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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語

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この空の下で、貴方と共に


 もう、あれから何年経ったのでしょう?


 リサわたしが勇者として召喚されてから。

 あの二人、彼と彼女に出会ってから。

 そして、彼にあの言葉を告げられてから。


 ついつい昔のことを思い出して感傷に浸ってしまったのは、きっと空の色があまりにも蒼く澄んでいて、その色がいつかの日々とそっくりだったからかもしれません。 


 大学構内の銀杏並木は、陽光に照らされて眩いばかりの黄金色。

 ついつい焼き芋の断面みたいだなんて思ってしまったせいで、忘れていた空腹を思い出してしまいました。


 家に帰るまで我慢すれば食べ物はそれこそ売るほどありますが、その前にどこかに寄るのもいいかもしれませんね。温かいお茶と、何か甘い物でも食べたい気分です。


 今日は日差しが強いので幾分マシですが、最近は風も冷たくなってきました。

 そろそろ冬物のコートを引っ張りだそうか、それとも思い切って新しいのを買ってしまおうか。そんな事に頭を悩ませていると、不意によく知った声が聞こえてきました。



「やあ、こんにちは」


「こんにちは、魔王さん」



 偶然、ではありませんね。

 きっと、わたしが帰る時間を見計らって待っていたのでしょう。


 それにしても、相変わらずスーツとネクタイの姿が似合わないですねぇ、この人。

 目立たない為に必要とはいえ、これではかえって悪目立ちしてしまいそうです。本人的にはさりげなく自信を持っているようなのですが。


 どこぞの高級ブランドの品だとか聞いた覚えがありますが、コーディネートを請け負ったコスモスさんが匙を投げるほどに似合わないというか、スーツに着られているというか……、たぶん根本的な緩い気性とカッチリしたスーツとの相性が絶望的に悪いのでしょう。


 わたしの同級生たちも近頃はスーツ着られながら就職活動に精を出していますが、今の魔王さんに比べれば彼らだって歴戦のビジネスマンに見えてきます。

 まあ、前にわたしとアリスとで率直な感想を言ったら丸一日落ち込んでしまったので、口には出しませんけれども。


 

「リサはこれからお店?」


「うん、今日は夕方からのシフトだから」



 現在、わたしは大学生と料理人という二足の草鞋わらじを履いた生活を送っています。自分で決めたことですし決してイヤではありませんが、これがなかなか大変です。

 授業のない時は仕事、仕事のない時は授業。

 早朝から深夜までほとんど休む暇はないのに、それでも単位は留年ギリギリです。

 家族に無理を言ってシフトの融通を利かせてもらい、これまた教授に無理を言って追加のレポートを出すことで不足しがちな出席日数に目を瞑ってもらい……と綱渡りのような毎日。

 せっかくの大学生活なのにサークル活動に手を出す余裕もありません。このままでは花のキャンパスライフとは無縁のままで卒業してしまいそうです。


 ですが、いざとなれば裏技を使って一時間や二時間程度ならば捻出できないこともありません。

 具体的には、普通は電車やバスなどの交通機関で移動するはずの時間を、空間移動でゼロにしたりとかのズルをして。あまり多用すると誰かに目撃される危険があるので濫用はできませんが。



「よかったら、近くでお茶でもどうかな? この近くに美味しいチーズケーキを出す喫茶店があるんだ」



 どうやら魔王さんはわたしをお茶に誘いにきたようです。

 彼も彼で相当に忙しいはずなのですが、その為にわざわざ時間を作ってくれたのでしょう。

 ならば、ここで断ったら女が廃るというものです。決して、美味しいチーズケーキという餌に釣られたのではありませんよ?







 ◆◆◆







「僕はNYニューヨークチーズケーキとブレンドを」


「わたしも同じ物をお願いします」


 魔王さんのオススメの喫茶店は大学から徒歩で十分ほどの距離にありました。通学に使っている駅とは反対方向ということもあり、わたしは全く存在を知りませんでした。


 古びた庵のような雰囲気の純喫茶という雰囲気で、落ち着いた雰囲気のジャズがBGMとして流れています。閑静な住宅街の中にひっそりと建っており、そうと知らなければ目の前を通ってもお店があることに気付けなさそうです。


 魔王さん曰く、近所の住人くらいしか存在を知らない隠れた名店なのだとか……はて、彼はどうやってこのお店を見つけたのでしょう?



