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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
240/382

立食パーティー

今回はライムの一人称視点です。

いつも口数が少ない彼女ですが、実は心の中では色々な事を考えているのです。


 薄切りのローストビーフに茶色いソースを付けて一口。

 しっとりした柔らかさはまるで生肉のようだけれど、ちゃんと火が通ったお肉の豊かな味がする。

 茶色いソースは、肉汁から作ったグレイビーソースというらしい。それがお肉の旨味をよく引き出していて、とても美味しい。



『おや? そのお肉にはこの薬味を付けるものだそうですよ』


「からいから、だめ」



 さっき仲良くなった白い髪の人が薬味の小皿を勧めてくれたけれど、謹んで遠慮した。忘れていたのではなく、あえて付けなかっただけなので。

 その白っぽい薬味はホースラディッシュというらしい。

 さっき、ちょっとだけ味見をしてみたけれど、わたしにはまだ早いと思う。きっと大人の味というものなのだ。タイム姉さんは美味しそうに食べているし、わたしもそのうち美味しく感じられるようになるのだろうか?



「すごい」


『何がすごいのでしょう?』


「わたしは、そんなにたべられない」



 白い人は、すごく沢山食べるのですごいと思う。

 わたしは、とてもあんなには食べられない。



「たくさんたべれば、おおきくなれる?」


『ええ、きっとなれますとも。ですが、単に沢山食べれば良いというものではありません。量に関しては腹八分目、お肉もお野菜も好き嫌いせずに身体を作る滋養を取り入れねばなりませんよ』



 お母さんも好き嫌いはダメだといつも言っている。辛いのや苦いのは苦手だけど、大きくなる為には我慢しなければいけないみたい。


 いつも甘い物をいっぱい食べてるおじさんも、甘い物だけじゃなくてお肉や野菜もちゃんと食べてるからあんなに大きいのだろう。背が高いと上の戸棚にも簡単に手が届いて便利だし、わたしもあれくらい大きくなりたい。


 そういえば、アリス師匠が大人なのに小さいままなのは、納豆が嫌いだと言って食べないからなのかもしれない。見た目は変わっているけど、納豆ご飯はとても美味しいと思うのに。



『けれど、大切なのは身体よりも心を大きく育てることなのです』



 おっと、まだ話の途中だったみたい。

 白い人はそんな風に言葉を続けている。



『食事とはすなわち生きる為に他の命を頂戴すること。それに食材を育てた人、運んだ人、料理をした人……貴女が食事をするまでには多くの連なりがあるのです。ただ漠然と栄養を摂るのではなく、それらの過程の一つ一つを想い、感謝を忘れぬようになさい。そうすれば自然と貴女の心は大きく育まれ、その生は実り多きものになるでしょう』


「わかった」



 なるほど。

 白い人の言うことは難しいけれど、なんだか良いことを言われた気がする。



『そうそう、一つ言い忘れましたが、わた……神様への日々の感謝も忘れてはいけませんよ。出来れば日に三度、朝昼晩のお祈りを推奨します。それと寄付金はいつでも受け付けていますので、最寄りの神殿までお気軽にどうぞ』


「うん?」



 なんだか、ここだけちょっと言葉の感じが違うような気がする。

 村のお爺ちゃんたちからも神様を大事にしなさいって言われてるけど、それとはちょっと違うような……なんだろう?







 ◆◆◆







「ライムちゃん、楽しんでますか?」


「うん」


 次は何を食べようかと迷っていたら、リサ先生に声をかけられた。

 わたしの先生ではないけれど、シモンに色々教えている人だから先生と呼んでいる。

 あれ?

 そういえば思っているだけで、まだ呼んだことはなかったかも?



「ししょうと、なかよし?」


「ええ、ちょっとケンカしちゃったんだけど、仲直りしたら前よりもっと仲良しになれちゃいました」



 さっき出て行って戻ってきたら、なんだかアリス師匠と仲良くなっていた気がしたけど、勘違いじゃなかったみたい。でも、そのケンカでさっきの白い人の大事にしてる物を壊しそうになったとかで泣かせていた。それは良くないと思う。



「それは、なに?」


「あ、これですか? 美味しいですよ」



 リサ先生も次の料理を取りに来たところだったみたい。手に持ったお皿には、なんだか美味しそうな物が乗っていた。


 でも、あんな料理あったかな?



「ああ、クレープの皮にローストチキンと葉野菜を巻いてみたんですよ。良かったらお一つどうぞ?」


「ありがとう」



 デザートのところには、手巻き寿司みたいに自分で具を巻いて食べるクレープが用意してある。わたしもテーブルに並べるのを手伝った。


 クレープは甘くて美味しいので好きだけど、リサ先生はその皮にチキンを巻いてしまったらしい。

 しょっぱい味のクレープがあるのはタイム姉さんから聞いたことがあったけど、実際に見てみるとなんだかすごく美味しそう。



 うん、美味しい。

 パンに挟んでサンドイッチにするのも捨て難いけど、モチモチのクレープ皮とパリパリのチキンの皮、それに柔らかいお肉がよく合ってる。

 それに、ただ巻いただけじゃなくて、何か甘辛いタレみたいなのが入ってるような?



