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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
252/382

冬の話①


 時は流れ季節は変わる。

 これは、はらはらと粉雪が舞っていた、ある冬の日の話。







 ◆◆◆







「一番美味しい鍋料理、ですか?」


「うん、さっきからアリスと話していたんだけど、なんだと思う?」


 平日の夕方頃。

 学校終わりにレストランに顔を出したリサに、魔王が「一番美味しい鍋はなんだと思うか?」という質問をしました。

 正直なところ、これは深い意味のない単なる雑談としての問いだったのですが、リサはかなり真剣に考え始めました。



「それは……かなり難しい問題ですね」



 リサは腕を組んで頭を捻り、悩みに悩んでいます。



「すき焼き、しゃぶしゃぶ、おでんや水炊きもいいですし、キリタンポとか……そういえば、最近はカレー鍋なんていうのも人気みたいですし」



 鍋料理の種類を指折り数えながら挙げていくも、それぞれに違った魅力があり、迂闊にどれが一番とは決められません。



「それにですね、すき焼き一つでも関東風と関西風とかの違いがありますし、そういうのはそれぞれ別枠で考えるべきでしょうし」



 そして、一見同じ種類に見えても、その内容がかなり幅広いのも鍋料理の特徴です。

 例として出されたすき焼きも、地域によっては牛肉ではなく豚や鶏を使うこともありますし、調理法自体にも様々な種類があります。


 すき焼きの原型のすき焼き。

 それは読んで字の如く、農具である鋤を調理器具として利用した、鉄板焼きに近い料理だったようです。


 甘い割り下で煮込む関東風と、牛脂を引いた鉄鍋で焼くように作る関西風。

 どちらが原型に近いかというと関西風ですが、関東風にも関東風の良さがあり、一概にどちらが上とは決められません。



「それに、お鍋といったらシメをどうするかが大事なんです」



 鍋物で大事なのは、どんな具や味付けにするかという組み合わせ。

 そして、最後の〆をどうするかというのも、重要なポイントです。

 ここをおろそかにすると、仏作って魂入れず、という事になりかねません。

 


「うどんにお蕎麦に雑炊にラーメンにパスタに……ええ、はっきり言って、大抵のお鍋は炭水化物なら何を入れてもそれなり以上に美味しくなってしまいます」



 〆に何を入れるにしても、どれが一番とは明確に決めがたいものがあります。

 下手をすれば〆の種類を巡ってのケンカ、いえ戦争になりかねません。



「ず、随分こだわるんだね?」


「それはもう。日本人ですからね」



 リサの鍋物にかける意外なほどの熱意には、流石の魔王も少々引き気味です。


 地球においては世界各国に鍋物に類する料理がありますが、皆で卓上の鍋を囲んで調理しながら食べる方式というのは、意外にも日本以外にはほとんどありません。全くないワケではありませんが、かなり珍しい部類の食文化だと言えるでしょう。


 他の文化圏の方々からすれば、調理場で作った料理をテーブルで頂くのと、卓上で煮込むのとで味に違いが出るかを疑問視する声もあるかもしれませんが……違います!

 ハッキリと違うのです!

 これは、もう実際に食べてみる事でしか分からないので、鍋料理を食べた事のない人に口頭で説明するのは難しいのですが。


 そして物流や情報の発達した現代においては、住んでいる地域に関わらず日本全国の鍋料理を楽しむ事もできますし、これまでは使用されなかった食材や調理法による新種の鍋も日々誕生しています。