「先月くらいに、たしか文部科学省だったかな? ……の担当の人に連れてきてもらったんだ」


「なるほど」



 魔王さんは現在行っている活動の一環として、日本のみならず各国の重要機関の方々と秘密裏に会合を重ねている……らしいです。守秘義務がどうこうとかで、あまり詳しいことはわたしにも言えないようなのですが。

 似合わないスーツを着ているのも、その活動の一部といえば一部ですね。

 いつものラフなシャツ姿やエプロン姿で、とても偉い人達(多分)と会うわけにはいきませんから。

 立場が立場、事情が事情なのでどんな格好でも面会拒否はされないでしょうけれど、大抵の国であればスーツが無難なのです。



「ちなみに最近はどちらに?」


「今日はヴァチカンで、昨日は首相官邸。一昨日はホワイトハウスだったかな?」



 そんな場所であっても、あら不思議。スーツさえ着ていれば無問題。

 たぶん凄まじく周囲から浮いてはいるのでしょうけれど、今のところは大丈夫らしいです。


 ちなみに、魔王さんが何故あちらの世界ではなく、地球上の主要各国を渡り歩いているかというと、それには深い理由がありまして……。




「そうそう、近いうちにそっちのお店にも顔を出すよ。お義父さんからも、たまには呑みに付き合えって言われてるしね」


「うん、伝えておくね。きっと、お父さんもお祖父ちゃんも喜ぶと思うよ」



 お父さんなんて、最初はあんなに魔王さんのこと嫌ってたのに、今では「次はいつ来るんだ」って毎日言ってるんですよ。きっと、また朝まで飲み明かしてお母さんに怒られちゃいますね。








 ◆◆◆







 魔王さんの事を最初に家族に紹介した時のことですけれど、なにしろ相手が相手です。

 当然のことながら異世界でのあれこれや、わたしが勇者になっていたことにも触れざるを得ません。

 言葉での説明だけでは納得されるはずもありませんし、実際にいくつかの証拠、魔法や聖剣を見せたりもしました。

 わたしが家に男の子を連れてくると知って、何日も前から殺気立っていたお父さんやお祖父ちゃんも、あまりに予想外の展開に驚きすぎて、すっかり毒気を抜かれていましたっけ。



「お義父さん、娘さんを僕にください!」


「き、君にお義父さんと呼ばれる筋合いはないっ!?」



 ……なんて、定番のやり取りはそれでもやっていましたけれど。

 ついでに事情・・を聞いて怒ったお父さんが魔王さんの事を殴っちゃったりもしたんですけれど、それで利き手の指の骨にヒビが入ってしまい、しばらく仕事を休む羽目になったりもしましたっけ。

 それで、急遽穴の空いたシフトを埋めるために魔王さんが何日かウチの厨房に入って、なんやかんやでお父さんとお祖父ちゃんに認められたのは結果オーライだったかもしれません。


 それと、どうもわたしの知らないところで男同士での話し合いの場を設けていたらしいんですけれど、お父さんや魔王さんに聞いてもその時のことは教えてくれないんですよね。ちょっとだけ気になります。


 まあ、過程はさておき、お父さんとお祖父ちゃんは結果的には大きな障害にはなりませんでした。結果だけ見れば“比較的”楽な相手だったと言えるでしょう。

 




「私は反対かしらね」


 そう、お母さんがあれほど強硬に反対するとは、わたしも予想外でした。きっと味方になってくれるだろうと内心では楽観していたのですが、甘かったです。


 感情的に声を荒げるでもなく淡々と反対理由を告げられては、わたしも魔王さんも、そして賛成派に回ってくれたお父さんたちも沈黙せざるを得ません。それだけの理由、それだけの重さがありました。