「あ、お口に合いました? 厨房からちょっと甜麺醤を貰ってきて入れてみたんですよ。北京ダックみたいになるんじゃないかと思って」


「おいしい」



 その「ぺきんだっく」とかいうのは分からないけど、甘くてしょっぱくて美味しい。

 リサ先生は勇者で強いのに、お料理もできて、優しくて、おっぱいも大きくて、とてもすごい人だと思う。アリス師匠には、がんばれと心の中で応援しておこう。好き嫌いをなくせば大きくなるかもしれないし。







 ◆◆◆







「唐突に心に謎のダメージがっ!?」


「ししょう、だいじょうぶ?」


 リサ先生と一緒にアリス師匠のところに行ったら、なんだか一人で奇声を上げていた。よく分からないけど、きっと大人には色々あるのだろう。



「あ、ありがとう……何故か釈然としないものを感じますが」


「どういたしまして」



 師匠を気遣うのは弟子として当然。

 それに師匠だって、リサ先生に負けないくらいすごい人だし、尊敬してる。おっぱいは小さいし、たまに奇声を上げたりする変な人だけど、それでも尊敬してる。



「謎の追加ダメージがっ!? くっ、ですが今度はかろうじて耐えました、私は大丈夫です!」



 よく分からないけど、師匠は無事のようだ。結局、何と戦っていたのかは分からないままだけど、本人が大丈夫と言うならきっと大丈夫なのだろう。



「さ、私も料理を取って来ましたから一緒に食べましょう」


「うん」



 そう言って師匠は私に料理を分けてくれた。

 お皿の上には、薄い桃色をした生の魚の料理が乗っている。



「これは、なに?」


「金目鯛のカルパッチョですよ。酸味があるので口直しにはいいでしょう」



 ここに来るようになってから初めて食べた物は沢山あるけれど、海の魚というのは色々な種類があって、どれもとても美味しい。わたしが住んでいる森にも川があるから魚は取れるけど、海と川とでどうしてこうも魚の味が違ってくるのだろう?


 生の魚や肉を食べるとお腹を壊すと聞いていたけれど、ここで食べる物に関しては例外みたい。腐った食べ物はとても嫌な臭いがあるけれど、この「かるぱっちょ」は臭みどころかとても爽やかな香りがしている。

 酸っぱいソースがかかった魚は、クニュクニュとした弾力と旨味があってとても美味しい。その身で生の野菜を巻いて一緒に食べると、野菜の苦い味がなくなるのでとても食べやすい。


 うん、口直しにいいというのは本当みたい。

 お肉の後味が消えて、またお腹が空いてきた。

 次は何を食べようかな?







 ◆◆◆







 お肉や野菜や魚や、他にも色々食べたらお腹がいっぱいになってきた。

 でも、ちゃんと最後の甘い物を食べる余裕は残してあるので大丈夫。


 今日は立食パーティーとかいう形式なので、デザートも自分で食べたい物を好きなだけ取っていいらしい。できれば全部食べたいけれど、とてもそんなには食べ切れないので、色んなお菓子をちょっとずつ食べていこうと思う。



「おお、ライムもこれから甘い物に取り掛かるか」


「うん」



 お菓子が置いてある所にはシモンもいた。

 彼もこれから食後のデザートに取り掛かるところみたい。



「ううむ、これだけ沢山あると迷うものよな」



 シモンがそうやって悩むのも無理はない。

 わたしだって同じくらい迷っている。

 プリンやゼリーやチョコレートやマカロンや、他にも数え切れないくらいの種類があるのだから。

 白い人や大きなおじさんくらいに大食いならば全部だって食べられるだろうけど、わたしたちはまだ子供だからそんなには食べられない。だから何を食べるかは慎重に選ばないと。



「む、このケーキは変わった飾りつけをしているな?」



 あ、シモンが言っているのはわたしが飾り付けたケーキだ。

 アリス師匠や姉弟子のメイさんが焼いたスポンジに、クリームを塗ったり果物を並べたりして、森の木や花を描いてみたのだけれど、それが結構楽しかった。

 お料理というのは案外面白いものらしい。

 師匠やお母さんに頼んで教えてもらうのもいいかもしれない。

 

 そしてケーキの出来具合だけれど、お絵描きが上手なタイム姉さんが手伝ってくれたおかげで、自分でも驚くくらい綺麗にできたと思う。

 だから自慢してみた。



「それ、わたしが」


「なに、ライムが一人でこれを? なかなか見事であるな」


「えっへん」



 本当は一人で作ったんじゃないけれど、勝手に誤解されたのだから騙したわけではないと思う、多分。……ちょっとだけ罪悪感。



「ふむ、では折角だから食べてみるとするか。お前も食べるだろう?」


「うん」



 そうして、わたしが飾り付けたケーキを切り分けて、シモンと一緒に食べた。

 何故だか、作っている時に味見した時より美味しかった。



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