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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
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そして、愛しき日々は続く


「お母さん。最後のお客さんも帰りましたし、今日はそろそろ閉めましょうか」


「そうですね、コスモス」


 厨房の片付けをしていた(アリス)に、フロアの様子を見ていたコスモスが声を掛けてきました。

 時間ももう遅いですし、そろそろお店を閉める頃合でしょう。

 今日は魔王さまがアチラに出かけている日でしたが、無事に一日の営業を終えることができたようです。



「では、片付けがてら夕食の支度でもしておきましょうか」


「ええ、そろそろお父さんも帰ってくる頃でしょうし……ああ、噂をすれば」



 週の半分の魔王さまが地球に出かけている日は帰りが遅くなるのが常で、日付をまたぐ事もしばしばなのですが、どうやら今日は比較的早くに戻ることができたようです。


 よし!

 では、妻としてキチンと旦那さまをお迎えしなければなりません。 



「おかえりなさい、あ、あ、あな、あにゃ……魔王さま!」


「ただいま、アリス。コスモスもただいま」


「おかえりなさい、お父さん。それとお母さん、そろそろ照れずに『あなた』くらい言えるようになってください」



 うぅ……、また今日も緊張して舌を噛んでしまいました。

 コスモスの言う通りにもう慣れてもいい頃だとは思うのですが、長年「魔王さま」と呼び続けていたせいで、妙な照れが出てしまうのです。



「こんばんは、アリス」


「あら、今日はリサも一緒だったんですね。いらっしゃい」 



 どうやら、今日はリサも魔王さまと一緒だったようです。

 最近はお仕事と学業との両立で忙しくしているようですが、彼女とも時折こうして食事を共にすることがあります。

 本来であればこちらの縄張り(テリトリー)に乗り込んできたリサに嫉妬すべき場面なのかもしれませんが、それに関しては今更というかお互いさまです。

 時には私も魔王さまと一緒にリサの実家のお店にお邪魔して夕食を頂くことがありますし、三人で、あるいはコスモスや他の友人知人を交えて外食を楽しむこともあります。


 慣れというのは恐ろしいもので、最初はこんな歪な関係が成り立つのか不安もありましたが、現在ではこれが私たちの日常になっていました。



 それにリサは、私が魔王さまと二人きりになりたいと強く思っている時はちゃんと気を利かせてくれますし、私も、まあそれなりには空気を読んでいるつもりなので、今のところは大きな衝突はありません(軽い口ゲンカが何度かあった程度で、刃傷沙汰にはまだ発展していません)。

 

 そういえば、私もリサのご家族とは仲良くさせて頂いているんですよ。

 一言では説明しづらい複雑な間柄ではありますが、以前お会いした時に「将来の義理の息子のお嫁さんなら、自分たちにとっては娘や孫のようなものだ」と、言っていただきました。ちょっと寛容すぎる気もしますが、そういうお気遣いはありがたいものです。

 遥か年下の方々に娘同然に扱われるのは奇妙な感覚ではありましたが、もう実の親がいない私にとっては正直嬉しくもありました。








「それで、そのお店のチーズケーキが美味しくて」


「へえ、それは興味深いですね。今度は私もご一緒したいです」


 魔王さまが地球(あちら)に頻繁に出かけるようになって良かったことの一つは、こうして色々な美味しいお店の情報が頻繁に入ってくることになったことですね。

 魔王さまとリサが二人で行くことがあるのと同じように、私も魔王さまと二人でお店巡りをすることもあるのですよ。

 たまには魔王さま抜きで、私とリサだけで出掛けたりとかもありますけどね。どんな話をしてるかは魔王さまには秘密です。


 そうそう、前にシモンくんやライムを一緒に日本に連れていったら(エルフ耳は帽子で隠しました)、随分と驚いていましたっけ。まあ、その時はちょっとしたアクシデントがあって、結局途中で引き上げたのですが。




「そういえば、リサさま。例の事業についてですが、予算と人員の目途が付きまして、来年度から本格的に運用を始められるかと」


「わあ、ホントですか! ありがとうございます」



 コスモスは最近リサと一緒になって、何やら新しい事業を計画しているようです。

 リサが大学で勉強している文化人類学とやらの内容にも関係するそうなのですが、なんでも文化の蒐集と保存をしようと考えているのだとか。


 この世界、迷宮都市のある人間界は、魔界との接触により現在大きな変革期を迎えています。

 数年が経ってもその勢いは衰えるどころか増すばかり。


 文化・文明の発展という点からすれば良い部分もあるのでしょうが、それは本来のこの世界の辿るべき道から外れた進歩。文化的侵略の結果とも言えるでしょう。

 その責任の一端を担う者として、せめて可能な限りこの世界の保全に努めたいというのがリサの言い分です。


 私としてはリサが責任を感じる必要はないと思うのですが、同時に彼女らしいとも思います。無理をしない範囲で頑張って欲しいものです。

 それに元勇者である彼女は表立って行動できないので、実際の活動はコスモスの組織した団体が行うことになります。リサの役割はそのアドバイザーといったところでしょうか。


 世界各地の文化を資料として残し、場合によっては特定の個人や団体の後援をしたりもする。蒐集と保全だけではなく、時には公衆衛生や医療に関する知識を広めたりも。

 細かい部分は実際に運営しながら詰めていくそうですが、大まかに言うと世の為人の為になることをするのが主目的ですね。


 うちの常連のガルドさんの団体(ところ)とも似通った部分がありますが、あの人の場合は後先考えずに好き勝手に動いて後から部下の方々がフォローするという形なので(捨て猫感覚で困っている人を拾ってきてしまうとか)、恐らく住み分けはできるでしょう。









