斯くして、彼らは道を選び歩み始めた
「僕と一緒に生きてください」
あの日、魔王は彼女にそう告げました。
一切の嘘偽りのない、真摯なプロポーズ。
……いえ、真摯かどうかは若干怪しいものがありました。
愛情はたしかに有ったのでしょうが、誠意については評価が分かれるところでしょう。
現に、告白を受けたばかりの彼女は、彼女と彼女は、二人揃って怪訝な顔をしています。
「……魔王さま?」
「……魔王さん?」
真剣な表情をした魔王から呼び出され、アリスもリサも「ついに来たか」と、とてもドキドキしていたのです。ほんの数分前までは。
「まさか、二人続けて告白するとは……」
「台詞も使い回しですし……」
魔王の行動がどういうものだったかは、彼女たちの恨みがましい呟きに集約されています。
よりにもよってこの魔王、二人続けて順番に、しかも同じ言葉で求婚しやがったのです。
浮気……とは少し違うかもしれませんが、告白を受けた側からすれば、そんな状況が面白いはずがありません。期待が大きかっただけに、その反動による負の感情も、それはそれは大きく膨らんでしまいました。
「魔王さま、どういう了見か伺ってもよろしいですか?」
「わたしも聞きたいですね。あ、当然拒否権はありませんよ」
アリスもリサも顔は笑みの形になっていますが、その目は全く笑っていません。まるで獲物を前に牙を剥いた猛獣の如き迫力。魔王の返答次第では恐ろしい結果が待っていそうです。
光の消えた視線に射竦められて、さしもの魔王も思わずたじろいでしまいました。
「いや、あの、二人とも? これは僕なりにしっかり考えた上でだね……」
ですが、魔王にだってちゃんと彼なりの理由、言い分はあるのです。
あえて不誠実とも取られかねない行動に出た理由を説明するために口を開きかけましたが、
「ごめんなさい」
思わず謝ってしまいました。
たとえアリスとリサが本気で怒って暴れても魔王にはそれを軽々と受け流すだけの力はあるのですが、そういう戦力的な意味とは別の次元でなんだかとっても怖かったのです。
「あの、ちゃんと理由を説明するから……説明させてくださいお願いします」
「許可しましょう」
「ええ、ちゃんと納得できるような理由だといいですね」
そして、魔王は先程の告白の理由を語り始めました。
このままでは凍てついた視線で心が凍死しかねないので、やや早口で。
「つまり、二人のことを同じくらい好きになってしまったというか、ね?」
いつしか魔王は、部下や友人としてではなく、異性としての好意を彼女たちに抱くようになっていました。それ自体は喜ばしいことです。
アリスやリサの地道な努力は無駄ではなかったのです……が、困ったことに、魔王が彼自身の気持ちを自覚した段階では二人ともを、どちらに対しても同じくらいに好きになっていたのです。
僅かでも差があれば一人をフって、一人を受け入れる道もあったのでしょうが、彼女たちのどちらも同じくらいに愛しいという一位タイ状態。どちらも絶対に失いたくないと思ってしまっていました。
「だから選べない、と?」
「好きになってもらえたのは嬉しいですけど、そこはキッパリと決めて欲しかったですね」
彼女たちがそれぞれ「自分だけを選んで欲しい」と思っているのは魔王も承知しています。
アリスとリサは互いに無二の親友同士ではありますが、だからといって相手に嫉妬心を覚えないわけではありません。この問題に関しては、二人仲良く半分こではどちらも納得できないのです。
ですが彼としては、この選択は「選べなかった」が故の結果ではなく、これで「選んだ」つもりなのです。どうしても言い訳臭さは否めないというか、少なからず詭弁っぽくはありますが。
「選べないんじゃなくて、二人とも選んだつもりなんだけど……ダメかな?」
「ダメですね」
「ダメですよ」
案の定、アリスもリサも納得はしませんでした。
こんな言葉遊びで解決するほどに簡単な問題ではありません。
しかし、魔王の「選んだ」という言葉には、更なる意味があったのです。
「でもさ、結局、僕たち三人の中で望みが叶うのは一人しかいないんだよね」
アリスは、魔王に自分だけを愛してほしいと望んでいる。
リサは、魔王に自分だけを愛してほしいと望んでいる。
魔王は、アリスとリサを二人とも愛したいと望んでいる。
三人の願いは見事にバラバラで、矛盾し合っています。
全員の望みを綺麗に叶える魔法など、いくらファンタジーの世界にだって存在しません。
……厳密には魔法や薬物による精神操作で、表面上だけは円満解決に見せかける事はできるかもしれませんが、この場に求められているのはそういう方法ではありません。念の為。
