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迷宮レストラン  作者: 悠戯
いつか何処かの物語

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食べ過ぎ注意!

次は料理回と言ったな?

あれは嘘だ。


「食べ過ぎに効く魔法……ですか~?」


「ええ、そういうのに心当たりありませんか、メイさん?」


 日帰りの日本旅行から帰った数日後、アリスは料理を習いに来たメイにそんな質問をしていました。料理教室としての趣旨からは外れた質問ですが、最近はメイが腕を上げたこともあり、アリスが教えるというよりは一緒に美味しい物を作って食べたり、単にお喋りを楽しむ会みたいになっているのです。



「うーん……胃腸の調子を多少整えたりっていうのはありますけど~、食べ過ぎの気持ち悪さを一気に治すっていうのは無理だと思いますよ~?」


「そうですか、やっぱりそんな都合のいい話はないですよね……」



 つい先日に食べ過ぎが原因で無様を見せたので、そんな発想に至ったのでしょう。

 魔族の魔法と人間の魔法は、魔力を使って現象を引き起こすという仕組みは一緒ですが、原理や効果に多少の違いがあるので、アリスの知らない魔法をメイが知っているかもしれないと考えたのでしょう。

 魔力量や魔法のセンス自体はアリスのほうが優に数百倍以上も上回っていますが、それらと知識はまた別の問題なのです。


 ですが、残念ながらというか、あるいは当然ながらと言うべきか、治癒術の専門家であるメイにも、アリスの望むような魔法の心当たりは無さそうです。



「そもそも、怪我や病気とは別物ですから~」



 これが食中毒で苦しんでいるだとか、食べ過ぎで胃が破裂したとかだったら、(死んでさえいなければ)治しようもありますが、単に食べ過ぎて苦しいというだけだとどうしようもなさそうです。



「しいて言えば、指を喉に突っ込んで吐かせたりとかですかね~。アリスさんなら胃の中身だけをどこかに転移させたりとか出来るんじゃないですか~?」


「それはあまり気が進みませんね。失敗したら内臓がごっそり消えちゃいそうですから、試すわけにもいきませんし」


「そ、それは怖すぎますね~……」



 流石のアリスも、自分の身体の一部だけを転移させようとした経験などありません。

 うかつに試すわけにもいかないので、この案は深く検討せずにボツになりました。



「美味しい物を好きなだけ食べて、なおかつ体調不良とは無縁でいたい……考えてみれば我ながら贅沢な悩みです。まあ、そんな美味しい話はなさそうですね」


「そうですね~。夢のない話ですけど、結局は自己管理をしっかりするしか~……あ」


「どうしました、メイさん?」



 突如、メイが何かを思い出したように「あ」と言いました。

 何かを閃いたり、忘れていた物事を思い出したりした時に発する種類の「あ」に、気になったアリスが質問をしました。



「今更というかなんというか、すっかり見慣れていましたけど~……あの、このお店でよく見る……ええと、そういえばお名前は知らないんですけど白い髪の綺麗な、あの人ってどうしてるんでしょう~?」







 ◆◆◆







「……というワケで、一度その身体を詳しく調べさせていただけないかと」


 その日のうちにタイミングよく来店した神子みこを捕まえてアリスは頼んでみました。メイは既に帰っていますが、結果は後で伝える約束になっています。

 普段から日常的に自身の体積・体重以上の量を食べる神子の存在は、この店や迷宮都市の飲食店では当たり前のように溶け込んでいましたが、冷静に考えるとおかしいのです。

 しばしばメタい発言をするコスモスにも当てはまりそうですが、いくらギャグキャラだからといっても気軽に世界観やら物理法則を無視するのはどうかと思います、誰かが。



「ええ、ワタクシでお役に立てるなら喜んでこの身を捧げましょう。お手数ですが何か刃物を貸していただけますか?」


「いえ、そこまでの覚悟は要らないですよ!?」



 身体を調べたいと言われて、神子は真っ先に自分のお腹を掻っ捌く発想をしたようです。しかも実行に移すことになんら躊躇いがありません。

 流石のアリスも、久々に目の当たりにしたナチュラル狂気による献身ムーブには全力でドン引きしています。


 普通に生活していると清楚な外見と礼儀正しい振る舞いで忘れがちですが、はっきり言ってこの神子、この店の関係者の中でも恐らくは一、二を争うほど頭がおかしい一人なのです。

 以前は神殿の奥で半軟禁状態で生活していたというのも、もしかしたら彼女の稀少な才能のみならず異常性にも一因があったのかもしれません。



「それでアリスさま、ワタクシの臓腑を検めるのでなければ、どうやって調べるのでしょう?」



 そもそも神子自身すらも、どうして己があれだけの食事を摂って平気なのかまるで分からないのです。時折、彼女に憑依して肉体を共有している女神ですら理由が不明なのですから、今更誰かに聞いて分かるとも思えません。



「ええ、それなんですが……ちょっと服を脱いで食事をしてもらえますか?」


「……はい?」



 もしかしたら、アリスも頭のアレさ加減では負けていないのかもしれません。







 ◆◆◆







「ふふ、なんだか恥ずかしいですわ」


「すみません、もうちょっとで調べ終わりますから」


 アリスの私室に連れてこられた神子は、下着姿にひん剥かれてからパクパクとアリスが運んでくる料理を食べていました。口では恥ずかしいと言っていますが、神子は平然とした様子です。



