旅行に行こう(???編)
お台場から強襲揚陸艇でネオ・アサクサシティに上陸した魔王一行は、昼食前に付近を散策してみることにしました。読者諸氏もご存知の通り、浅草の地には現代においても日本の伝統的な文化が数多く残されています。
「魔王さま、あれがサムライでしょうか?」
「あっちのは、ニンジャとゲイシャかなぁ?」
通りのあちらこちらを伝統的なチョンマゲスタイルのお侍や、面頬で顔を隠した忍者が闊歩していました。東京以外でも日本の主要都市圏ではどこでも見られる一般的な光景ですが、日本文化に疎い魔王たちは無邪気に喜んでいます。
子供たちも隅田川に生息している野生の獅子舞や河童を見つけて、一緒に写真を撮っていました。
ちょうど海から川に遡上中だった親切な海難法師がカメラのシャッターを切ってくれたようです。隣には舟幽霊や七人ミサキ御一行様もいますし、もしかしたらちょうど海妖怪界隈の春休みシーズンだったのかもしれません。
そのように、皆は日本情緒溢れる浅草の光景を楽しんでいたのですが、
「あれぇー……?」
ただ一人、日本人であるリサだけは何かおかしな物でも見たかのように頭を捻っていました。
もしかしたら、お腹が空いてイライラしているのかもしれません。
「……浅草ってこんな風だったっけ?」
何かがおかしいのは分かるのですが、深く考えようとするとまるで頭の中に靄がかかったようになって、当のリサ本人にもどこがおかしいのかは分からないようです。例えるならば、思考と精神の状態が徹夜三日目あたりの如し。
「どうしたんですか、リサ?」
「アリス。いや、なんていうか……上手く説明はできないんだけど、何かが間違ってるような気がして」
「そうなんですか?」
「正確には『何か』じゃなくて、ありとあらゆる全部が違うような……」
そんな気がするものの、後一歩のところで確証が持てないようです。
「あっ、すみません」
「ほっほっほ。お嬢さん、考え事をしたまま歩くと危ないですよ」
歩きながら考え事をしたせいで、リサはうっかり温厚そうなちりめん問屋のご隠居にぶつかりそうになってしまいました。
ところで、これは話の展開とは全く関係のない歴史トリビアなのですが、水戸黄門のモデルになった水戸徳川家の光圀公は実際にはかなり苛烈な性格で、若い時分には辻斬りなどもやらかしていたとか。
「リサ、さっきから様子がおかしいですよ」
「具合が悪いならどこかで休んでいく?」
アリスや魔王もリサの妙な様子を心配しはじめたようです。
「……そういうのとはちょっと、いや多分違うと思うんですけど……」
改めて周囲を見渡すと、浅草のシンボルである全長50mの巨大提灯の提げられた浅草寺の雷門や、無数の行燈の灯りでライトアップされた東京スカイツリーの姿も近くに見えます。
これは、どこからどう見ても浅草です。
誰がなんと言おうと浅草以外の何物でもありません。
スカイツリーに通りすがりのヤマタノオロチが首を絡みつけていますが、まあ誤差の範疇です。
奇天烈な格好をした歌舞伎者と忍者の集団が道の真ん中で蹴鞠の勝負をしているのが少々邪魔くさいですが、周囲の人々にも別段おかしなところは見当たりません。ブラジル人だって街中でサッカーをするのですから、日本人が蹴鞠をしていても特に不思議ではないでしょう。
「うーん……わたしの気のせいなのかなぁ?」
そうこうしているうちに、リサも謎の違和感が気のせいなのではないかと思い始めました。
現実逃避。あるいは単に考えるのが面倒くさくなったとも言います。
なので、もう開き直って色々な違和感に目を瞑って、観光の続きを楽しむ方向にシフトしたようです。
以前からそういう傾向はありましたが、リサは普段どちらかというと控えめな性格をしているのに、妙なところで異様に思い切りが良すぎるのです(そうして思い切った結果、自らを追い詰める結果になることも少なくないのですが)。
「さて、それじゃあ、気を取り直して!」
気を取り直して観光を再開しよう…………というところで、リサは目を覚ましました。
◆◆◆
「リサ、ここで降りますよ。起きてください」
「ん……あれ? わたし、寝ちゃってました?」
リサはお台場から浅草へと向かう水上バスの座席で、隣に座るアリスに揺り起こされました。
どうやら、昨晩楽しみでなかなか寝付けなかった上に早起きをしたせいで、いつの間にか眠りに落ちてしまっていたようです。
「何か……とてつもなく変な夢を見たような?」
「変な夢?」
「そんな気がするんだけど、思い出せない……」
夢の内容を思い出せず、リサは不思議そうに首を傾げています。下手に思い出すと正気度がモリモリ下がりかねないので、思い出せなくて幸運だったかもしれませんが。
ともあれ、特にアクシデントに見舞われることもなく魔王一行は浅草に到着しました。
※
というワケで、今回はエイプリルフールネタでした。
時間的にかなりギリギリでしたが、どうにか間に合ってホッとしました。





