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迷宮レストラン  作者: 悠戯
勇者編
24/382

勇者、魔王と出会う(後編)


「お客様をお連れしました、と申し上げます」


 わたしより先に建物の中に入っていった『スミレ』さんは、中にいた人物にそう言いました。その人物は見た目十代前半から半ばくらいの、まるで陽光を紡いだかのような美しい金髪の少女でした。

 同性のわたしでも思わず見とれてしまう程の神秘的な雰囲気の美少女です。

 給仕服を着たその少女は我々の姿を認めると……。



「いらっしゃいませ!」



 と、神秘性の欠片も無い営業スマイルでわたし達を迎えてくれました。


 店内の様子は完全に料理屋のそれ。

 テーブル席がいくつかとカウンター席、所々に品の良い小物や花が飾られています。事態に頭が付いていかず、混乱して案内されるがままになっていましたが、出されたお冷を飲んでようやく少し落ち着きました。


 あの金髪の少女が『スミレ』さんたちの創造主(マスター)なのでしょうか?


 そうだとしても、なんでこんな場所で料理屋を?


 疑問は尽きません。

 話を聞こうにも『スミレ』さんはいつの間にかいなくなっていました。

 意図せずして、この迷宮に来た当初の目的である不思議な料理屋に来ることはできましたが、もはや純粋に料理を楽しむという気分ではありません。

 じゃあ代わりに何をするのかというと、ちょっと思いつかないわけですが。驚きと呆れと疑念が積み重なりすぎて、果たして自分が何をすべきなのやら。


 混乱しつつもメニュー表をぱらぱらとめくってみます。

 しかし何気なくページを眺めていると、すぐにおかしな点に気が付きました。料理の名前や説明文だけではなく、料理の写真が載っているのです。この世界には少なくともわたしが知る限り写真という物は存在しません。


 そして料理そのものにもおかしな点が多々ありました。

 この世界にあるはずの無い地球の料理の名が幾つもあるのです。オムライス、ハンバーグ、カレーライス、パフェ、他にも色々。


 もしかして、『マスター』さんはわたしと同じ地球人なのでは?

 そんな疑問が自然と湧き上がってきました。


 ……が、確認は後回しです。

 今はそれどころではありません。

 ある種の料理がメニュー表に載っているを見つけたわたしの頭からは、諸々の疑問のことなど吹き飛んでいました。ある種のメニューとはすなわち和食。味噌や醤油を使った懐かしの味です。


 わたしもこの一年、あちこちで大豆を仕入れては調味料の自作を研究していましたが、結局一度たりとも成功はしませんでした。時には夢に見るほどにまで恋焦がれたそれらを使った料理が、当たり前のようにメニューに載っていたのです。


 この状況で我慢しろというのは不可能。

 なぜならわたしの身体に流れる日本人の血が、本能レベルで味噌を求めているのです。今のわたしなら、一杯の味噌汁と引き換えに迷わず金貨の山を積み上げるでしょう。


 様々な疑念を棚上げして、さっきの金髪の子に選んだ料理を注文。

 料理が運ばれてくるまでの時間を、お預けを喰った犬の気分で待ちます。いつの間にか、仲間達も各々気になった料理を注文していたようです。


 十数分ほど待ち、そして料理が次々と運ばれて来ました。


 仲間達の前にハンバーグやらステーキやらの料理が運ばれ、最後にわたしが注文した料理が目の前に置かれました。


 わたしが頼んだのは「鯖の味噌煮定食」。

 味噌の香りが鼻腔を刺激し、思わずヨダレを垂らしそうになります。

 わたしは心を落ち着け、まずは念願の味噌汁を、豆腐とワカメの入ったそれを一口味わいました。





 懐かしい味が舌に、身体に染み渡り……気が付くとわたしは泣いていました。


 懐かしい味をきっかけに日本の記憶が次々と思い出されていきます。


 お父さんやお母さんやお祖父ちゃん。学校や友達やよく通っていたお店のこと。好きだった音楽やテレビ番組のこと。大事なことも他愛ないことも色んな記憶がどんどんと頭に浮かんできて……気が付いたら、わたしは大声を上げながら小さい子供のようにわんわん泣いていたのです。



