるのではないでしょうか。




 ◆◆◆





 迷宮の中の一層がそのまま宿泊施設になっているので、泊まる場所には事欠きません。まるで高級ホテルのようなバストイレ付きの部屋が、一人に一部屋与えられました。

 ちなみに駄目元で和室がないかと聞いたら普通にあったので、わたしだけは和室で畳に布団を敷いて寝ています。畳サイコー!


 それだけでも驚きですが、後々は迷宮内にアミューズメント施設やショッピングモールなんかも造る予定なのだとか。魔王さんは一体どこを目指しているのでしょうか?



 迷宮内を歩いていると時折ホムンクルスの人たちとすれ違います。話し方が少しぎこちないのと、髪と眼の色がみんなお揃いの銀色。何より幻想的なまでの美男美女揃いなので見ればすぐに分かります。

 そのホムンクルスの人たちが道路工事の人のような黄色い安全帽を被って迷宮内の土木作業をしたり、休憩中にお弁当を食べながらヤカンから麦茶を直飲みしたりする姿を見て、わたしの中にあるファンタジー的な存在に対する幻想は粉々に打ち砕かれましたが。


 食事は一日三食魔王さんのレストランで食べています。

 というか、部屋にこもっていても退屈なので一日の半分はここにいます。

 たまに冒険者の人がお客さんとして来るのでお喋りをしたり、魔王さんやアリスちゃんと料理や食材の話で盛り上がったりと毎日楽しい時間を過ごしています。ちょっと前までの荒れていた気持ちが嘘のようです。



 が、一週間もするとだんだんそんな生活にも飽きてきました。

 毎日何の不自由もなく好きなだけ美味しい物を食べて、眠くなったら好きなだけ寝て、手足を伸ばせる大きなお風呂にのんびり入って……という、この世界どころかはっきり言って日本にいた頃よりも良い暮らしですが、刺激の少なさだけは如何ともし難いです。


 このままだと遠からず完全な駄目人間になりそうな気がします。

 すでに手遅れになりつつあるような感覚もありますが、これから各国の使節団なり交渉団なりが来た時に、魔王の手によって勇者がすっかり堕落していたというのは流石に外聞がよろしくないでしょう。


 まあ、そういうのは抜きにしても退屈というのは相当な難敵。

 騎士の皆さんは旅をしていた時と同じく、空き時間を見つけては熱心に剣の練習などしているようですし、賢者のお爺ちゃんはずっと聖剣の研究に夢中です。

 わたしも時々乞われて稽古や研究に付き合ったりしているのですが、いずれもわたしに大したモチベーションはありません。つまり退屈しのぎとしては、やや弱い。


 早急に、何か他のヒマ潰しを見つける必要がありました。

 というワケで、魔王さんとアリスちゃんに何か面白そうなことはないかと聞きました。一人で悩んでいるよりは良いアイデアも出てくるでしょう。


 その結果。



「じゃあ、魔界の観光でもしてみますか?」



 そう提案されたので二つ返事でオーケー。


 こうして、この世界の歴史上で初めて勇者が魔界に赴くという、後世に残る歴史的一大イベントが「ヒマだったから」という理由で成されることになったのです。



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― 新着の感想 ―
勇者ちゃんも意外と結構適当というかなんというか……。 魔王と同類なのでは?(笑)
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