 そんな国に生まれ育ったリサが鍋料理にこだわりを持つのは、だから当然のことでした。







 と、ここまで聞いた魔王は、



「じゃあ、一番を決めるのは無理って事だね……?」



 このような結論を出しました。

 個人の好き嫌いの延長線上としての一番ならともかく、万人にとっての一番など、鍋料理に限らずとも決められるハズがありませんし、妥当といえば妥当です。

 いや、ただの雑談でここまで真剣ガチな結論を出す必要があったのかといえば、それはそれで疑問ですが。



「そうですね、わたしも一番は決められません」



 そして、鍋料理を熱く語ったリサも魔王の結論に同意しました。

 まあ、それはそれとして、こんな風に言葉を続けたのですが。 



「でも、わたしのオススメはありますよ」


「オススメ?」



 一番かどうかはさておいて、リサにはお気に入りの鍋物があるようです。

 魔王もその言葉に興味を持ちました。



「すき焼きなんですけどね、ウチのお店のいわゆる裏メニューと申しますか、色々と特別製なんですよ」



 リサの実家、『洋食の一ツ橋』の裏メニュー。

 冬季限定の、古くからの常連だけが知る洋風すき焼きです。



「……なんて、言葉で言っても伝わらないですよね?」


「まあ、そうなんだけどね」



 どんな料理も、話として聞いただけでは、それこそ絵の中の餅と同じ。

 レシピを教えれば魔王なら近いモノを再現は出来るのでしょうが、どうやらリサは鍋の話をしている間に作りたくなってきた……否、食べたくなってきたようです。



「よおし、じゃあ今日のまかないはわたしが作っていいですか? ふふ、洋食屋のすき焼きをご馳走しますよ」







 ◆◆◆







 時間は数時間ばかり進んだ閉店間際。

 先程は学校帰りだったリサは一旦帰宅して、着替えや手伝いや勉強をキチンと終わらせて、それから魔王たちのまかない(兼自分の夜食)を作りに、再びレストランにやってきました。


 先程から厨房の一角を借りて、お肉や野菜や、この料理の肝となる割り下スープの準備をしています。


 鍋の割り下は、煮切って酒精アルコールを飛ばした赤ワインとコンソメスープ。コンソメは売り物の残りを流用しました。

 そしてお醤油と風味付けのバターを一欠片に砂糖と蜂蜜。思い切ってかなり甘めにするのが味付けのポイントです。


 もちろん、割り下だけでなく具材も普通のすき焼きではありません。薄切りの牛肉は普通ですが、それ以外は通常のすき焼きでは使われない物が多めです。


 シャキシャキの食感が出るように、繊維に沿って薄切りにしたタマネギ。


 水洗いしたホウレン草と細切りの白菜に、軽く下茹でした里芋とブロッコリー。


 キノコは縦に四つに割ったエリンギとマッシュルーム。

 今回のマッシュルームは小ぶりだった事もあり、大胆にも石づきを落としただけで丸ごと入っています。


 そして、一口大の白いカタマリは遠目だと豆腐に見えない事もありませんが、その正体はなんとモッツァレラチーズ。近くで見ると、表面が熱で溶け始めているのが分かります。この割り下が染みたチーズを溶き玉子に付けて食べると、それが実に美味いのです。



 そして、リサが下ごしらえをしている間にフロアでの閉店作業も一段落したようです。

 具材を入れた鉄鍋を厨房で軽く一煮立ちさせてから一旦火を止め、フロアのテーブルに運んでから再度加熱(鍋敷きに置いた鉄鍋に指先が触れた状態で極小の火魔法を使うだけなのでコンロ不要、実にお手軽です)。

 お肉に火が通り、チーズが形を失うか失わないかという状態になったら食べ頃です。



「これは良い香りですね」


「うん、美味しそうだ」



 初めて見る洋風すき焼きにアリスも魔王も興味津々です。

 甘じょっぱい割り下で煮込んだという点ではオーソドックスな関東風すき焼きに似ていますが、それ以外はほとんど別物。この味は実際に食べてみないと分からないでしょう。



「うん、こんなところですね。では、どうぞ」


「「いただきます」」



 お奉行様リサのお許しが出たところで、ようやく食事が始まりました。

 生玉子に付けて食べるのは通常のすき焼きと同様です。 

 色々な具材に目移りしてしまいますが、すき焼きの主役といえばやはり牛肉。三人は揃ってお肉に箸を伸ばし、溶き玉子をたっぷりと絡めてから口に運びました。



「これは……イケますね!」


「うん、これはいい!」

 


