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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語

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シモンと迷子


 迷宮都市の大通りを外れた薄暗い路地。

 そんな場所を、身なりの良い六歳か七歳くらいの少女が、一人でとぼとぼ歩いていました。



「……ぅう……ここ、どこ……?」



 どうやら少女は迷子のようです。

 歩いている途中で転んでしまったのか綺麗な服は土埃で汚れ、丁寧に編みこまれた亜麻色の髪も、現在の彼女の心境を表すかのようにくすんで見えます。



「お父様、お母様ぁ……ジョセフィーヌ……」



 とうとう歩く気力もなくなったのか、少女はその場にしゃがみこんでしまいました。

 寂しさと不安で胸がいっぱいになり、ぽろぽろと涙が零れます。


 ですが、その時。



「む、もしや迷子か?」


「……え?」



 少女と同じか少し年上くらいの、栗色の髪の少年が声をかけてきました。

 彼はポケットから白絹のハンカチを取り出すと、



「ほれ、これで涙を拭くがよい」


「あ……ありがとうございます」



 少女に渡して、涙を拭くように伝えました。

 箱入りに育てられてきた少女は、正直異性と喋るのが得意ではないのですが、同じくらいの子供であれば然程の抵抗はありません。

 泣き止んで立ち上がった頃には、きちんとハンカチの礼を言える程度に落ち着きを取り戻してきたようです。



「おれはシモンだ。そなた、名前はなんという?」


「シャ、シャーロット、です」



 「少年」改めシモンが名乗ると、「少女」シャーロットも反射的に名乗りを返しました。


 

「もう一度聞くが、シャーロットは迷子なのか?」


「……はい」



 シャーロットとしては迷子と認めるのはとても恥ずかしいのですが、ここで見栄を張っても仕方がありません。今彼女が頼れるのは目の前の少年しかいないのです。



「大丈夫だ、おれがそなたを家まで送り届ける。住所は分かるか?」



 親の仕事の都合で迷宮都市に越して来てからしばらく経ちますが、今日まで一人で外出したことがなかったシャーロットは自宅の住所を知りませんでした。稀に外出する際も両親か使用人と一緒で、しかも自家用の馬車で移動することが多いので覚えていないのも無理はありません。



「ふむ、他に何かないか?」


「えぇと……」



 ですが、代わりに手がかりになりそうな情報として、自らの家名と親の名を告げると、



「じい、分かるか?」


「はい、存じ上げております」



 どうやら最初から後ろに控えていたらしい、背筋の伸びた老人クロード氏が、シャーロットの家の場所を知っていたようです。



「そうか、ではそこまで送っていこう」


「あ、待ってくださいまし。ジョセフィーヌを探さないと」


「ジョセフィーヌ? 誰だ?」



 ですが、シャーロットにはまだ帰るワケにはいかない事情がありました。



「私のお友達の猫ですわ」


「ふむ、猫探しの最中であったか」



 どうやらシャーロットは、何かしらの理由で行方不明になった飼い猫を探しに一人で飛び出してきてしまったようです。ですが、土地勘がないために簡単に迷子になってしまったのでしょう。

 この広い都市で猫一匹を探すのはなんとも骨が折れそうですが。



「よし、おれも探すのを手伝おう」


「え? よ、よろしいのですか?」



 シモンは迷わずに助けることに決めました。



「だが、そなたの家の者も心配しているであろう。じい、済まぬが」


「はい、心得ております。シャーロットさまのご家族には私から連絡を。若、何かありましたら」


「うむ、心配は無用だ。『ぼうはんぶざー』も持っておるしな」


「?」



 諸々のアフターケアに関しても抜かりはありません。

 クロード氏を連絡役にすると子供たちだけで行動させてしまうことになりますが、それに関しても万が一に備えての安全策を用意してあります。まあ、そもそも治安が異常に良い迷宮都市では、子供だけで歩いていても事件に巻き込まれる可能性は限りなくゼロに近いのですが。