「魔王さん、貴方がリサを好きになってくれたことは嬉しいわ。でもね……」



 でも魔王さんは、日本どころかこの世界の住人ですらありません。

 愛があればどんな問題も乗り越えられる、とキッパリ言えれば良かったのですが、現実的な問題を前に精神論はあまりに無力。



「魔王さんたちの他の事情に関しては……まあ、そういう考え方や文化ということで、リサが納得しているならいいとしましょう」 



 他の事情。

 かなり珍しくはありますが、彼とその周囲との間柄に関しては、この地球にも似た考え方がないこともありません。万人に受け入れられるとは言い難いですが、絶対に有り得ないとまではいかないでしょう。


 けれど、魔王さんが異世界の魔王だということだけは、どうやっても動かしようがないのです。

 


「これからの人生、ずっと周りに対して旦那さんの事情を隠したまま、後ろめたさを抱えたままで生きなさい……とは母親としては言えないわね」



 正直、最初はあまりピンと来ませんでしたが、時間が経つにつれて、わたしにもお母さんの危惧したことが分かってきました。


 わたしにも日本こちらでの交友関係というものがありますし、これからの人生でもそれは広がっていくことでしょう。

 その全員に対して嘘を吐いて隠し事をして、後ろめたさを感じたまま生きるというのは想像しただけで息苦しさを感じそうです。

 これまで家族に対して異世界のあれこれを隠していたのとはワケが違います。

 友人知人であればどうにか隠せても、家族を隠すことはできませんし、したくもありません。


 それに、もし結婚したとなれば将来は子供も出来るかもしれません。

 現状のままでは、その子に対しても父親の素性を隠させて、後ろめたさを押し付けなければいけなくなってしまいます。

 わたしが異世界に移住するということも考えかけましたが、正直なところ、日本を捨てることはできそうにありません。少し考えただけで首を横に振りました。それに、素性を隠さなければいけないのは異世界あっちでも同じことなのです。



 このままでは、魔王さんと結婚できない。

 もし強行したとしても、この問題をどうにかしないことには不幸になることが目に見えている。

 わたしは、その困難な現実を前に頭を抱えました。


 ですが、魔王さんはそうではなかったようです。

 彼は、お母さんに確認しました。



「つまり、リサさんが周りに僕のことを隠さずに、堂々と生きられるようになれば問題ないんですね?」


「ええ、そうできたのならば何も文句はありません。その時は私も貴方達の関係を応援するわ」








 ◆◆◆








「リサが時々笑顔で無茶を言うのってお義母さん譲りだよね」


「だからといって、主要国首脳会議サミットの会場にドラゴンで乗り付けるのはやり過ぎだったんじゃないかな?」


 わたしは、注文したチーズケーキの余韻をコーヒーと共に飲み下してから苦笑しました。

 彼がオススメするだけはあって、ケーキもコーヒーも大変美味しい……じゃなくて、



「まあまあ、結果的には上手くいったんだし」



 危うく魔王さんが歴史に名を残すテロリストになるところでしたが、結論から言って、地球世界の主要国の首脳陣のお歴々は異世界の存在を認識するに至りました。

 会場周辺を結界で封鎖して内部の異変には一切気付かせずに、外部との連絡・通行を完全に遮断。それから議場内に騎竜ごと直接転移して、武装した護衛を無傷で無力化。


 その後は、わたしの家族にやったのと同じように(少しだけ過激に?)、いくつかの証拠を見せながら、お偉い方々を“平和的”に説得したそうです。

 

 そうやって異世界の存在を認識させてから、魔王さんは彼らに「異世界の存在を公表してください」、そして「これから仲良く付き合っていきましょう」という要求をしました。

 そうすればわたしも隠し事をせずに済むかもしれませんが、それにしても随分な無茶をやったものです。いえ、勿論わたしの為にそこまでしてくれたのは、とても嬉しいんですけれどね。


 それで、そんな脅迫にも近い状況ではありましたが、意外にも魔王さんの要求はすんなり通ったそうです。このあたりの状況はわたしも伝聞でしか知らないのですけれど、手土産として持参した貴金属類(地球には存在しない種類も含む)が効いたとかどうとか。


