魔王、困る
年が明けた直後の零時十五分頃。
レストランの厨房にて。
「……どうしよう?」
年明け早々、魔王はとても困っていました。
それというのも、
「魔王さま、嬉しいですか? 嬉しいですよね?」
「ええと、アリス?」
リサに好かれていると分かったこと。
魔王としても、それが嬉しいか否かで言えばもちろん嬉しい。少なくとも悪い気はしません。
ですが、困っているか否かで言えば、とても困っていました。
「あんなにいい子に好かれて嬉しくないはずがないですよね?」
アリスが、何故か満面の笑みを浮かべながら、そんな質問を繰り返すのです。
「アリス、もしかして怒ってる?」
「なんで私が怒るんですか? ふふふ、おかしな魔王さまですねぇ」
リサから異性として好かれている。
そして、それを嬉しいと思っている。
ついでに言えば、魔王もリサを一個人として好ましく思っている。
それらは魔王にとって確かな事実なのですが、それをそのまま認めると、とても大変なことになりそうな気がするのです。
いくら魔王とはいえ、婚約者の前で他の異性からの好意を喜ぶ、あるいは好意を表明するのがマズイことくらいは分かります。
それに伴う嫉妬心への共感はできずとも、それが俗に「浮気」と呼ばれる行為に該当しかねないということは理解していました。浮気というのは関係者を怒らせたり悲しませたりする、なんだか良くない事であるらしい、という程度の浅い理解ではありましたが。
かといって、嘘を吐いて否定すればいいという問題ではありません。
いかにヘンテコな伝え方であれ、真剣な想いには真剣に応えるのがスジというものです。この場にリサがいないとはいえ、その場しのぎの誤魔化しをすべきではないでしょう。
YESでもNOでも、どちらの答えでも不正解。
ならば、魔王に取れる道は一つしかありません。幸い、話しながらも手は動かしていたので、食器洗いは大方終わっています。
突然、魔王はアリスの手を取って視線を合わせました。
その大胆な行動にアリスの顔は真っ赤になり、身体が硬直してしまいます。
「ま、まままま魔っ!?」
「アリス、もう遅いし今日は休もうか。残りの掃除は明日でいいよね。じゃあ、おやすみ!」
魔王も日々学習しているのです。
たとえば、アリスは自分と不意に身体が接触したり視線が合ったりすると、動きが一瞬~数時間ほど止まってしまう習性があることにも、その類稀な(までに節穴な)観察力によって気付いていました。
長らく謎めいた現象であったそれが、好意からくる極度の緊張によるものである事も今ではなんとなく分かっています。それによって強引に隙を作り出し、一方的に就寝の挨拶をして自室への逃走を図ったのです。
アリスとしても、魔王の部屋のドアをこじ開けたり、転移で侵入したりまでする気はありません。
やがて、硬直から回復したアリスは、
「……ずるいです」
ポツリと一言呟いて、自分の部屋へと戻りました。