 クロード氏に連絡を任せ、子供だけで猫を探すことになりました。

 しかし、当然のことながら普通にやっては見つかる可能性は低いでしょう。



「でも、どうやって探すんですの?」


「任せておけ、おれに策がある」



 シモンは自信満々に言い切ると、シャーロットの手を引いて歩き出しました。







 ◆◆◆







 シモンが向かったのは、市内にいくつかある公園の一つ。

 遊んでいた子供たちは、シモンを見つけるとゾロゾロと集まってきました。総勢約二十人。下は四歳から上は十歳前後、男の子も女の子も半々くらいの割合でいます。



「あ、隊長だ」


「たいちょー」


「また違う女の子連れてる」


「可愛いねー」


「隊長が、また“ふらぐ”立ててる」


「隊長、その子だぁれ?」



 どうやらシモンは彼らに「隊長」と呼ばれ慕われているようです。

 一部に誤解を招きそうな発言がありましたが、気にしてはいけません。



「静粛に。皆に緊急任務を与える」



 子供たちが集まってきたところで、シモンは彼らに「任務」を与えました。 



「このシャーロットが飼っている猫が逃げ出してしまってな。皆に探すのを手伝ってもらいたい。シャーロットよ、そのジョセフィーヌの特徴を皆に伝えよ」


「え? あ! ……は、はいですわ。えっと」



 突然の展開に付いていけず困惑していたシャーロットも、シモンが目の前の子供たちに助っ人を頼むつもりなのだと気付いたようです。

 彼らにとっては遊びの一環みたいな感覚のようですが、人手が大いに越したことはありません。

 どちらかというと人見知りする性格のシャーロットは大勢の前で話すのは苦手なのですが(いわゆる「庶民」の子供と話すのもこれが初めてです)、大事なともだちのためと思い、どうにか頑張ってジョセフィーヌの特徴を伝えました。



「探している途中で他に手伝いを頼めそうな者がいたら声をかけておいてくれ。人数が多いほうがいいからな。では、一時間後にここで集合だ」


「はっ、りょーかいであります」


「ぼく、あっち探すね」


「じゃあ、わたしこっちー」



 こうして「緊急任務」を受けた子供たちは、街中へと散らばっていきました。



「では、おれたちも探すとするか」


「は、はい!」







 ◆◆◆







 そして一時間後。

 シモンたちが再び公園に戻ってくると、



「あ、ジョセフィーヌ!」


「おお、そなたが見つけてくれたのか。礼を言うぞ、ライム」


「ん」



 妙にでっぷりとした肥満体型のメス猫を抱えたライムが待っていました。

 どうやら、任務中の子供たちに話を聞いて捜索に加わっていたようです。


 

「あ、ボス。おつかれさまです」


「あねご、さすがです」


「おやぶん、おみごと」


「ライムちゃん、すごいね」


「ん」



 ライムは、シモンとはまた別種の敬意を持たれているようです。捜索中に人数が増え、全部で五十人近くになった子供たちが口々に賞賛を送っていました。

 多様な敬称についてはあまり気にしてはいけません。

 乱暴な子や弱い者いじめをする子を「改心」させる過程で、自然とそのように呼ばれるようになっていたのです。おかげで今ではみんな仲良しですし、事件性はなかったので多分セーフ。



 まあ、それはさておき。


「皆、良くやってくれた。では、おれから皆に褒美を与える」


「「「わーい!」」」


「ん」


「ご褒美?」



 シモンのご褒美宣言にライム以外の子供たちは歓声を上げました。

 よく分かっていないシャーロットだけがキョトンとした顔をしています。



「そなたも来るがいい」


「あ、はい」



 そのまま、シモンに連れられて子供たちと一緒に近くの広場に移動しました。

 シモンは財布から銀貨を取り出すと飴を売っている屋台に行き、



「ひーふーみー……店主よ、いちご飴を五十三本頼む」


「おお、坊ちゃん、毎度ありっ」


「さあ、皆順番に受け取るがいい。行儀よく並ぶのだぞ」


「「「はーい!」」」



 どうやら、「任務」の報酬はお菓子で支払われるのが通例のようです。

 店主も慣れたもので、手際よく子供たちに棒付きの飴を渡していきました。



「ほら、そなたの分だ」


「そ、そんな、悪いですわ」



 シモンがシャーロットの分まで貰ってきましたが、彼女は恐縮して受け取ろうとしません。

 何から何まで世話になった上に、「報酬」に当たる飴を貰うのが心苦しいという理由もありましたし、こういう屋台で買った食べ物を口にしたこともないので少なからず戸惑いがありました。



