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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語

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閑話・イチゴのお菓子

前回のイチゴ狩り直後のお話です。

ちょっとしたオマケのつもりが、思ったより長くなってしまいました。


 日の落ちる手前あたりにイチゴ狩りを終えた魔王、シモンの案内で城の厨房にやってきていました。魔王がお菓子を作る約束をしていたので、その役目を果たす為です。最初はいつもと同じように内輪だけに振舞う予定だったのですが、いつの間にか晩餐会のデザートを担当する事になっていました。


 ちなみに今回調理をするのは魔王だけ。

 他の面々に関してですが、堅苦しいのが苦手な冒険者組は先に迷宮都市に帰っています。それ以外のアリスやリサやエルフ姉妹などの面々は、この後に控えた晩餐会や舞踏会に向けて、慣れないドレスや化粧と格闘している真っ最中です。

 他の貴族は招かない少数の身内だけのささやかな食事会とはいえ、それが王族相手ともなると色々な面倒があるようです。それでも略式も略式の最低限ではあるのですが。



 そんなわけで魔王は調理をするために厨房の一角を借りに来たのですが、まだ何もしないうちから彼は圧倒されていました。いったい何に驚いたって、それはもう凄まじく広かったのです。



「このお城の厨房はすごいね」


「うむ。大きな宴会ともなると、一度に千人分近くも作らねばならぬからな」



 普段のレストランや魔王城の食堂の厨房も、一般家庭とは比べ物にならない広さがありますが、この城の厨房はそれらを見慣れている魔王が驚きを隠せないほどの広さがありました。

 スポーツの大会をやるような体育館、あるいは小さめのドーム球場ほどもあると言えば、そのスケールの一端が分かるでしょうか。

 厨房内の食在庫に目を向ければ、肉に野菜に魚に果実。

 調味料なども産地や種類ごとに細かく管理されているようです。

 まだこちらの世界では本格的な製造が始まっていない、魔界産の味噌や醤油を置いてある区画もありました。



 それほどの広さがあるものですから、料理人の数だって相当なものです。上は司厨長から下は見習いの新入りまで、総勢で二百人にも達します。

 常に全員がいるわけではありませんが、お偉い方々のわがまま、もとい急なご用命に対応する為、早朝から深夜まで当番制で多くの人員が忙しく出入りしています。


 現在は晩餐の準備の真っ最中らしく、まるで戦場のような慌しさでした。魔王たちが招かれている晩餐会以外にも別の広間や食堂で、常日頃から様々な宴会が同時多発的に開かれているのです。今日は大きな催しがないので、これでも大分マシな状況らしいですが。

 そんな中をシモンは一切躊躇なく魔王を引き連れて歩き、この場で一番忙しいであろう司厨長の下へと向かいました。



「司厨長よ、少し良いか?」


「若! いつの間に留学からお帰りになってたんで?」


「いや、ちょっとな。それで少し頼みがあるのだが良いか? 実はこの男は魔王なのだが、こやつに菓子を作らせる約束をしていてな、忙しい時分に済まぬが、厨房の一角を貸してやってはくれぬだろうか?」


「分かりやした! 普通なら部外者は叩き出すところだが、他でもない若の頼みとあっちゃ断れねえや!」



 司厨長は、コック服を着ているのでかろうじて堅気と分かるような傷だらけの強面なのですが、シモンが一声かけるとあっさりと厨房を貸してくれる事になりました。見た目に反して随分と気のいい好漢のようです。

 おまけに使い慣れない厨房では何かと大変だろうと、幾人かの料理人に魔王の助手を務めるように指示を出し、「困ったことがあれば何でも言ってくんな!」と豪快に笑っていました。





 さて、それで無事に調理に取り掛かれた魔王は、カゴに山盛りになった摘みたてのイチゴを前に腕組みをして考え事をしています。

 イチゴの種類は数多くありましたが、その中から酸味・香り・甘みなどのバランスが特に優れたいくつかを菓子作り用として確保してきました。それを眺めながら、頭の中でイメージを膨らませていくのです。


 もうすぐ夕刻という頃合。

 晩餐会に間に合わせるならば、あまり時間のかかる物は作れません。

 魔王の料理に慣れている常連相手ならともかく、シモンの家族にも供するならば見た目が地味だったり奇抜なのもあまり良くない。華やかで、できれば外見で美味しさが分かりやすいと好ましい。



「じゃあ、あれかな」



 どうやら魔王の中でアイデアがまとまったようです。

 助手役の料理人たちに頼んで必要な材料を運んでもらい、早速調理に取り掛かりました。







 ◆◆◆







 晩餐会は一皿ずつ運ばれてくるコース形式でした。

 魔界伝来のレシピにさらに工夫が凝らされており、前菜から主菜まで文句の付け所がありません。


 王族側の出席者はシモンとその父である国王、あとはリサの事情を知っているイリーナだけです。以前に知り合った際に親しくなっていた事もあり、魔王やアリスも個性的な姫君との再会を喜んでいました(ちなみにリサは以前にシモンの帰省中の修行の際に、何度か会ってお茶に誘われたりしているので、彼らほど久しぶりという感じはありません)。


