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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語
278/382

ss『秋鮭のホイル焼き』


「これは良い鮭ですねぇ」


「うん、これは料理のし甲斐があるよ」


 ある秋の朝のこと。

 丸々と太った秋鮭を前に、魔王とアリスとリサが楽しそうに話していました。

 魔界で獲れた鮭も、地球の鮭と同じように川を遡る直前にたっぷりと栄養を蓄えます。

 色々と反則的な手段を使えば年中好きな食材を都合できるとはいえ、やはり旬の食材には心惹かれるもの。季節の食材を前にどんな調理をするか考えるのは、なんとも心躍ります。


 脂の乗った鮭はシンプルに塩焼きにしても良し。

 味噌やキャベツと合わせてちゃんちゃん焼きにするも良し。

 洋風にフライやムニエルという手もあります。

 寄生虫の心配がなさそうなら刺身や寿司、凍らせてルイベ風にするも捨てがたい。



「そうですね、キノコと一緒にホイル焼きなんていいんじゃないですか?」



 話し合っていた最中、食在庫のシメジに目を留めたリサがそんな案を出しました。

 鮭とシメジと、あとは薄切りにしたタマネギやピーマン、ジャガイモなんかを一緒にアルミホイルに包み、オーブンで蒸し焼きに。鮭の脂が野菜に染み込んで、素晴らしい味になるはずです。



「「ほいるやき?」」



 ……が、しかし日本人ならぬ二人には「ホイル焼き」という調理法がピンと来なかった様子。



「あ、そういえばこっちにはアルミホイルって無かったですね」



 それもそのはず、魔界や人間界にはアルミホイル自体が存在しないのですから。

 この店の厨房には日本の調理家電にも劣らぬ便利な魔法道具があるので忘れられがちなのですが、時折こういった前提知識や常識のズレが顔を出すことがあるのです。



「ちょっと待っててくださいね」



 まあ、そんな時はちょっと取ってくればいいだけの話。

 リサが小さく空間を切って穴を開け、手首から先だけを突っ込んで、



「ほら、これですよ」



 日本にある自宅の台所、その収納棚から買い置き分のアルミホイルの箱だけをヒョイと取り出して見せました。相変わらずツッコミ所しかない能力の使い方ですが、この場の面々は良くも悪くも全員同類なので今更誰も気にしません。



「これで鮭やキノコなんかを包んで蒸し焼きにするの」


「へえ、美味しいんですか?」


「美味しいよ」



 リサは、アリスの問いにも迷わず即答しました。なにしろ、旬の秋鮭にキノコに野菜の組み合わせですから、不味くなるはずがありません。



「じゃあ、実際に作ってみましょうか」


「うん、試食して美味しかったらメニューに入れるのもいいかもね」



 こんな流れになるのもいつもの事。

 アリスや魔王もノリノリで、一緒にホイル焼きの調理に取り掛かりました。



 ホイル焼きの調理手順はさして複雑なものではありません。

 一人前分の切り身にした鮭の表面の水気を、清潔な布巾やキッチンペーパーなどで拭い取ってから軽く塩コショウ。身の表面に浮き出た水分は生臭さの元になるので、面倒でも手間を省いてはいけません。


 野菜やキノコは食べやすい大きさに。

 ニンジンやタマネギはシャキシャキした食感が残る程度の厚さに、シメジは石づきの部分を切り落としたら手で解してやります。

 ジャガイモは分厚すぎると生焼けになってしまうので、5mm厚程度の薄切りにしてやります。


 こうして下拵えが終わったら、いよいよアルミホイルの出番です。

 広げたホイルに薄切りのジャガイモとタマネギを敷き、その上に主役の鮭、周囲にニンジンやシメジを散らしてやります。ここであまり欲張りすぎるとホイルの大きさが足りなくなって包み切れなくなるので要注意。


 そして、ここからが肝心です。

 ホイルを閉じる前に味の決め手となるモノを入れるのですが、



「バターもいいけど、マヨネーズでも美味しいよ」


「じゃあ、両方作りますか」



 バターにするか、はたまたマヨネーズにすべきか。

 どちらもホイル焼きには非常によく合い、甲乙付け難い味付けです。

 今回は試食ということもあり両方作ることになりましたが、今後店のメニューに加えるならば、非常に悩ましい問題としてお客の前に立ちはだかることでしょう。


 こうして二種類の味付けを施したらホイルに隙間が出来ないようにしっかり閉じ、あとはオーブンやフライパンで焼いていくだけ。今回はバターとマヨの二種類をそれそれ一切れずつだけなので、大きめのフライパンで手っ取り早く済ませることにしました。

 焼き時間は弱火で十~十五分くらい。

 タマネギの辛味が苦手ならやや長めに、逆に生タマネギのシャキシャキ感を楽しみたいなら短めにすると良いでしょう。















挿絵(By みてみん)





「これは美味しそうだね」


「ええ、鮭の香りが素晴らしいですね」



 ホイル焼きの醍醐味は、なんと言ってもホイルを破る瞬間に立ち上る香気。

 厳重に密閉され閉じ込められた食材の香りがブワッと広がり、凄まじいまでに食欲を刺激してくるのです。



「バターのほうにはお醤油をちょっと垂らすといいですよ」


「なるほど……うん、これはいい」


「マヨネーズのほうも美味しいですよ」



 バターのほうには醤油をチョロリとひと垂らし。

 こってりしたバターの風味が醤油の塩気でグッと引き締まり、一気にご飯に合いそうな味に変わります。

 マヨネーズのほうは元々の酸味が加熱によって丸くなり、それが鮭の脂を吸った野菜と実に良く合うのです。

 鮭の下に敷いたおかげで存分に脂を吸ったジャガイモにタマネギ。

 火の通ったニンジンは甘く、旬のシメジは旨味たっぷり。

 ホイル焼きの影の主役は、これらの野菜達に違いありません。



 そしてホイル焼きの奥深さは、調味料の工夫によって更に広がります。



「バター醤油にレモンを絞って……うん、美味しい! カロリーが怖いけど!」


「七味とか柚子胡椒も合うよ」


「意外とワサビ醤油もイケます」



 バターと醤油だけでも恐ろしく食欲をそそるのに、レモンを絞れば更に食べやすくなり。

 七味や柚子胡椒を合わせてピリ辛風味にしてみたり。

 加熱した魚にワサビを合わせるのは珍しいですが、脂肪分の多いこってりした味付けだからか、意外にワサビのツンとした刺激も鮭の風味とケンカしません。



 一番美味しい組み合わせはどれだろうかと、ああでもないこうでもないと試食しながら話し合う時間は、実に楽しく実り多いものでありましたとさ。



◆後日、おつかいを頼まれたリサが日本の業務用スーパーでアルミホイルを大量に購入していたとか。

◆実験的な試みとして料理の写真を載せてみました。

 作者が去年あたりに作ったやつです。美味しゅうございました。

◆ライムが(ある意味)大活躍してる『迷宮アカデミア』二章まで終わりました。

 三章は九月中に再開予定。読書の秋のお供にでもどうぞ。

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