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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
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閑話・風邪ひきアリスと見舞い客


 アリスが風邪をひいた日の午後のことです。


 体調はお昼過ぎにはほぼ平常通りにまで回復し、アリスはベッドに腰掛けた体勢で、のんびりと編み物をしていました。

 毛糸と編み針をリズミカルに動かして、どうやら手袋を編んでいるようです。

 常日頃から暇を見ては色々と編んでいるのですが、編みかけで中断していた物もそれなりにあったので、この機会に集中して片付けてしまおうと意気込んでいました。

 読書などもそうですが、病床という状況は、この手のインドア趣味がとてもよく捗るのです。



 しばし作業に没頭していましたが、昼食のお粥を食べ終えてから一時間か二時間経った頃でしょうか。ちょうど編み物が一段落したタイミングで、アリスの部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえました。



「はい、どうぞ」



 また魔王かリサが様子を見に来たのだろうか、と思いながらアリスはドアの向こうの人物に声をかけましたが、



「あら、いらっしゃい」



 部屋を訪ねてきたのは魔王でもアリスでもありませんでした。

 シモンとライムと子供状態のコスモス。

 どうやら、お子様三人組はアリスが風邪をひいたことを聞き付けて、揃ってお見舞いに来たようです。

 


「アリスさま!? アリスさま、大丈夫ですか!?」


 意外にも、と言うべきでしょうか。

 三人の中で一番動転していたのがコスモスでした。

 いつものマイペースで冷静な態度も何処へやら。部屋に入るとすぐさまアリスに駆け寄って縋り付き、それこそ、まるで彼女とアリスが初めて会った時のような不安そうな表情を浮かべています。



「ア、アリスよ、それで具合はどうなのだ!?」


 縋り付きこそしませんでしたが、シモンもコスモスと同じくらいに慌てていました。

 アリスとしては、こうまで心配をかけてしまって情けないやら申し訳ないやらといった心境です。



「ふたりとも、うるさい」


「がっ!?」


「ぐっ!?」



 お子様たちの中で、唯一冷静さを保っていたのがライムです。

 彼女はコスモスとシモンの頭頂部に両手で手刀(チョップ)(弱)を落として黙らせてから、淡々と注意をしました。



「しずかにしないと、めいわく」


「くっ、なんという正論を……その通りですね、ごめんなさい!」



 病人のいる場所で騒いではいけない。

 ライムの圧倒的正論を前にしては、いかに詭弁や詐術に長けたコスモスといえど引き下がるしかありません。というか、一方的に宣言するだけで会話をする気のない相手に、言葉での交渉はできません。



「だいじょうぶ?」


「大丈夫ですよ、もう、ほとんど良くなってますから」



 ライムの問いにアリスは朗らかに答えました。

 事実、もう体調はほぼ完全に回復していて、念の為に休んでいるだけなのです。この調子ならば、明日からはまたいつものようにお店に出られるでしょう。



 と、それはそれとして。

 

「でも、お友達の頭に、いきなり手刀を落とすのはダメですよ?」


「うん。つぎからは、さきにこえをかける」


「ええ、それならば問題ないでしょう」



 友達に背後から不意打ちをするのは卑怯なのでNG。

 ちゃんと声をかけてからの、正々堂々とした攻撃ならばセーフ。


 こんな時であっても、アリスは師匠として弟子の教育に気を遣っています。

 なりゆきで始めたとはいえ、他人様の子供を預かっている以上、アリスもきちんと師匠としての責務を果たすつもりはあるのです。

 まあ、アリスの感覚も世間一般の常識からはかなり外れているので、少しばかり過激な教育内容に感じるかもしれませんが深く考えてはいけません。

 友達ではなく敵を相手にした場合には、むしろ積極的に卑怯であろうとすることが推奨されていたりもしますが、それも深く追求してはなりません。







「心配をかけてしまったみたいですね。でも、もう大丈夫ですから」


「べっ、別にアリスさまの心配なんてしてないんですからね!」


 何故かコスモスが無意味にツンデれていましたが、恐らくはアリスの無事を確認したことで、いつものようにボケる余裕が出てきたのでしょう。もしかしたら、つい先刻の慌てぶりに対する照れ隠しも混ざっているのかもしれません。



「そうだ、ちょうど良かった。三人とも、もう少し近くに来て、手を出してもらえますか?」



 そう声をかけてから、アリスは先程まで編んでいた毛糸のカタマリを彼らに渡しました。



「うん、少しだけ大きめに作ったんですが、問題なさそうですね」



 普通の人間のような成長をしないコスモスは子供状態の手のサイズぴったりに。

 シモンとライムの手袋は、成長を見越して少しだけ大きめにしてあるようです。



「心配をかけたお詫びというわけではありませんけれど、私からのプレゼントです」


「ア、アリスさま、これはまさか頂けるのですか!」


「おお、これはありがたい! さっそく使わせてもらうぞ」


「ありがとう」



 毛糸の手袋は肉厚でモコモコしていて、とても温かそうなのが一目で分かります。

 子供たちも突然の贈り物を大いに喜んでいました。



「私みたいに風邪をひいてはいけませんからね」



 アリスはそんなことを言いながら、自嘲含みの苦笑を浮かべています。

 いくら身体の強さに自信があっても、それを過信して油断すればこんな風に病気になってしまうという反面教師。その言葉には、なかなかの説得力がありました。


 その教訓のお陰か、あるいは新品の手袋のお陰か、子供たちはこの冬は一度も体調を崩すことなく、健やかに過ごすことができたそうです。



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