 他国の王を持て成すにしては異様なほどに小規模な催しですが、その気遣いのお陰で堅苦しいのが苦手な面々も平穏無事に楽しめていました。

 女性陣のドレスや化粧もそれほどの重装備や厚化粧というほどではありません。

 ドレスの種類によってはウェストを少しでも細く見せるために、拷問器具と見まがうほどにきついコルセットで締め上げたりするのですが、特に息苦しさなどもなさそうです。






「勇者殿におかれましては、我が息子が日頃からお世話になっているようで、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ない」


「い、いえいえ、こちらこそ、いつもお世話になっています!?」



 ちなみに、リサの正体は国王には既に知られていました。

 これに関しては当然といえば当然でしょう。

 シモンの周囲にいる人間に関しては、世話係のクロードや軍の情報部が素性を調べて、とっくに報告済みなのです。

 そして国王はというと、何も言われずともリサの意を汲んで、情報の拡散を防ぐように指示を出していたりします。シモンの実父だけあって彼も善意や恩義には報いる性格なのでしょう。

 それに実のところ、彼もまた勇者の大ファンだったりするのです。年の功のお陰でどうにか王としての威厳を保つことができていますが、憧れの英雄とこうして話せて非常に上機嫌だったりします。






 さて、楽しい食事も終盤に入り、最後にようやく食後のデザートが運ばれてきました。

 給仕用のワゴンの上には、何やらキラキラと光り輝くお菓子が乗っています。



「聞いた話では、今回の菓子は魔王殿が腕を振るったとか? お客人の手を煩わせておいて図々しいが、これは楽しみだ」


「はい父上、この男の料理の腕はかなりのものなのです」



 何故か魔王ではなくシモンが自慢気にしていました。

 魔王の気質についてはともかく、彼だって魔王の作るお菓子は大好物なのです。嫌いな相手でも認めるべき部分は素直に認める。相変わらず器の大きな少年でした。




 今回魔王が作ったのはイチゴのタルト。

 イチゴを使ったお菓子の中でも定番中の定番です。

 サクサク生地の上にトロリとしたカスタードと主役のイチゴ。

 飾り切りの技法によってイチゴの一つ一つに細かな細工が入れられ、なんとも見目麗しい芸術品に仕上がっていました。


 ああ、この瑞々しい美しさをなんと例えればいいものやら……!

 極上のルビー?

 真紅の薔薇?

 いいえ、この美しさは千言万語を尽くしても到底表現できるものではありません。

 それでも無粋を承知であえて形容するならば、「まるでイチゴ畑のような」……そんな風情を感じさせる逸品でした。



 給仕役を務めるクロードが皆の目の前で手早く切り分け、事前に魔王に指示された通りにイチゴソースと粉砂糖で皿を彩ってからテーブルに並べました。

 美食には慣れている国王もこのタルトには興味を隠せない様子です。

 息子同様に目を輝かせ、銀のフォークで大きく切り取ったタルトを頬張りました。作法としては少々行儀が悪いかもしれませんが、誰もそんな事を気にする者はいません。何故って、他の皆も同じように魅惑の菓子の虜になっていたからです。


 まず感じるのは小麦生地の素朴な香ばしい甘さ。サクリとした軽快な食感はあるけれど、決して硬いわけではない絶妙な歯応え。

 そして生地の上に敷き詰められしは、濃い乳の風味とバニラ薫るカスタードクリーム。絹のような滑らかさと、くどさを感じない程度の砂糖の甘さ。この生地とクリームだけでも、上等なお茶菓子になりそうです。

 

 しかし、今回の菓子はイチゴタルト。

 それらの要素は全て主役イチゴを引き立てる為の土台、脇役にしか過ぎません。

 畑で味わった摘みたての鮮烈さも捨て難いものですが、あえてその上に手を尽くし、何重もの工夫を重ねたからこその味というのも存在するのです。


 その味がどれほどかは、皆の食べっぷりを見れば一目瞭然。

 夢中で食べ進め、我に返った時には眼前に真っ白な皿が残るのみです。

 デザートの前のコース料理も結構なボリュームがあったのですが、誰一人として残す者はいませんでした。



「いやはや、お見事! 魔王殿、堪能させて頂いた」


「いえいえ、ここのイチゴが美味しいからこそですよ」


「おお、魔王殿に褒められるとは、我が国の果実も捨てたものではありませんな!」



 国王は魔王の謙遜と捉えたようですが、実際この国のイチゴや小麦の質は大したものでした。

 カスタード用のバニラだけは、厨房に置いてあった魔界からの輸入品でしたが、それ以外の素材は全てがこの国の産物。それも王族用の特別な高級品はほとんどなく(真っ白に精製された砂糖くらいです)、ごく当たり前に市場に流通しているような物が大半です。

 広大な実験農場の運営や、その成果を惜しまず民に還元する姿勢。

 こうしているとただの気さくな好々爺にしか見えませんが、シモンの父はきっと善き王なのでしょう。



「さ、魔王殿。勇者殿やお連れのお嬢さん方も食後酒などは如何かな?」


「いいですね、では頂きます」



 リサや他の未成年組はジュースですが、全員の手に飲み物のグラスが行き渡りました。



「では我が国と魔界の、いや双方の世界の繁栄を願って、乾杯!」


「「「乾杯!」」」



 こうして晩餐会は終わりましたが、夜はまだまだこれからです。

 会話に華を咲かせ、舞踏会で慣れないダンスに四苦八苦し、楽しい夜は更けていきました。



明日は更新できないので、これが今年最後の話になります。

皆様、よいお年を。

来年もよろしくお願いします。

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