続・異世界のアイス屋さん
リサが大学に入学して少し経った頃のこと。
「わあ……! 可愛い!」
彼女は、胸元に抱えた赤ん坊を見て満面の笑みを浮かべていました。
とはいえ、時期的に当然ながらリサ自身の子ではありません。
「おめでとうございます!」
「ありがとうございます、リサさん」
ここは迷宮都市から遠く離れたA国の王都。
リサが勇者をしていた頃に一緒に旅をしていた、元騎士のアイリ女史が経営するアイスクリーム店の二階にある居住スペースです。
受験や入学当初のゴタゴタで半年以上もご無沙汰していたのですが、連休で時間ができて久々に会いにきたら、なんと小さな家族が増えていたというわけです。
「そういえば、名前はやっぱり?」
「ええ、男の子だった時のために別の名前も考えていたんですけどね。女の子だったのでリサさんのお名前を頂きました」
「ふふ、なんだか照れますねぇ。よろしくね、リサちゃん?」
もう随分前の話になりますが、アイリとその夫は、もし女の子を授かったらリサの名前をその子に貰う約束をしていたのです。
元になったほうのリサは多少の照れ臭さを感じているようですが、同時に嬉しくも思っているようです。
「リサさんも魔王さんとお付き合いしてるんですよね? お子さんのご予定はどうなんです?」
「え!? あの、その、まだ具体的な結婚の予定も決まってないですし……そういうのは、もっと段階を踏んでですね……そ、そういえば、お店のほうは大丈夫ですか!?」
名目上は魔王と交際しているものの、特にこれといって進展のないリサが強引に話を逸らしにかかりました。
なにしろ、デートと称して魔王と出かけることはあっても、五回のうち四回はアリスや他の誰かが一緒なので、進展などしようはずがありません。二人きりで過ごす残り一回についても、食べ歩きや買い物をしてから日本時間の午後七時頃には解散という非常に健全な流れ。
アリスほど重症ではありませんが、リサもかなり奥手なタイプなのです。結婚の日取りだの子供の予定だのといった話には、まだまだ現実味がありません。
そして、その慌てぶりから何かを察したのでしょう。
アイリもリサの出した話題に乗ってきました。
「ええ、この時間帯は私が抜けても心配ないですよ。義妹のハンナが頼りになりますし、この子を産む前から人を増やしましたから」
現在も一階の店舗は営業中です(従業員には来客があるとだけ伝えて、リサの姿は見せていません)。
『勇者直伝の味』の宣伝文句は効果バツグンで、アイスクリーム屋は毎日繁盛しているのだとか。リサが来た時は店の裏口からこっそり入れてもらったので気が付きませんでしたが、二階の窓から正面側を見下ろすと、たしかに多くのお客さんが列を作っています。
「昔の同僚とか知り合いもよく買いに来てくれるんですよ。先生もしょっちゅうお孫さんと一緒に……あら、噂をすれば」
「あ、ホントだ」
リサ達がこっそり二階の窓から外を見ていると、以前の旅の仲間だった魔法使いの老人が孫と思しき幼女と手を繋いでアイスを買いにきていました。
リサが聴力を魔力で強化すると……、
『おじいさま、おじいさま! 今日は何味にしようかしら?』
『ほっほっほ、レンはアイスが好きだのう』
『困りました、一つに決められませんわ。だって、どれもおいしそうなんですもの。お母さまやお姉さまには、あまりおじいさまを困らせないように言われてますし……』
『なに、ワシに遠慮せず好きなだけ頼みなさい。今日は魔法の練習を頑張ったから、ご褒美じゃよ』
『わあ! おじいさま、ありがとう! じゃあ、おねえさん、ここにあるの全種類くださいな♪』
『全部っ!?』
……などという、心温まる会話が聞こえてきました。
最初は遠慮して油断させ、言質を取ったところで高額な出費を強いる。孫に甘い老人にありがちな罠に引っかかってしまったようです。
「元気そうで何よりです。ご挨拶は……また今度にしたほうが良さそうですね」
「そうですね。リサさんが会いたがってたって伝えておきますよ」
リサとしては挨拶の一つもしたいところなのですが、このA国には勇者時代の彼女を知る者が少なくないので、あまり大っぴらに通りを歩くと誰かに気付かれかねません。最近は少し落ち着いてきたとはいえ、世間の勇者人気はまだまだ健在なのです。
◆◆◆
「むむ……腕を上げましたね」
しばらくお喋りをしていたら喉が渇いてきたので、アイリが一階から持ってきたアイスクリームでオヤツ休憩にすることにしました。赤ん坊のリサもちょうどお腹が空いたタイミングだったようで、アイリのお乳を飲んでいます。
バニラやイチゴなど何種類か試してみましたが、口解けの滑らかさといい香りの華やかさといい、まるで申し分ありません。
「アイスに関しては、わたしじゃもう敵わないですねぇ」
「いえいえ、まだまだリサさんの域には及びませんよ」