 それにもう一つ。彼が情報公開の対価として提示した技術は、百戦錬磨の各国首脳をして、到底無視できるものではなかったのです。

 その技術とは魔法。

 より正確には異世界渡航技術を含む魔法技術。

 わたしも似たような事はできますが、その技術を汎用化して公開してしまおうという、とんでもないことを魔王さんは考えていたのです。


 もし、これが完全に成功したならば、地球人類は資源と領土の縛りから解放されます。

 わざわざ狭い地球上で面倒な小競り合いや政治劇などせずとも、各々が自由に、欲しい物を欲しいだけ手にすればいいのですから。

 友好的な住人がいる世界、あるいは先住者のいない無人の世界。

 無限に存在する世界の中には、そんな人類にとって都合のいい世界も数え切れないほどあるはずです(危険な世界も同じくらいにあるそうですし、手を出す世界の選定には注意が必要ですが)。



 とはいえ、技術の提供といっても簡単ではありません。

 理由はよく分かりませんが、何故か地球には自然界の魔力がほとんど存在しておらず、魔法に使用する魔力は使用者自身が賄わなければならない。簡単に言うと、地球上は魔法が使いづらい環境なのです。


 魔王さんも週の半分は色々な国を回って、秘密裏に集められた学者さんや軍人さんを相手に魔法の講義や実演をしたり、科学技術で同様の現象を再現できないかと頑張っているようですが、これがなかなか難しいようで。


 最初の一年はほとんど成果なし。


 二年目以降になると多少の進歩はあったようで、初歩的な魔法を使用可能な純地球産の魔法使いが誕生。どうやら、魔力という未知のエネルギーを機械的に測定できるようになったのが大きかったようです。


 三年目には魔力を蓄積できる装置を開発。大規模な魔法の行使に目途が立ってきました。


 国によって研究の進度に多少の差はあるようですが、現在ではペン先程度の空間の穴なら開けられるようになってきているそうですし、あと数年もすれば自在に人々が異世界間を移動できるようになっているかもしれませんね。

 将来的には民間レベルでの貿易や観光事業も視野に入れて、色々な計画を考えているそうです。


 そうそう、わたしも日本国内限定ですけれど月に二回か三回くらいの頻度で研究の協力をしているんですよ(もちろん魔王さんの紹介です)。

 時折、防衛省の秘密研究所(秘密!)だとかいう施設にお邪魔しています。たしか『特定秘匿技術関連顧問技官』とかいう長い肩書きも頂いていたはずです。

 ただでさえ学業と仕事で忙しいのですが、口止め料込みで結構な額の謝礼を頂けるので背に腹は代えられないと申しますか……ね?






「それでさ……リサ?」


「あ、ごめんなさい」


 おっと、つい思考が横道に逸れていたようです。

 最近はお互い忙しくて、一緒にお茶を楽しむ時間も貴重なんですから、一秒も無駄にはできません。毎日のんびりと過ごせていた高校時代の前半が懐かしく思えますね。



「それで、どうしたの?」


「うん、実は例の公表の日取りが来年の暮れか、遅くても再来年くらいには決まりそうなんだ」



 例の公表というと、件の「異世界の存在を世界の首脳陣が公式に認める」というアレのことでしょう。多方面への影響を考慮して極秘裏に情報交換や研究を進めていましたが、それがある程度の形になったということなんでしょうか。


 ……あれ、という事はつまり?



「少し待たせちゃったけど、これならお義母さんも納得してくれると思うから」


「うん」



 来年か再来年。

 順調にいっていれば(単位と出席日数の不足で留年していなければ)、その頃にはわたしも卒業しているはずです。今よりも少しは生活も落ち着いているでしょうし、タイミングとしては悪くないでしょう。



「もう一度言うよ。僕と、結婚してください」


「はい……!」



 返事をした時、あんまり嬉しかったものだから、少しだけ涙がにじんでしまいました。






 

 ◆◆◆







 一時間にも満たないティータイムを終え、わたしたちは喫茶店の外に出ました。

 彼はこれから地球の裏側にある某国に向かうそうです。



「そうだ」



 別れ際、ふと、言っておくべき事を思い出しました。

 とても大事なことだから、ちゃんと忘れずに言っておかないといけません、



「わたしの為に頑張ってくれてるのは嬉しいけど、あんまり奥さんアリスを放っておいたらダメですよ? まだまだ新婚さんなんだから」




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