「ふむふむ……喉から胃までは特におかしな点はないですね」 



 そしてアリスはというと、食事中の神子の背中に触れて体内の様子を調べていました。

 指先から極めて微弱な魔力を流して、MRIやCTスキャンのように体内を検査しているのです。いわゆる触診に似ていますが、検査精度は現代地球医学が誇る検査機器にも劣りません。

 メイに教わったばかりのかなり高度な検診方法ですが、アリスは話に聞いただけで熟練の術者以上に使いこなしていました。



「このステーキ、素敵なお味ですね、ふふふ」



 今回の目的上、液体より個体のほうが調べやすいのでスープやシチューではなく、パンや肉類が中心です。ナイフとフォークを素早く操り、ステーキを口に……、



「すみません。その素早さもなんなんでしょうね? 私、目は良いほうなんですけど、全く見えないんですが」


「何、と言われましても……普通に切っているだけですよ?」



 謎といえば、食事中のスピードも異常です。

 超音速で飛来する弾丸を見てから避けられるアリスですら、まるで目が追いつかないのです。これが魔王ならば不思議はありませんが、神子の肉体はどう見てもか弱い乙女そのものです。



「身体強化? ……いえ、いくらなんでも強化率がおかしいですし、そもそも魔法を使っている形跡も……あるようなないような……?」



 念の為に手足の筋肉や魔力の痕跡も調べましたが、まるで不審な点は見当たりません。

 世の中には無自覚のうちに魔法を使用している者も少数ながら存在するので、神子もそのタイプではないかとアリスは予想していたのですが、今のところそういった魔法行使の気配はありません。正確には、本当に使っていないのか、発動の気配がアリスでも察知できないほどに小さいのかすら判別できないのです。



 食事スピードに関しては今回の本題ではないので一旦忘れ、アリスは改めて消化器系の検査を再開しました。



「おかしいですね、てっきり体内限定の空間圧縮あたりだと思っていたんですが……いえ、これは!」


「あら、どうかしたんですの?」



 突然のアリスの驚きに、二十枚目の極厚ステーキを食べ終えた神子が首を傾げました。



「か、隠れ巨乳っ!?」



 何故かアリスが勝手に心に傷を負っていました。

 新手の自爆芸でしょうか?

 とうとうコスモスに弄られずとも独力で出来る域に達したようです。


 普段はゆったりした布の多い服装を着ていることが多いので分かりにくいのですが、神子はリサと同等とまではいかずとも、そこそこあるほうなのです。

 下着になった時点ですぐ気付きそうなものですが、アリスも一応気を遣って直視しないようにしていた上に背中側にいたので魔力を介して検査するまで分からなかったのでしょう。



「しかも……多分これ、前より大きくなっていませんか!? おのれ!」


「『おのれ!』と言われましても困るのですが……まあ、初めてお会いしてから二年以上経ってますし、体型くらい変わっても不思議は」


「私、もう四百年くらいほとんど変わってないんですが?」



 アリスの成長期が終わったのが大体そのくらいの頃です。

 しいて言えば、魔王と会ってから食料事情の改善で多少身体にお肉が増えましたが、目に見えるほどの変化ではありません。



「……あの、元気出してください」


「…………はい」




 以下余談。


 魔族と一言でいっても種族ごとに成長速度はバラバラですが、大体は五十~百年くらいかけて大人の身体に成長します。

 身体が大きいと必要とするエネルギーも増加するので、有史以来ほぼずっと食糧難の時代が続いていた魔界では、少ないエネルギーで活動できる子供時代が長く続くように進化したものと考えられます。


 それが人間界の種族になると、人間で約二十年。エルフで二十~三十年。ドワーフだと十代前半で成長しきるのが普通です。

 人間界にも食糧難の時代がなかったわけではありませんが、どちらかというと早く成長して肉体機能の全盛期が長く続くような進化をしたのでしょう。


 余談終わり。








 ◆◆◆







「むむ……どうにも分かりませんでしたね」


「アリスさま、もう服を着てもよろしいですか?」


 その後も内臓の働きや食べた物の状態などを調べるも、特筆すべき点は出てきませんでした。



「一応……どうも食べた物の重量が軽減されているフシはあるんですけど、それだけじゃ絶対に説明できないんですよ」


「そうなのですか?」


「そうなのです」



 異常な消化力や食事スピードなど、原因不明の点が多すぎました。完全に未知の仕組みが働いているとしか思えません。

 アリスにすら分からないとなると、あとはもう魔王に神子の身体を調べてもらうしかありませんが、



「それは私が許しません」



 アリス的にそれはナシのようです。まあ、彼女の心情的に無理はありません。

 それに仮に頼まれたとしても、恐らくは魔王のほうが断るでしょう。色々あった末に現在は未来の嫁達公認で二人同時にお付き合いをしている状態ではありますが、基本的には一途な男なのです。



「まあ、結局そうそう美味い話はないってことみたいですね」


「そうですね、健康の為には腹八分が一番ですわ。なので、食後のデザートを頂いてもよろしいでしょうか?」



 結局、大食いの謎については何も解き明かせないまま終わり、アリスは日頃からの節制を心がけようと気持ちを新たにしただけで終わりました。

 きっと、この前の旅行の反省が喉元を過ぎるまでくらいは健康に過ごせることでしょう。



久しぶりの子達を書けて満足です。

新作の最近書いた内容とも微リンクしていたりします。


今回はつい思いついて急遽入れた話なので、次こそはちゃんと料理メインの回のはずですぜ。

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