アイリは謙遜していますが、ことアイスクリームに限っては既にリサを超えているようです。
まあ、リサは洋食が本分でお菓子作りに関しては趣味レベルでしかありません。アイス専門でやっている相手に負けるのは、むしろ必然でしょう。
「では、免許皆伝兼出産祝いということで、わたしからプレゼントをですね」
「え、そんな悪いですよ」
アイリは遠慮していましたが、リサは構わず手元に置いていたバッグから一冊の本を取り出しました。
「まあ、実は元々お祝いとか関係なくお土産に渡そうと思ってたんですけどね。これ、アイスのレシピ本なんですけど」
「いいんですかっ!?」
赤ん坊に気を取られて渡すタイミングを逃していましたが、今日は元々この本をプレゼントするために来たのです。
勿論、アイリに日本語は読めないのですが、写真が多めなのでなんとなくの想像は出来ますし、所々にリサの字でボールペンの書き込みがあります。これならば問題なく内容を把握できるでしょう。
「アイスにオリーブオイルとお塩……あら、意外にイケますね」
「お醤油もイイ感じですよ。なんだか、みたらし団子っぽいかも」
二人は早速レシピ本を見て、簡単に試せる物に挑戦してみることにしました。
バニラアイスにオリーブ油と塩。あるいは醤油を少量垂らすようなアレンジは一見するとゲテモノのようにも思えますが、実際に試してみると塩気や風味が元のアイスを味を引き立てて、これが案外イケるのです。
「アイスのテンプラ……流石にこれはすぐには試せませんね」
「いえ、諦めるのは早いです! ちょっと待っててください」
最初は簡単にできるものだけ試す予定だったのですが、リサの姿がパッと消えたと思ったら、
「はい、どうぞ! 魔王さんのところの厨房借りて作ってきました!」
数分後、こんがりと揚がったアイスの天ぷらが乗った皿を持って戻ってきました。方向性はともかく、凄まじいまでのフットワークの軽さです。
「本当に揚げても溶けないんですね。衣がサクサクしてて美味しいです」
アイスの天ぷらの作り方も色々とありますが、今回リサが作ったのは薄切りのカステラ生地をアイスに巻いて断熱材として使用するタイプ。熱くてサクサクした衣と中身の冷たいバニラアイスの組み合わせはなんとも面白いものです。
「…………ふぁ」
「あれ、リサちゃんおねむみたいですよ?」
「あら、もうこんな時間。結構話し込んじゃいましたね」
試食やらお喋りやらで盛り上がっていたら、いつの間にやら夕方近くになっていました。
「じゃあ、わたしはそろそろお暇しますね」
「リサさん、またいつでも遊びに来てくださいね」
「はい! リサちゃんもバイバイね」
可愛い赤ん坊と触れ合って非常にご機嫌なリサは、そのまま自宅に帰ろうとして、
「あ、そうだ」
ちょっと思い付いて、寄り道をしていくことにしました。
《オマケ》
「魔王さん、魔王さん。さっきは厨房使わせてもらってありがとうございました」
「うん、どういたしまして」
「それと、ちょっと聞きたいんですけど」
「うん、何かな?」
帰宅前に魔王の店に寄ったリサは、厨房にいた彼に先程のお礼がてら質問をしてみました。
「魔王さんは、子供は男の子と女の子どっちがいいですか?」
「うん?」
「わたしとしては、最初は女の子がいいかなって思うんですけど」
「えっと……そうだね、僕は」
と、魔王が答えを言う前にアリスが話に割り込んできました。
「ちょ、ちょっとリサ!? 何を、堂々と抜け駆けしようとしてるんですか! そ、そんな、魔王さま相手に子……子づく……の話題なんて!?」
フロアでテーブル拭きをしていたはずなのですが、どうやら驚異的な聴力で厨房での会話が断片的に聞こえたようです。
「あ、アリス。ねえ、アリスは子供は男の子と女の子どっちがいい?」
「……はい?」
とはいえ、話の趣旨は勿論そんなところにはありません。アリスは子供と聞いて何やら助平な想像をしたようですが、その誤解については触れぬが華でしょう。
「今日、知り合いの赤ちゃんを見せてもらったんだけど、それがすっごく可愛かったの!」
「あ、ああ、そういう話でしたか……そうですねぇ」
こういった話題が彼女らにとって現実的なものになるのはまだしばらく先の話ですが、三人で色々と理想や空想や妄想を語り、大いに盛り上がったのでした。
◆今回の赤ちゃんが成長した姿は、『迷宮アカデミア』の方の序章にチョイ役で登場しています。
そして、向こうのヒロインの幼女時代も今回ちょっとだけ出してみました。時期的に六歳か七歳くらいの頃ですかね。女子らしからぬ変な喋り方の彼女も、この頃はおしとやかなお嬢様っぽい感じだったのです。
◆おかげさまで、最近「迷宮アカデミア」が日刊総合ランク百位台に入ってました(もしかしたら、この話を投稿する頃には落ちてるかもしれませんけど)。どうか、あちらもこちらも応援よろしくお願いします。まだ未読の方も是非どうぞ!