 通常のすき焼きとの違いはいくつもありますが、まず挙げられるのは割り下に含まれるコンソメの旨味成分と、煮切った赤ワイン由来の仄かな渋味と酸味。甘味についても、砂糖と蜂蜜を併用する事で単調にならない複雑な奥深さが出ています。

 かなり濃い目の味付けなので、脂が多い霜降り肉ではくどく感じたかもしれませんが、赤身中心のサッパリしたモモ肉を使用しているので、その心配も無用です。


 そして、美味しいのはお肉だけではありません。


 シャキシャキのタマネギと白菜。


 大地の滋味を感じさせるホウレン草。


 ネットリとした食感の里芋。


 ブロッコリーは先端の緑の部分と、細切りにした茎の部分とで食味が違ってこれも面白い。


 エリンギの力強い歯応えと、マッシュルームのプリッとした感触。これも甲乙付け難くどちらも良い物です。


 そして、割り下を吸って少し茶色に色付いたモッツァレラチーズ。

 箸では崩れそうなのでレンゲで持ち上げ、これも玉子に付けて頂きます。

 チーズの中では癖の少ないサッパリした味わいのモッツァレラは割り下の風味をケンカする事もなく、むしろ高めあっているような印象でした。



 どれもこれもが実に美味しい。

 風変わりではありますが、これは確かにすき焼きです。

 不満などは……ある一点を除いてありません。



「美味しかったけど、少し食べ足りないかも」


「ええ、私ももう少し食べたい気分ですね」



 魔王とアリスは、味ではなく量の少なさに対して不満がある様子です。

 現在の腹具合は五分目か六分目といったところ。できれば最後にもう一押しが欲しいという感じでしょうか。


 しかし、そんな彼らの反応はリサの手の内。具材を少なめにしたのは、最後の〆を美味しく食べられるようにするためだったのです。


 

「ちょっとお鍋を借りますね。〆の準備がありますから」



 リサは卓上の鉄鍋を持って厨房に向かいました。

 とはいえ、調理としては単純なものです。


 鍋の割り下にご飯、みじん切りのタマネギ、薄切りのマッシュルームを投入(ご飯以外は先程ついでに切ってありました。お奉行様に抜かりはありません)。

 上に刻みパセリとチーズをかけてから、鉄鍋ごと強火のオーブンで一分間加熱します。


 そうして出来た〆の一品が、



「さあ、どうぞ!」



 そう、ドリアです。

 甘じょっぱいコンソメバター風味のご飯の上で、焦げたチーズが凶悪な香りをプンプン放っており、容赦なく食欲を刺激してきます。

 鍋の〆としてはかなりハードな一品ですが、それを最後まで美味しく食べられるように鍋の具材をやや少なめに抑えてあったのです。 



「これにタバスコをちょっとかけても美味しいんですよ」



 リサは更にここでタバスコという飛び道具を持ち出してきました。

 いくら美味しくとも濃厚な甘じょっぱ味とチーズの組み合わせでは、最後のほうは飽きて舌が重くなってしまいそうなものですが、これにより最後まで美味しく頂けるという寸法です。



 魔王とアリスの、この風変わりなすき焼きについての感想が如何なるものだったのか?

 それは、米粒一つも残らず空っぽになった鍋が雄弁に物語っていました。



夜中にこんなの書くもんじゃありませんね(この後書きを書いている時点で深夜二時過ぎ)。

飯テロならぬ飯自爆テロで自分のお腹が空きました。

この時間の食事は危険なので水を飲んで誤魔化してます。


この話とは関係ありませんが、最近動画制作に手を出しました。

活動報告に動画サイトのアドレスが張ってあるので、よかったらご覧ください。

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