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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
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秋の話①

 時は流れ季節は変わる。

 これは、木々が赤や黄色に色付き始めた頃の、ある秋の日の話。







 ◆◆◆







「なんだか難しい顔をしてるけど、何か悩み事でも?」



 厨房で食器の整頓をしていたリサに魔王が声をかけました。



「そんなに顔に出てましたか?」



 リサは一旦手にしていたお皿を置くと、手を顔にやりました。

 彼女としては自然にしていたつもりでも、どうやら知らず知らずのうちに表情が硬くなっていたようです。



「僕でよければ相談には乗るよ?」


「いや、別に…………いえ、やっぱり聞いてもらってもいいですか?」



 最初は反射的に遠慮しようとしたリサですが、一拍置いてから考え直したようです。

 なにしろ、悩み事を一人で抱え込む愚に関しては痛いほど身に染みています。一人で考えて思い詰めても、良い考えというのは浮かばないと、今の彼女はよく知っていました。


 もっとも、今回の悩みは以前のソレとは少々毛色が違いましたが。

 


「ちょっと進路の事で悩んでまして」



 ごく普通の高校生であるリサの悩みは、当然ながらごく普通のものでした。

 進学にしろ就職にしろ、十代の少年少女でこの手の問題と全く無縁でいられる者はほとんどいないでしょう。


 ですが、それを聞いた魔王はちょっとした違和感を覚えました。



「進路っていうと仕事の事だよね? あれ、でも、たしか」



 たしか、リサは実家の洋食店を継ぐつもりだったはず。

 勇者になる以前から現在に至るまで、その目標は全くブレていませんし、リサの家族もそれを快く思って応援しています。



「あ、はい、最終的には実家に就職するつもりですよ。でも、例えばその前に他所のお店や学校で修行したりとか……あとは、それ以外にも勉強したい事がありまして」



 ですが、最終的な終着点は決まっていても、そこに至るまでの道筋は一つではありません。

 たとえばリサの祖父や父も若い頃には、修行と称していくつかの店を渡り歩いた経験があったりします。慣れ親しんだ実家のお店は居心地が良いものですが、あえて一度そこを離れる事でしか得られないものも確かにあるのでしょう。



「それで、もし受験するとしたらそろそろ本腰を入れないといけませんし、もしかしたらアルバイトも減らさないといけないかも……」



 現在は高校二年生の秋頃。

 もし大学への進学を目指すならば、そろそろ準備を始めないといけない時期ですが、そうなるとアルバイトの時間も減らさないといけない。すなわち、魔王に会う機会を減らさないといけません。それは恋する乙女にとっては大問題でした。



「こっちは少しくらい人手が減っても問題ないから頑張ってね」



 魔王は、彼なりに心配させないようにはしたのでしょう。

 それなりに頑張ったほうではありましたが、相変わらず乙女心というものが分かっていません。



「はぁ……そこは嘘でもいいから『君に会える時間が減って寂しい』くらいは言って欲しかったです。魔王さんはわたしと会えなくてもなんとも思わないんですね……悲しいです、しくしく……」