「だから」
だから、魔王は選びました。
「どうせ一人しか願いを叶えられないのなら、僕は自分の望みを選ぶだけだよ」
魔王は、三人の望みのうちから、自分のものを選びました。
彼女たちの願いを踏みにじって、自分だけのワガママを押し通すことにしました。
「なんとも自分勝手な話ですね」
アリスは、魔王の選択の理由を聞いて率直な感想を告げました。
「うん、僕は自分勝手な奴なんだよ。昔も今も、自分のやりたいことを好き放題にやるだけだって、アリスなら知ってるよね?」
「それは、まあ、そうですけど」
しかし、魔王は非難の言葉にも堂々と開き直っています。
「もう、悪い人ですね!」
リサも、魔王の選択は正直に言って面白くなさそうです。
「そういえば、人間界では魔王は悪の親玉みたいに思われてたんだよね? うん、その通り、実は僕はそれはもうスゴイ悪者だったんだよ。正義の味方の勇者サマを口八丁で騙して、自分のお嫁さんにしようってくらいの大悪党だね」
「むぅ……」
魔王も半ばヤケクソ気味のようですが、こんな風に開き直られてしまっては、リサにもアリスにもどうにもできません。
元々、力尽くでどうにかできる相手ではありませんし、
「それとも、こんな事を言う僕は嫌いになっちゃったかな?」
それに、惚れた弱みというものは如何ともしがたいものです。
魔王が何を言おうが、今更彼女たちに彼を嫌うことなどできるはずがありません。
それを確信していてこんな風に問うのは、率直に言ってクズっぽいというか、大悪党どころか口八丁で浮気を正当化しようとするダメ男のそれでしかありませんが。
「浮気者」
「優柔不断」
突如、アリスとリサが魔王を罵倒し始めました。
怒り狂ってという感じではなく、どちらかというと淡々とした様子です。
「女の敵」「魔界の恥」「甲斐性なし」「卑怯者」「自分勝手」「無神経」「朴念仁」「馬鹿」「馬鹿」「ばか」「バカ」「ばか」「ばか」「ばか」…………「魔王さまの馬鹿」「魔王さんの馬鹿」。
淡々と、単調に、そのまましばらく繰り返していました。
魔王もさっきのヤケクソ気味の開き直りは流石にまずかったかと、冷や汗を流して恐縮するばかり。下手に口を挟むこともできずに、そのまましばらく正座して縮こまっていました。
「ずるいです」
「そうです、魔王さんはずるいんです」
「……はい、仰る通りでございます」
怒りや好意や喜びや悲しみや、その他諸々の情念を悪口と共に吐き出して、アリスとリサは一応の落ち着きを取り戻しました。まだまだ言いたいことは山ほどありますが、話を先に進めることを優先したようです。
ここで一旦床の魔王から視線を逸らし、アリスはリサに問いました。
「これは例えばの話ですけれど、リサは私と家族になるのはイヤですか?」
「それは……イヤじゃないと思う。アリスは?」
「私も、それ自体はイヤではない……いえ、どちらかというと嬉しいかもしれません」
次に、リサからアリスに問いました。
「ねえ、魔王さんの意見を変えることって出来ると思う?」
「それは無理でしょうね。魔王さまって寛容そうに見えますけど、こうと決めたことは絶対に譲りませんから」
「そうなんだよね」
「困ったものです」
「困ったものだね」
やれやれ、と彼女たちは揃って嘆息し肩を竦めました。
魔王がこう結論した以上、もはや道は一つしかないのです。
「わたしたち、上手くやっていけるかな?」
「どうでしょう? きっと、上手くいかなくてケンカをしたり、落ち込んだりすることもあるでしょうね」
四方八方、全てに納得して丸く収まったわけではないのですから、当然歪な部分も出てくることでしょう。
その歪みが不和の原因になって、悲しんだり怒ったりすることもあるでしょう。
時には妬みや恨みも出てくるかもしれません。
――――けれど。
「けれど、そういう時以外はちゃんとやっていけると思いますよ、きっと」
「わたしも大丈夫だと思う、多分だけどね」
けれど、ケンカをしたなら仲直りをすれば良い。
悲しんでいるなら慰めれば良い。
問題が出てきてもその都度解決していけば、まあ、なんとか騙し騙しやっていけないことはないでしょう。
「それでは、リサ」
「うん、アリス」
完全に納得してはいないけれど、とりあえずの落とし所を見つけた彼女たちは、魔王と、そして互いに向けて言いました。
「「不束者ですが、どうか末永くお願い致します」」
こうして三人は、魔王とアリスとリサは、一つの家族になる道を歩み始めたのです。