「遠慮するでない。こういうのは皆で食ったほうが美味いのだ。ほれっ」


「……ん、あ」



 ですが、シャーロットの一瞬の隙を突いて開きかけた口に飴を含ませると、その抵抗も途端に弱まりました。



「どうだ?」


「……甘い。美味しいです!」



 棒を刺したいちごを飴に絡めて固めただけのシンプルなお菓子ですが、歩き回って疲れた身体に甘さが染み込んでいくかのよう。パリパリした表面の薄い飴の感触が面白く、中のいちごの甘酸っぱさも最高です。


 きっと、普段であれば同じお菓子でもここまでの感動はないでしょう。

 ですが、必死に歩き回って、大勢で同じ物を食べるというシチュエーションが、ただの飴の味を何倍何十倍にも引き上げているのです。



「それに、とっても綺麗です。お母様の持ってる紅玉ルビーみたい!」



 幼いながらも淑女として厳しく躾けられてきたシャーロット。

 引っ込み思案な気性と相まって、これまで控えめかつ恐縮した態度を崩さなかった彼女が、ようやく歳相応の無邪気な笑顔を見せました。


 そんな彼女の笑顔を見たシモンは、



「はは、やっと笑ってくれたな」


「え?」


「やはり、そなたは笑顔のほうが美しい」


「……え? えぇぇっ!?」


「む、どうかしたか?」



 シャーロットの白い頬が、一瞬にしていちご飴みたいに赤く染まりました。



(はて? 兄上から、女を喜ばせるにはこう言えと教わったのだが……何か間違えたか?)



 別にシモンには彼女を口説くつもりなど毛頭ありません。

 単に、出会ってからずっと暗い顔をしていた少女を、どうにかっもっと喜ばせられないものかと言ってみただけなのですが……相手がどう受け取るかまでは思案が及んでいなかったようです。



「あ、あの! お……お友達からでもいいですか!?」


「ん? うむ、もちろん構わぬ。よろしく頼む」


「は、はいっ、末永くよろしくお願いしますっ!」



 このシャーロットの言葉も、本当にただの友人関係を希望するものとしか思っていません。



「あ、また隊長がいつものやってる」


「これで何回目?」


「どうだったかなー? もう覚えてないや」


「たいちょー、そのうち刺されそうだよね」



 実のところ、シモンがこのような誤解を招いたのはこれが初めてではありません。

 彼が困っている子供を見つけては男女問わず助けるのはいつものことで、相手が女の子であれば兄達由来の社交術(と、シモンは思い込んでいるナンパ術)で誤解させるのもいつもの流れ。仲の良い子供たちも慣れた風に見守っていました。







 ◆◆◆







《オマケ・後日談》



「おお、では屋敷の外で遊んでもいいと言われたのだな?」


「はい!」


 迷子になった日、帰宅したシャーロットは大目玉を覚悟していたのですが、不思議とほとんど叱責されませんでした。どうやら、無事を報せに訪ねたクロード氏が、彼女が酷く怒られないように上手く言ってくれたようです。


 それどころか、シモンに出会って助けられてからの一連の出来事を話すと、“何故か”非常に喜ばれてしまいました。シャーロットは最後までシモンがどういう家の子なのかを知らずにいたので、理由が分からないのも無理はないでしょう。


 それなりに・・・・・格の高い名家の令嬢であるシャーロットは、シモンとの仲を両親に認めてもらえるかを密かに心配していたのですが、その心配はまずないでしょう。本当はただの誤解で、肝心のシモンに全くその気がないというのが大問題なのですが。


 ともあれ、籠の鳥の如く大事に育てられていた少女は、シモンとより仲良くなれるようにと、自由な外出が認められ、大勢の友達を得て楽しく過ごせるようになったのでした。

 

 めでたし、めでたし。









「…………」

「あれ? あねご、どうかした?」

「……べつに」


 めでたし、めでたし?



◆猫のジョセフィーヌは地味に再登場。

◆シャーロット嬢の今後の出番については未定です。

◆約十年後のシモンは超ハイスペックイケメン化していますが、無自覚にフラグを立てる悪癖と自分に向けられた好意に鈍いのはそのままです。詳しくは『迷宮アカデミア』をご参照ください。最近、彼がすごく活躍してます。

◆今回の最後の彼女は、まだ明確な気持ちを自覚してはいません。なんだかモヤモヤする、くらい。

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