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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語

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餅つき


 新年一日目の午後。

 昨日と今朝とで様々なイベントが起こりましたが、それはそれ。

 どうにか無事に新年会が開催されておりました。


 とはいえ、昨日に比べると幾分落ち着いた様子です。

 ご馳走を食べて騒ぐのは楽しいけれども、それも二日連続ともなれば話の種も尽きてくるものです。

これが日本であれば初詣だの凧揚げだのといった正月限定系のイベントもあるのですが、この世界の新年会は基本的に普通の酒盛りと変わりません。



 宴会が始まって少し経った頃、アリスは魔王に声をかけました。

 どういうワケか、いつもとは逆にアリスは平然としているのに、魔王のほうが僅かとはいえ緊張しているようです。今朝の出来事を経て、彼なりに何か思うところがあったのかもしれません。



「魔王さま、リサ遅いですね。どうしたんでしょう?」


「向こうはまだ年末らしいし、用事でもあるんじゃないかな」



 ちなみに、リサは何故かまだ来ていません。

 準備に関しては人手があるので問題ないのですが、いったいどうしたのだろうか……と皆が疑問に思った矢先。



「ごめんなさい、遅くなりました!」



 遅くなった理由はすぐに分かりました。

 レストランの扉を開けて登場したリサに、店内の全員から視線が集中しました。今日の彼女はそれほどに目立つ格好をしていたのです。



「……キモノ?」


「うん、お母さんに借りたの。着付けに時間がかかっちゃって」



 リサは、日本では時差の関係でまだ師走だというのに、わざわざキメッキメの晴れ着姿で来たのです。

 美容院に寄ってきたのか、いつもは下ろしている髪も丁寧に編み込まれています。身内からもそれ以外からも、何度も「日付を間違えてはいませんか」と聞かれて恥ずかしい思いをしたりもしましたが、そんな事を感じさせないような見事な晴れ姿でした。



 昨夜に愛の告白をしたせいか、リサはかなりの気合を入れてきたようです。

 店内を見渡して魔王の姿を見つけると、すぐ傍まで近付いてニコリと微笑みかけました。



「明けましておめでとうございます、魔王さん」


「うん、おめでとうございます」


「それで、どうですか?」


「え、どうって何が?」



 案の定魔王には分かっていませんでしたが、その程度は想定内だったのか特に機嫌を損ねることもなく、リサは彼にも分かるように問い直しました。



「この格好、どう思いますか?」


「あ……すごく綺麗だと思う、思います」



 そう聞かれ直し、魔王も率直に思った感想を伝えました。

 リサは柔らかく微笑みながら、小さくガッツポーズをしています。

 わざわざ苦労をして着飾ってきた努力が報われたのですから、そのリアクションも当然でしょう。






 しかし、そのやり取りに危機感を覚えている者もいました。

 具体的にはアリスとコスモスの二名が、リサの前のめりな攻めの姿勢に大いに慄いていました。



「む、悔しいですけど、確かに綺麗と言わざるを得ません」


「リサさま、随分と攻めていますね」



 実はアリスも、今日はいつもはしない化粧をしたり、いつもは着けないようなアクセサリなどで、さりげなくオシャレをしてきたのです。

 ですが、魔王はそれに言及してこなかった……というか、今朝の件の気まずさがあってロクにアリスのほうを見ておらず、はっきり言って全然気付いていませんでした。



「綺麗に着飾って魅了する、ですか……流石は我が強敵とも、単純ですが確かに効果がありそうです」


「アリスさま、悠長に関心している場合ではありません。魔王さまの気をリサさまから逸らさなくては無用のフラグが立ってしまいます」


「で、でも、どうすれば?」



 アリスにはコレといった手立てが思い浮かばないようです。

 現在のリサの姿は同性であるアリスも思わず見とれてしまうほど。多少着飾った程度では気付きもしない魔王が興味を持っているのですから、競争相手としては焦らずにはいられません。



