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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語
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ガルドの菓子修行⑥+α


 数ヵ月後。

 迷宮都市から遠く離れた辺境の地にて。



「おらぁ!」



 ガルドは元気に魔物を殴り飛ばしていました。

 人里近くにまで生息域を広げた魔物の討伐依頼を受け、遥々やってきたのです。


 周囲には同様の依頼を受けた冒険者や、本来であれば戦闘の指揮を執るはずの国の正規軍もいましたが、



「……もう、あいつ一人でいいんじゃないかな?」


「……だよなぁ」



 まるで活躍の機会がなく完全に観戦モードに入っていました。

 周辺の村の住民を避難させたり守ったりと、キチンとやることはやっていますし、彼らも決して役立たずではないはずなのですが、



「おう、逃げてんじゃねぇぞテメェ、ゴルァ!」



 本来であれば陣を組み、綿密な作戦を立てて当たらねばならないはずの翼竜ワイバーンの群れが、一人の人間を前に逃げ惑う姿を見てしまっては、彼らが自信を喪失するのも止む無しでしょう。


 竜の首に腕を回して力尽くで頚骨をへし折り、固い鱗に覆われているはずの身体を殴れば骨が砕け内臓が破裂し、空を飛んでいても投石によって翼を撃ち抜かれ撃墜されていく有様。


 いくら人や家畜を攫って喰らう害獣とはいえ、翼竜たちに哀れみを覚えるほどの一方的な蹂躙でした。



 三十年近く前の若い頃に翼竜と一対一タイマンで勝利し英雄となったガルドでしたが、あれは彼的にはまだまだ未熟な頃の話。


 当時とは比較にならないほどに技を極め、身体を鍛え、なんといっても長年のストレス源だった甘味断ちがなくなったおかげで現在の強さはコレこの通り。一対一であれば、翼竜よりも上位種の火竜や龍樹のような怪物とも互角以上に戦えることでしょう。







 ◆◆◆







 さて、結局ほとんど一人で十数頭もの翼竜ワイバーンをブチ殺したガルドですが、彼にとってはここからが本番です。

 軍の誘導で一時的に避難していた民間人が戻ってくると、あらかじめ持ち込んだ分に加え、多額の報奨金で大量の小麦や砂糖を買い集め、



「ねえ、なになに?」


「おっちゃん、何やってんの?」


「へっへっへ、ちょいと待ってな。美味いモン食わせてやっからよ」



 村の広場で、お菓子の炊き出しを始めたのです。


 ホットケーキやクッキーを焼いていると、まず甘い匂いに釣られた子供たちが、次いで村の大人たち、更にはまだ村に残って討伐の後処理をしていた軍人もワラワラと集まってきました。全部で百人以上はいるでしょうか。



「おら、順番だ順番! 子供が先、大人は後だ。こら、そこ横入りすんな!」



 最初はキャンプの要領で焚き火を熾して調理していたのですが、それではとても追いつきません。

 村長と交渉して共用のパン焼き窯と近所の家の台所を借り、ついでに手伝いを申し出た数名を即席のアシスタントにして、とにかく作りまくりました。

 難しい部分はガルドがやる必要がありますが、プリンを冷やすため井戸水を汲んだりだとか、追加の材料を買いに走る部分を人任せにできるだけでもだいぶ違います。



「牛乳がもう無ぇな。誰か牛飼ってるやつで今から持ってこれる奴いるか?」


「ああ、そんならウチから持ってくるだ。バターもあるけどいるべか?」


「おう、そんなら全部買うぜ!」


「ウチ、卵あるけど買ってくれるか?」


「果物はいるか?」


「おう、ある分全部持ってきな!」



 買った材料がなくなりかけても、牛や鶏を飼っている家が多いので、その都度買い足していけばどうにでもなります。先刻の討伐でちょっとした家が建つくらいの報酬を得ていることもあり、湯水の如くお金をばら撒いていきました。





「うまいうまい」


「これ甘くておいしいね」


「がっはっは、そうかそうか! ほら、おかわりもあるから腹一杯食いな。遠慮なんてするんじゃねぇぞ!」



 先刻の戦闘以上に忙しく働いていますが、子供たちの嬉しそうな姿を見てガルドは非常にご機嫌です。

 すさまじいスピードで焼いたり揚げたり、たまにつまみ食いをしたり村の主婦にレシピを教えたりしながら、自分含めその場の全員が満腹するまで動き続けるのでした。







 ◆◆◆







《オマケ 『新しい弟子』》



「なあなあ、おっちゃん。ちょっといいか」


「ん、どうした坊主。まだ食い足りねえか?」


 炊き出しが一段落した頃、村の子供がガルドに話しかけてきました。

 年齢は恐らく五歳そこそこ。

 燃えるような赤い髪が印象的な、同年代の子供よりもやや小柄な少年です。



「いや、もう食えない。ありがとな」


「おう、どういたしましてだぜ。で、どうした?」


「ああ、爺ちゃんたちが話してたけど、おっちゃんて強いんだろ? 俺に戦い方教えてくれよ」



 少年の用件は弟子入り志願でした。

 まあ、これは実のところそれほど珍しい話でもありません。


 シンプルな腕っ節が物を言うこの世界では若者が強い者に憧れるのはよくあること。

 ガルドとしても、たまたま縁があった後輩冒険者や民間人の少年少女に基礎的な技や身体の鍛え方を教えたことは一度や二度ではありません。

 “強い”というのは、ただそれだけで憧れの対象になり得るのです。


 ただ、今回の少年はいつもの弟子入り志願者とはちょっと違いました。

 彼が見ているのはガルド本人ではなく、



「なんだ、俺みたいに強くなりたいってか?」


「いや、おっちゃんよりもだ。俺、勇者さん・・みたいに強くなりたいんだ!」


「ほう、そりゃ大きく出たな!」



 少年が目標としているのはガルド本人ではなく勇者でした。

 これもまた、よくあることの一つです。


 世間一般においては、この世界での役目を終えた勇者は既に元いた世界に帰還したことになっていますが、それでも未だに“最強”の象徴として広く知られているのです(実際には最強ではなく二位タイなのですが、こちらでは魔王の実力はあまり知られていないのでそういうことになっています)。



「いいぜ、やっぱ夢はでっかくなきゃな!」


「やった! で、おっちゃん……いや、師匠! 何からやればいい? 素振りか?」


「いや、俺は剣は専門外だから知らん。そうさな……よし、まずは筋トレだ! どんな得物を使うんでも筋肉はあって困らんしな。とりあえず、腕立てとスクワットと懸垂と、あと思いついたやつ片っ端から百回ずつだ!」


「え? ……お、おう、やるぜ師匠!」


「おう、その意気だ! じゃ、早速やるぞ。いーち、にーい、さーん……」


「いーち、にーい、さーん……」



これで今回のエピソードはひとまず終了。

またしばらくの間は『迷宮アカデミア』のほうがメインになるので、こっちは単発回を不定期にやっていくと思います。どうか気長に(出来ればあっちを読みながら)お待ちください。

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