閑話・アリスと勇者
かつて魔王だった頃、私にとって勇者とは死神と同義の存在でした。
魔王と勇者は出会えば戦い殺しあうのが宿命。
昔の私は魔王としての立場上、表向きは勇者の事など歯牙にもかけていない風に振舞っていましたが、内心ではやはり怖かったのです。
かつて私の出会った、私を救ってくれた勇者。つまり魔王様と出会わずに予定通り人間界に攻め入っていたならば、今頃私は別の勇者に殺されて屍を晒していたのでしょうから。
今だからこそ言えることですが、当時の私は勇者の事を考えぬ日はありませんでした。ですが、それはつまり何も考えていないのと同じことだったのです。
それは結局のところ、まだ見ぬ無慈悲な死神への漠然とした恐れでしかなく、勇者がどういう性格だとか、何を好んで何を嫌うかとか、そういう一個の人格を持った存在なのだということをまるで理解していなかった。今ならば、そう分かります。
今日、私は勇者に出会いました。
かつての魔王さまに続く、二人目の勇者に。
初めて姿を見た時には、彼女が勇者だとはまるで気付きませんでした。
どこにでもいそうな可愛らしい女の子。
それが私の抱いた率直な印象です。
彼女は仲間と一緒に魔王様と私のお店に来て、料理を食べて、そして泣いていました。後で本人に聞いたところ、料理の味から故郷の事を思い出して、日頃抑えこんでいた望郷の念が溢れ出てしまったそうです。
仲間と思しき騎士達の慰める声も届かず、まるで幼い子供のように泣く彼女を見て、私は何故だか昔の自分を思い出していました。
色々な悩みや不安で心が一杯なのに、しかし立場上その不安を誰かに漏らすこともできず、かといって逃げ出すことなど許されるはずもなく。そんな昔の私の姿が目の前の彼女と重なって見えたのです。
私は、彼女の助けになりたいと思いました。
そんな気持ちが、ごく自然に心の中に生まれていたのです。
その気持ちは、すぐ後で彼女が勇者だと分かってからも変わることがありませんでした。
目の前で涙を流す彼女は昔の私なのです。
魔王さまに出会うよりも前の、独りぼっちだった私。
かつての私が魔王さまに救われたように、きっと彼女にも助けてくれる「誰か」が必要なのでしょう。私がその「誰か」になれるかはまだ分かりませんが、涙を拭いてあげることぐらいはできると思います。
そして、気付きました。
初めて会ったばかりでまだほとんど話もしていない、立場も種族も生まれた世界さえもまるで違う彼女と、私はきっと友達になりたいのです。
……だからといって、魔王さまへのプロポーズめいた発言は看過できませんけどね!