「あ……寂しい!? すごく寂しいです!」


「ふふ、冗談ですよ」



 勿論、今のはリサがからかっただけで、別に本気で泣いたり悲しんでいるワケではありません。

 魔王もただの冗談だったと知って安心しました。



 これは余談ですが、最近はリサも魔王の扱いに慣れてきたというか、イケない事とは思いつつも、こんな風に魔王の反応を引き出して遊ぶ事が増えていたりします。

 魔王がこのように慌てふためく反応がなんだか可愛らしく思えて、ついつい困らせてしまいたくなってしまうのです。









「大丈夫ですよ」


 リサは、落ち着いた声音で言いました。



「勉強する事が多くて大変だけど、でもイヤじゃないですから」



 この悩みは、あくまでもリサ自身が望んだが故の前向きな悩み。

 いくつもの夢や目標があって、欲張りにもそのいくつにも手を伸ばそうとして、それで少しばかり気後れしてしまっただけなのです。

 こうして魔王とちょっと話しただけで不安が消え、気力が湧いてきたのをリサは感じていました。この調子ならばきっと本人が言うように大丈夫なのでしょう。



「でも、あまり根を詰めすぎないようにね」


「はい、頑張りすぎて身体を壊したら元も子もないですからね」


「そうだ! ちょっと待ってて」



 魔王は手元のオーブンを開けると、中から天板を抜き出しました。

 どうやら、何かのパイを焼いていたようです。

 会話中に程よく火が通っていたようで、焼き具合はちょうど最高のタイミング。

 サクサクのパイ生地からバターの風味が薫ってきます。


 魔王はナイフで手早く切り分けると、一切れ分をお皿に乗せてリサに差し出しました。



「はい、頑張っているご褒美に」


「まだお仕事中なのにいいんですか?」


「じゃあ味見ってことで。手伝いをお願いできるかな?」


「そうですか、味見なら仕方ありませんね。ふふ、それではお手伝いをして差し上げましょう」



 リサがパイの一部をフォークで切り取ると、黄色い断面からムワッと湯気が立ち上りました。オーブンから出したばかりで、まだ熱々なのです。彼女は舌を火傷しないようにふうふうと息を吹いて冷ましてから、パイの欠片を口に運びました。



「熱っ、美味しっ」



 充分に冷ましたつもりでも、パイ生地の中のカボチャ・・・・のクリームにはかなりの熱が残っていたようです。それでも食べる手を止められないくらいの美味しさもあったようですが。



「ふう、ふう」



 今度は更に念入りに冷ましてからもう一口。

 先程は感じられなかったクリームの滑らかな舌触りが実に心地良く感じられます。

 そしてパイ菓子の類はバターの風味が大きな魅力となりますが、今回は焼き立てだからかそれが一層強く薫るようです。



 皮をむいて蒸したカボチャを裏漉しして、お砂糖と生クリーム、風味付けのシナモンを少々。

 そうして作ったカボチャのクリームをパイ生地に詰めて焼き上げる。

 レシピとしてはシンプルな部類ですが、滋味溢れるカボチャの風味とバターたっぷりでサクサクのパイ生地とが合わさって、実に魅力的なお菓子に仕上がっていました。









「僕に思い付くのはこんな風にオヤツをご馳走する事くらいだけど、手伝える事があったらなんでも遠慮なく言ってね」


 美味しそうにパイを頬張るリサに魔王はそう伝えました。彼としてもリサの手伝いをしたい気持ちはあるようです。

 そしてそんな魔王の言葉を受けて……リサは勇者らしからぬ悪そうな笑みをニヤリと浮かべました。



「本当になんでもしてくれるんですか?」


「僕に出来ることならね」



 これで言質は取ったとばかりにリサは言いました。

 


「そうそう、さっきの就職先の事ですけど……あれはあくまでお仕事の話というか、それとは別にですね……ほら、わたしって将来は魔王さんのところに永久就職するじゃないですか?」


「え?」


「まあ実際には将来就職して生活が安定してからになるでしょうし、まだ結構先の話ですけど……このあたりで一つ確約プロポーズでも頂けると、わたしってば物凄くやる気が出て頑張れちゃうと思うんですよ!」


「え、あの、今ここで?」



 戸惑う魔王に構うことなくリサは一気にまくし立てます。



「あれあれ、約束してくれないんですか? 出来ることはなんでもするって言いましたよね?」


「言ったけど、そういう意味じゃなかったというか……ね?」


「魔王さんはわたしの事キライですか?」


「いやいや!? 好きか嫌いかで言ったらそれは好きだけど!?」



 魔王はらしくもなく慌てています。

 そしてリサはというと、そんな彼の姿を存分に楽しんだあたりで助け舟を出しました。



「あはは、冗談ですよ。今は、まだ」


「『まだ』なんだ?」


「ええ『まだ』ですとも。さ、いつまでもサボってないでお仕事に戻りますよ」



 美味しいオヤツのお陰か、はたまた魔王で遊んだお陰か、リサの五体にはやる気が漲っていました。





おかげさまで500万pv突破しました。

いつもご愛読ありがとうございます。

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