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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
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秋の話②


「今日は私が作りますね」


 レストランの営業が終わった頃合に、アリスは魔王にそう伝えてから厨房に向かいました。


 普段の夕食は魔王が作る事が多いのですが、別に役割が固定されているわけではありません。時にはこうしてアリスが作ったり、リサやコスモスが作る事もあります。が、リサは未成年かつ学生という身分ゆえにあまり遅い時間までは残れず(今日も夕方頃には上がりました)、コスモスは他の仕事や気分次第で来たり来なかったりという具合です。



 アリスが夕食を作る時は、いつもとは反対に魔王が掃除や諸々の閉店作業を担当します。

 テーブルを拭いたり、花瓶の水を取り替えたり、やるべき事はそれなりにありますが、慣れた作業ですし大した時間はかかりません。

 魔王が一通りの作業を終えた頃には、アリスの準備も終わっていました。



「へえ、今日は茄子尽くしなんだね」


「ええ、朝方に市場で良い茄子を見つけて買っておいたんです。ちょうど旬ですし、こういう趣向も良いかと思いまして」



 テーブルの上には、焼き茄子、揚げ浸し、芥子漬け、挟み揚げ。もうすぐ日付も変わろうかという時間にしては重すぎるくらいの茄子料理が並んでいました。


 季節は秋口。

 秋といえば美味しい物が多い時期ですが、秋茄子もその一つです。

 アリスの言うように、たまにはこうした旬の物尽くしも面白いものでしょう。

 


「魔王さま、一杯どうですか?」


「ありがとう、じゃあ貰おうかな。アリスも飲むかい?」


「ええ、私も頂きます」



 魔王もアリスも、普段から習慣としてお酒を飲むタイプではありませんが、決して嫌いではありません。たとえば、今のようにお酒に合いそうな料理が並んでいる状況などでは、飲みたくなる事だってあるのです。



「「いただきます」」



 二人は揃って食前の挨拶をしてから茄子料理に取り掛かりました。

 魔王はまず、皮を剥いた焼き茄子にカツオ節とおろし生姜をたっぷりと乗せ、醤油をちょろりと垂らしてから頬張りました。まず最初に生姜のツンとした辛味が鼻を刺し、その向こうから茄子の甘い汁気がジュワっと溢れてきたところで……、



「っぷはぁ!」



 よく冷えた麦酒ビールを勢いよく流し込みました。

 爽快な苦味と炭酸の刺激が口内からノドの奥までを一気に駆け抜け、それが焼き茄子の味を幾重にも引き立てています。

 見ればアリスも同じようにグラスを傾け、美味しそうに久々の麦酒を味わっていました。少しばかり唇の周りに泡が付いているのはご愛嬌。

 そして、当然これだけで満足できるはずもなく、食欲のエンジンに火が付いた二人はドンドンと箸を進めます。


 揚げ浸しと芥子漬けは、アリス曰く昼間のうちにこっそり仕込んでから保冷庫で冷やしておいたのだとか。

 生姜の風味が強めの出汁醤油を吸った揚げ浸しは、焼き茄子とは似て非なる方向性とでも申しましょうか。茄子の身質はスポンジに似ていて水分や油分をよく吸うのですが、今回の揚げ浸しもその例に漏れず漬け汁の味を吸い、それで茄子自体の風味も消えることなく主張してきます。


 一方の芥子漬けのほうはというと、こちらは前の二種とは随分と趣きが違います。

 真っ黄色の芥子がベッタリと付いた茄子は、一見すると如何にも辛そう。

 しかし、身構えながら口に含むと意外にも辛さはそれほどでもなく、むしろ茄子の甘味が感じられる……と油断させたあたりで、後からドカンと辛さがやってくるのです。ああ、なんと悪辣な料理なのでしょう!


 そして、このどれもがお酒によく合うのです。

 魔王たちは麦酒だけでなく米酒も開けて飲み始めました。大抵の種類のお酒はそれこそ売るほどあるので、飲もうと思えばいくらでも飲めます。特に水のように透き通った辛口の冷酒は茄子との相性も最高で、ついつい杯を重ねてしまいました。



「この挟み揚げは結構自信作なんですよ」


「へえ、どれどれ」



 茄子と油との相性については今更語るまでもないでしょう。

 天ぷらに良し。フライに良し。素揚げで良し。

 もはや、茄子を揚げて不味くするほうが難しいというレベルです。



「うん、美味しいよ、アリス!」



 そして、今回の挟み揚げも勿論大成功。

 茄子を縦方向に5mm程度の厚さに切って、粗めのみじん切りにした海老と豚ひき肉を合わせたタネと大葉を挟み、天ぷらのように衣を付けて揚げたのです。

 これはもう美味しいに決まっていますし、お酒に合うのも食べる前から分かりきっています。







「ふふっ」


 食事の途中、アリスがなんとも愉快そうに笑いました。



「どうかしたの?」


「いえ、大した事ではないんです。ただ、なんだか楽しくなってしまって」



 料理もお酒も美味しくて、そして魔王と一緒に食卓を囲んでいる。もう何回繰り返したか分からないような当たり前の日常が、アリスにはとても楽しく幸せに感じられたのです。



「それにですね」


「それに?」


「ほら、リサもコスモスもまだお酒は飲めないでしょう? こうやって魔王さまと二人きりでお酒を飲むのは私だけの特権なんですよ」



 なるほど、と魔王は頷きました。

 考えてみれば、何かの集まりで皆と飲む事はあっても、魔王が一対一サシでお酒を飲む相手はアリスだけです。



「リサはもう何年かすれば飲めるようになるって言ってましたし、もうしばらくの特権かもしれませんけれど。でも、それまでは私が独り占めさせてもらいますよ?」



 酒精で紅葉の如き色に染まった顔で、アリスはにっこりと微笑みました。








 時には静かにしっとりと、彼らの秋は優しく穏やかに過ぎていきました。




子供の頃は茄子って苦手だったんですが今では好物です。

天ぷらとか最高ですね。


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