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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語
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ガルドの菓子修行②


 ガルドが魔王に菓子作りを教わる約束をした翌朝。

 営業が始まる前の魔王のレストランにて。



「エプロンのサイズはどうですか?」


「おう、ピッタリだ! ありがとな!」



 ガルドは店の奥にある魔王の部屋で、エプロンの試着をしていました。

 ちょっとした小窓用のカーテンくらいはありそうな特大サイズです。


 最初は魔王の予備を貸すつもりだったのですが、タテにもヨコにも二回り以上も体格差があっては、まともに付けることもできません。衣料品店にもこんなサイズのエプロンは売っていないでしょう。


 そこで、裁縫が得意なアリスに頼んで、新品のエプロンを仕立ててもらったのです。

 昨日の今日ではそれほど凝ったデザインは出来なかったようですが、爽やかなミントグリーンの生地の隅っこにデフォルメされたネコのアップリケがワンポイントで入っていました。アリスなりのちょっとした遊び心でしたが、強面の顔に似合わずガルドもこのデザインが気に入った様子です。



「アリスの嬢ちゃん、わざわざ手間かけさせて悪かったな」


「そうでもないですよ。ミシンを使えば縫うのは楽ですし」



 裁縫関連の技術は、アリスがライバル兼同志であるリサに完勝できる数少ないポイントです。手は抜けません。



「裁縫も料理も上手いし、嬢ちゃんはいい嫁さんになりそうだ。魔王の兄ちゃんも幸せモンだな!」


「いやぁ、まったく。僕にはもったいないくらいで」


「あ、あはは……」



 こうもあけすけに褒められて、アリスはすっかり照れて顔を赤くしてしまいました。

 何かと自己評価の低い傾向にある彼女は、どうもこういうストレートな賛辞には弱いようです(それはそうと嬉しいのは確かなようで、魔王から見えない角度で小さくガッツポーズをしていました)。




 そうしてエプロンのサイズ合わせを終えると、魔王とガルドは厨房まで移動しました。ちなみに、現在アリスは開店前の準備でフロアの清掃をしています。


 

「ええと、どこでも手に入るような材料で出来るお菓子でしたね。あとは使う調理器具も少なめのほうがいいですかね」


「ああ、色々注文つけてすまねぇな」


「いえいえ、このくらいお安い御用ですよ」



 今回ガルドが希望したのは、材料の乏しい旅先でも作れるようなお菓子の作り方。

 更に加えて「使う調理器具が少なく」、「初心者でも出来るような簡単なモノ」等々の条件も加わります。

 食べるほうは大ベテランでも、作り方となるとサッパリ分からないガルドとしては、そんな都合の良いモノがあるのか少々不安もあったのですが、



「じゃあ、今日はホットケーキを作ってみましょうか」


「お、いいな。大好物だ。でも、難しいんじゃないか?」


「極めようと思ったら大変ですけど、とりあえず食べられる程度の物を作る分にはそうでもないですよ。使う材料も少なくて済みますし。小麦粉なら大体の場所で手に入りますよね?」


「ああ。パンやら麺を食う地域なら簡単に買えるぜ」


「どうしても小麦がなければ、蕎麦粉やとうもろこし粉でも代用できますし、クリームとか果物を添えれば華も出せますからね」



 ホットケーキなら初心者の入門編にはもってこいでしょう。

 フライパン一個あれば焼けますし、使う材料も何かしらの穀物の粉以外に卵と牛乳と砂糖があれば、それらしい形にはなります。ふっくら仕上げるには膨らし粉(ベーキングパウダー)を混ぜたほうが簡単ですが、無ければ無いでなんとかなります。



「じゃあ、まずは粉を量っていきましょうか。小麦って言っても色々あるんですけど、お菓子作りなら薄力粉がほとんどですかね」


「お、おう?」


「薄力粉はこの目の細かいサラサラしたやつです」



 ちなみに、小麦粉の薄力粉や強力粉の分類基準は、含有するグルテン(たんぱく質)の量によって決まります。

 モチモチ感が求められる餃子の皮やハードタイプのパンにはグルテンの多い強力粉。

 揚げた際の軽いサクサク感が求められる天ぷらの衣や、フワフワ感が欲しいケーキなどの場合は薄力粉がそれぞれ適しています。



「じゃあ、今から言う通りに量ってください」


「ああ」



 ガルドは早速、銅製の計量カップで薄力粉をガバッと、大体言われた通りに掬い取りましたが、 



「あ、ちょっと多すぎますね。少し減らしてください」


「おう、こんなモンか」


「あ、今度は減らしすぎです。目盛りの半分だけ足してください」


「ずいぶんキッチリ量るんだな?」


「ええ、普通の料理なら目分量でやってもある程度形になりますけど、お菓子の場合は計量をしっかりやらないとすぐ失敗するんですよ。ケーキみたいな粉モノだとちゃんと膨らまなかったりとか」