「では、一肌脱ぎましょう。ここは私にお任せあれ」


「コスモス?」



 と、ここで不甲斐ないアリスに代わり、コスモスがリサと魔王の会話に割り込みました。

 小手先の口八丁を弄して状況を打開するのは、コスモスが最も得意とする分野です。交渉といえば選択肢の一番上に物理攻撃が思い浮かぶアリスとは違うのです。


 コスモスはまず、世間話の体でリサの晴れ着を褒め始めました。



「リサさま、そのお召し物はお綺麗ですね。以前にアリスさまから話は聞いていましたが、日本の民族衣装とはこのようなものなのですね」


「民族衣装……はい、そんなところですね。普通は新年とか特別な時くらいにしか着ないんですけどね」



 魔王との会話に割り込まれた形ですが、お人好しのリサはその程度では気を悪くしたりはしません。それに魔王ターゲット以外からであっても褒められれば嬉しいものです。



「ほほう、新年だけ。日本では年始の祝いにそれほど力を入れるものなのですか?」


「言われてみればそうですね、色んな催しなんかもありますし」


「ほう、興味深いですね。たとえば、どのような?」


「ええと、たとえば……初詣、凧揚げ、カルタ、羽子板、書初め、餅つき、コタツでみかん……」



 リサは正月の定番行事を指折り数えながら挙げていきました。

 コスモスはそれに相槌を打ちながらも、魔王の興味を逸らせそうなアイデアを練り、そしてさほど時間も経たないうちに思い付いたようです。


 パンと拍手を打って店内の注目を集め、こんな提案をしました。



「さて皆様、このまま飲み食いするだけというのでは芸がありません。せっかくの新年会、余興に餅つきなどは如何でしょう?」







 ◆◆◆







 コスモスの提案は満場一致で可決されました。

 正直に言えば、この場の半数近くは「餅つき」が何かすら理解していなかったのですが、何やら美味しい物が食べられそうだと聞けば反対する理由もありません。


 一時間後には、レストランの店内はすっかり餅つき会場に変わっていました。




 蒸した餅米をぺったんぺったんと、ついては捏ね、ついては捏ねてを繰り返します。

 ぺったん、ぺったん。

 ぺたん、ぺたん。

 ぺったん、ぺったん、ぺったん……、



「擬音に悪意を感じますよ!?」



 アリスが謎の被害妄想によってダメージを負っていましたが、いつもの事なので問題はありません。これはあくまでも蒸した餅米をつく音であって、特定個人の平坦さを形容するものではないのです。


 体力自慢が集まっているので餅のつき手には困りません。

 最初に魔王とアリスが手順を実演しながら教え、それから先は交代で取り掛かっています。

 特に餅の味について深いこだわりがあるらしいガルドが、凄まじいやる気を見せていました。次から次へと作りまくっているので、米を蒸す速度が間に合わないほどです。



 ちなみに臼と杵は、例によって聖剣を変形させてのでっち上げ。

 昨日は久々に武器として扱われてしまいましたが、万能調理グッズとしての面目躍如といったところでしょう。少々認識がおかしい部分があったかもしれませんが、恐らく気のせいだと思われます。



「はい、どうぞリサ」


「ありがとう、アリス」


「いいんですよ、折角の綺麗な服が汚れては大変ですから」



 今回は珍しくリサは調理には加わっていません。

 餅をつくのも、味付けをするのも、せっかくの着物を汚してしまったら大変なので自重しています。普段から和服を着慣れていないので、どうしても動きづらさがあるようです。

 臼の横のスペースにテーブルを置いて、調味料や餅に合う具材やらを自由に取れるようにしてあるのですが、下手に動き回ったらお皿をひっくり返して着物を汚しかねません。


 そんなリサに対して、アリスは甲斐甲斐しくもお世話をしていました。

 出来上がった餅を出汁に合わせて雑煮に仕立てて渡したり、きな粉やら大根おろしやらをまぶした餅を小皿に取ってあげたりと、お姫様付きの侍女の如き働きを見せています。


 もっとも、友情や親切心だけでそうしているわけではありませんが。

 リサもそれが分かっているので、微妙に苦々しさの混じった笑みを浮かべています。



「魔王さま、美味しいですか?」


「うん、やっぱりつきたては一味違うね」


「そうですか、“私の”作ったお餅が美味しいのですね」



 リサに渡す“ついで”に調味した磯辺巻きの小皿を魔王に食べてもらい、さりげない得点稼ぎに励んでいました。醤油を付けて海苔で巻いただけだし、餅が同じなら誰が作っても大差ないはず、とか言ってはいけません。






 

 しかし、リサだって負けてはいません。

 手にした小皿から同じく磯部巻きを摘み上げると、隣に座る魔王に対し、



「魔王さん、魔王さん、はい、あーん」


「え、あの、自分で食べれるから」


「あーん」


「いや、流石に恥ずかしいというか……」


「あーん」


「……いただきます」



 最終的には魔王が折れて、リサの手から直接食べていました。

 単なる味見ならばなんとも思わずとも、相手が恋愛対象であり得ると認識してしまったら、これまでに無かった気恥ずかしさを感じるようです。




 ですが、アリスも負けてはいません。

 リサがやったのと同じように餅を魔王の口元に運び、



「魔王さま、私からもどうぞ」


「ええと、アリス?」


「さあ遠慮なく」


「いや、遠慮とかそういうのじゃなくて……」


「リサのは食べれて私のは食べてもらえないんですか? 悲しいですね、泣いてしまいそうです」


「分かった、食べる! 食べるから!」



 アリスが泣くフリをしたら再び魔王が折れました。

 もう彼の心はボキボキにへし折れていますが、試練はそれで終わりません。その程度では許してもらえない、とも言います。

 これまで、その鈍感さ故に彼女たちの心を知らずに傷付けていた魔王ですが、「気付かなかった」というのは決して免罪符にはなり得ません。きっと彼は、今日だけでなくこれから先も、色々な形でこれまでのツケを払うハメになるのでしょう。



「魔王さん、今度はわたしのをどうぞ」


「では、その次は私のを」


「じゃあ、次の次はまたわたしが」


「ならば、次の次のそのまた次は私の番ですね」



 延々と交互に魔王に餅を食べさせ続けるアリスとリサ。

 これで好感度を稼げるのかは怪しいところですが、それはそれとして彼女たちはとても楽しそうです。好意を秘めていた頃にはとても出来ないような積極的な姿勢でした。


 結局、魔王のお腹が焼いて膨らんだ餅みたいになるまで食べさせ続け、彼女たちにとっては、とても充実した新年第一日目となったようです。




つき立てのお餅なんてもう随分食べてませんが、出来立ては格別ですね。

市販の切り餅も美味しいですが、ほとんど別の食べ物です。

普通は屋外でやるものなので、寒さとかシチュエーション的な味の補正もいくらか入っているかもしれませんが。

なかなかハードルが高い食べ物ですが、未体験の方は一度試すだけの価値はあると思いますよ。

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