「じゃあ、わたしはそろそろ帰るね。明日も早いから」


「私もそろそろお暇します。お休みなさい、お母さん」


 食事を終えると、リサとコスモスは帰宅することになりました。

 学業と仕事で忙しいリサはともかく、コスモスも家族なんですし泊まっていっても、なんなら一緒にこの店に住んでもいいと思うのですが(結婚した際に居住スペースの改築をしたので部屋の余裕はあります)、それは頑なに固辞されています。

 なんでも、新婚のうちは私と魔王さまの邪魔をしたくないのだとか。

 ……まあ、ありがたいといえばありがたいですし、今はその厚意に甘えている状態なので文句は言えません。



「今度、時間がある時に一緒に飲みましょうね」


「うん、じゃあお休みアリス、魔王さんとコスモスさんも」



 この数年の間には色々な変化がありましたが、その一つがリサとお酒を楽しめるようになったことです(ちなみに彼女はかなり強いです。前にタイムさんとガルドさんとアランさんたち全員をまとめて飲み潰してケロっとしていました)。

 もっとも、翌日が完全な休日でもないと、夜遅い時間から飲み始めるわけにもいきません。

 少し残念ですが、一緒に飲むのはまたの機会ということで。








「アリス、明日と明後日はずっとこっちにいるから」


 二人が帰った後で、魔王さまが私に言いました。

 どうやら、二日間はこちら側にいられるようです。

 週の半分はこちらにいるとはいえ、その内訳は不定期。二日続けて一緒にいられるというのは嬉しいものです。



「じゃあ、どこかに出かけますか?」


「いや、任せっきりなのも悪いし、お店に出るよ」



 地球(あちら)側にいる間はギチギチのスケジュールに縛られているのに、こっちでも仕事をしていて大丈夫なのかと心配になってきますが、元々、このお店自体が魔王さまの趣味の産物です。きっと、ここで過ごすだけで息抜きになるのでしょう。


 その気持ちはよく分かります。

 だって、私にとっても、この場所は特別なのですから。







 ◆◆◆







「おはよう、アリス」


「おはようございます、魔王さま」



 翌朝、私たちは朝食を済ませてから開店の準備を始めました。

 今日は少しだけ寝坊してしまったので駆け足で作業を進めます。


 とはいえ、もう何百何千回と繰り返した作業です。

 たとえ目を瞑っていたって迷うことはありません。


 店内の掃除に、食材の下ごしらえ。

 窓もテーブルもピカピカに。

 お芋やタマネギは皮を剥いたり刻んだり。

 そうだ、今日の日替わりは何にしましょうか?


 手を動かし、足を動かし、いくつかの相談事を決めていると開店時間まではあっという間。

 どうやら今日も無事に間に合ったようです。

 

 カランコロンと、来客を報せるドアベルの音が響きました。

 どうやら、本日最初のお客様がやってきたようです。


 私は、これまで数え切れないほど繰り返したように、出来る限りの笑顔で告げました。



「いらっしゃいませ!」







 ◆◆◆







 今ではない何時(いつ)か、此処ではない何処かのお話です。


 とある迷宮の奥深くに奇妙なレストランがありました。


 この世ならざる素敵な料理を出す、とびきりヘンテコなお店です。


 人間もエルフも魔族も、大人も子供も、男も女も、誰もがそのお店に夢中になりました。



 

 しかし、美味しい話には裏があるもの。


 なんと、そのお店の主人は悪い悪い魔王だったのです。


 魔王の行動は、いつだって自分勝手のやりたい放題。


 大勢がその気まぐれに振り回されてしまいます。




 ある時、そんな魔王も恋をしました。


 とはいえ、相手が魔王では女の子たちも大変です。


 散々に翻弄されてしまい、時に泣き、時には呆れ、気の休まる時がありません。




 ですが、彼女たちは決して自分の気持ちを諦めませんでした。


 我慢強く、根気強く、諦めることなく……まあ、多少の妥協はしましたけれど、


 それでも最後まで望むものに手を伸ばし続けて、


 そうして、いつまでも幸せに暮らしました。










 ―――――そして。

 そして、彼らの物語は終わらない。

 これからも、何処までも、愛しき日々は続いていく。



これまで、この物語にお付き合い頂きありがとうございました。

そして、これからもよろしくお願いします。



……ええ、そうなんですよ。

“本編の”最終章は終わりましたが、あくまで一区切りを付けただけで、これからも普通に続いていきます。未回収のフラグや未使用のネタもまだまだありますし。

今後は更新時以外は完結表示にしますが、まだ続きを読みたいという方はうっかりブクマを外さないようご注意ください(ソレをやられると作者がかなり真剣に落ち込んでしまいます)。


結末については賛否あるかと思われます。

作者としても色々思う部分はあるのですが、あとがきで長々と書いてもなんですので、その辺りについては活動報告をご覧下さい。

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