 通常の料理であれば、慣れた者ならある程度勘で材料の調整をしても大きな問題にはなりにくいですが、お菓子作りの場合はそうはいきません。計量にはかなり厳密な精度が求められます。



「むむ……結構大変だな」


「今回は簡単なほうですよ。難しいのを作る場合だと、調理中の室温とか湿度まで気を遣いますし」



 一流の職人なら材料や技術のみならず環境までこだわる事も珍しくありません(魔王やアリスの場合、そのあたりの調整を魔法でチョチョイと出来るので言うほど難しくはありませんが)。



「まあ、そこまでキチンと考えるのは、もっと上達してからでいいと思いますよ。今は材料の計量だけ間違えないようにしていきましょう」


「ああ……よしっ、と。粉の量はこんなモンでいいか?」


「ええ、今度はピッタリですね。じゃあ、量った粉をボウルに入れたら、今度は牛乳を計りましょうか」


「おう!」



 ガルドは魔王の指導のもと、量った材料をボウルに入れ、それをガシガシと混ぜていきました。これでタネは完成。あとはフライパンで焼いていくだけです。



「まず僕が焼いてみますね」



 最初に魔王が見本で一枚焼いてみせました。

 油を薄く引いたフライパンを弱火にかけてタネを流し、



「ほら、こんな具合にプツプツ穴が開いてきたら頃合です……よっ、と」


「おっ! 上手いもんだな」



 片面が焼けると、手首のスナップだけで見事にひっくり返しました。

 初心者はフライ返しを使ったほうが確実ですが、コツさえ掴めばコレこの通り。



「じゃあ、あとは自分で練習してみてください。僕は他の仕込みをやってるんで、分からないところがあったら聞いてください。厨房(ここ)にある材料は自由に使っていいですから」


「おう、手間かけさせて悪かったな。じゃあ、早速やってみるぜ!」



 手順については基本的に混ぜて焼くだけの単純な工程です。

 他の料理の準備がある魔王は一連の説明を終えると一旦その場を離れ、ガルドはそのまま厨房の一角を借りて自主練をすることにしました。


 量って、混ぜて、焼く。


 ……量って、混ぜて、焼く。


 …………量って、混ぜて、焼く。


 …………………………………………。








 ◆◆◆








 そして、およそ半日後。

 そろそろ店を閉めようかという時間になっていましたが、



「ガルドさん、ガルドさん。そろそろ厨房片付けますから……」


「ん? あれ、もうそんな時間か?」



 ひたすら十時間以上も量って混ぜて焼く工程を繰り返していたガルドは、魔王に肩を叩かれて、ようやく夜になっていたことに気付いたようです。このすさまじい集中力は、彼の持つ甘味への恐るべき執念に由来するものであることは想像に難くありません。



「じゃあ、あと一回。この粉の分だけ焼いちまったらお終いにするからよ」


「ええ、まあ、そういうことなら」



 すでにボウルに入れてしまった分は今更在庫に戻せませんし、このまま使うしかありません。

 ガルドは慣れた手付きで卵を掴むと片手で割り入れ……、



「あれ、片手割りなんて出来たんですか?」


「ん? ああ、魔王の兄ちゃんもさっきやってたろ。見様見真似でやってみたら出来たんだけど、何かマズかったか?」


「いえ、別にそういうことはないんですけど……」



 どうやら、仕事中の魔王の姿を見ただけで卵の片手割りを習得してしまったようです。

 そして、習得したのはそれだけではなく、



「ほいっ、と」



 手首のスナップで裏返す方法もバッチリ覚えてしまったようです。

 焼き加減も火が通り過ぎず、なおかつ生焼けでもないベストの仕上がりで、最初に魔王が見本で焼いたのと比べても遜色ありません。



「一日で随分上達しましたねぇ」


「おう、百枚くらいは焼いたからな」


「百……えっと、一応聞きますけど、その焼いた物はどうしたんです? 見当たりませんけど」


「全部食った」



 大雑把に一枚100gとして、およそ10kg。

 どこぞの白髪少女に比べたら充分に人類の常識の範囲内です。

 魔王も「まあ、そういうこともあるか」とズレた納得をしていました。




「今までは食う専門だったけど、自分で作るのも結構楽しいもんだな!」


 好きこそ物の上手なれ。

 どんな分野であれ、人は好きな物事には熱心に励むので上達が早いものですが、人並みはずれた甘党のガルドがこの調子で修練を重ねていったら、いったいどうなってしまうのでしょうか。



話の内容には全くこれっぽっちも関係ありませんが、『サザエさん』のマスオさんはホットケーキを裏返す時の一瞬でバク転をするというスゴ技を持っているそうです(※「回転ホットケーキ」で検索)。もはや、すごいとかすごくないとか以前の狂気を感じます。

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