 仲間達が異常な様子を心配して声をかけてきたようですが、この時のわたしにその声に応える余裕はありませんでした。

 これまでなるべく考えないようにしていたことが次々に思い起こされ、家族にもう二度と会えないんじゃないかという恐怖が頭をよぎります。


 お父さんやお母さんに会いたい。


 お祖父ちゃんにもっと料理を教えてもらいたい。


 学校に行きたい。


 友達に会いたい。


 他にも数え切れないほどのやりたいことが、残してきた想いがあるのです。


 もう勇者なんて嫌だ。

 やめてしまいたい。

 なんでわたしが。

 泣き喚きながら、思わずそんな事を口にしてしまったような気もします。でも今のわたしには、それが心にも無いことだなんてとても言えません。それは今まで自覚していなかっただけで、ずっと心の奥底にあった本音なのですから。


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたまま、一体どれだけ泣いたでしょう。

 一時間か二時間か、もっとかもしれません。


 気付いた時には店内にはわたし一人だけでした。


 いえ、ようやく泣き止んだのを察してか、さっきの金髪の子が店の奥から出てきてわたしにタオルを差し出しました。長時間泣き続けたことで、わたしの顔は相当酷いことになっているのでしょう。ありがたくタオルを受け取って顔を拭きました。


 わたしの仲間達が何処にいるのか尋ねると、泣いているわたしを一人にしてあげたほうがいいと判断して、迷宮内の他の階層にある宿泊施設へと案内したそうです。

 確かにさっきのわたしにはどんな慰めも耳に入らなかっただろうから、その心遣いにはただただ感謝するばかりでした。


 いくらか冷静になった頭で考えると、営業中の料理店で何時間も泣き喚くなど営業妨害にもほどがあります。たとえ追い出されても文句は言えないのに、それどころかあれこれ気を使ってもらってありがたいやら恥ずかしいやら。とりあえず、まずは謝罪と感謝を伝えなければなりません。


 と、次の言葉を口にしようとしたわたしの前に……。



「アリス、お客さんの様子はどうだい?」



 そんな言葉を口にしながら、店の奥から黒髪の青年が現れたのです。


 聞いてみると、彼がこの店の主人で『スミレ』さんたちの創造主(マスター)なのだとか。先ほど出された、今はもう冷めて下げられてしまった料理も、この男性が作ったものだそうです。


 少女のほうはアリスという名で、このお店で給仕として働いているとか。

 わたしはまず二人に迷惑をかけた事を精一杯の誠意を込めて謝り、そして親切にしてくれたお礼を言いました。


 しかし二人は謝罪に対しては「お気になさらず」と言ってくれ、感謝の言葉には「当然の事をしたまで」と謙虚な反応をするばかり。それどころか……。



「悩みがあるのでしたら僕達に話してみませんか。辛いことがあっても、誰かに愚痴をこぼすだけで大分楽になるものですよ」



 ……とまで言ってくれました。

 散々迷惑をかけた上にそこまで甘えるのはどうかとも思いましたが、結局、わたしはお二人に愚痴を聞いてもらうことにしました。泣いて少しはスッキリしましたが、心の中にまだ弱気の虫が残っていたのでしょう。


 三人でテーブル席に座り、わたしはぽつりぽつりとこの世界に来てからのことを話しました。勇者として召喚されたこと、各地を旅したこと、人助けをしたこと、カルチャーギャップに戸惑ったこと……そして、魔王が見つからないと元の世界に帰れないこと、等々。


 色々と話す内に心が少し軽くなったような気がします。

 やっぱり誰にも相談できずに溜め込んでいたのが良くなかったようですね。


 しかし話を進めるにつれて、店主さんとアリスちゃんの様子がなんだかおかしくなっていったような気がします。はっきりとは分かりませんが何だか随分な気まずさを感じているかのような?


 微妙な違和感を感じつつも時間をかけて話したいことを全部話したわたしは、ここ最近滅多に無かったほどに晴れやかな気分でした。もっとも、そんなわたしの心の平穏は、この直後に全く予期せぬ形で破られることになったのですが。


 店主さんが何だか気まずそうに言いました。



「あの、ですね……実はお探しの魔王に心当たりが……」



 ……なんですと?



「心当たりというか、ですね……ごめんなさい、僕が魔王です」


「へ?」



 言葉の意味を理解できず、思わず間の抜けた声を出してしまいます。

 そして、小さく挙手をしたアリスちゃんが更なる爆弾発言を続けました。


「ちなみに、元魔王です。あの、何だか大変なご迷惑をかけてしまったようで、すみません……」


「え?」



次回から新章「勇者と魔王と元魔王」編です。

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