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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語

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笑う二人

「やあ二人とも、迎えに来たよ」


 そんな風に言う魔王は、いつもと何も変わらぬ呑気な様子。

 ですが、左手の人差し指と中指でリサの聖剣を挟み止め、同じく右の二指でアリスの手首を挟んで拳を止め、という異常な絶技を見せているのです。

 しかも技を受け止められた両者に反動によるダメージが入らないように、完全に威力をいなしきっていました。


 この程度の芸当、魔王にとっては片手間で(両手を使っていますが)軽々と出来ることなのでしょう。

 更に凄まじいのは、これがなんらかの魔法や特殊能力によるものではない、純粋な体術の結果だという事です。



 そもそも、リサもアリスも一瞬前まではまるで魔王の存在に気付いていませんでした。

 どこかに隠れて止める機を窺っていた?

 いいえ、彼がこの場に来たのは彼女たちが最後の激突に向けて動き出した


 「刹那」という言葉は、一回指を弾く間に六十(あるいは六十五)あるとされる時間の最小単位を表すものですが、その「刹那」の一つにも満たない時間で二人の中間に割り込み、両者の最大威力の攻撃を受け流したのです。




「早く戻らないと料理が冷めちゃうよ?」


 魔王にとって、今やった程度は本当になんでもない事なのでしょう。そんな些細な事よりも、せっかく皆で作った料理が冷めることを心配していました。






 そんな魔王の調子に当てられたせいでしょう。

 アリスとリサは、揃って我に返りました。


 酷く酔っ払った翌朝に正気に戻って、数々の醜態を思い出したようなもの……どころではありません。

 なにしろ周囲を見渡せば、


 派手に切り崩された山。

 現在進行形で海水が流れ込み、新たな湾になりつつあるクレーター。

 周囲の地面は無残にも穴だらけだったり、地盤の奥深くまで蒸発していたり。

 数々の攻撃の余波で大陸を構成するプレートに影響が出たのか、震度二~三くらいの地震や津波まで発生しています。


 震源地でこの規模ならば人類の居住圏への影響は然程でもなさそうですが、それでも立派な災害です。ちょっとでも加減を間違っていれば、そして最後の激突が未遂で終わらなければ、この惑星全体に天変地異という形で戦いの余波が及んでいたかもしれません。


 どんなに性質の悪い酔っ払いでも、普通はそんなスケールの迷惑をかけたりはしないでしょう。そんなのは、神話の中の神々とか悪魔とか、そんな連中ロクデナシくらいのものです。







「…………あの」


「…………えっと」


 我に返ってしまったならば、そこに残るのはとてつもない気まずさだけ。

 さっきまでの口論にしたって、ほとんどは理不尽な言いがかりと幼稚な悪口合戦です。一度冷静になってしまえば、もう自分の言い分が正しいなどとはとても思えません。今更になって羞恥と後悔とが一気に押し寄せてきていました。



「ごめんなさいっ!」


「いや、その……こっちこそごめんなさい!」


「いえ、こちらこそ」


「いえいえ、こっちが悪いんですし」



 悪口合戦の次は謝罪合戦が始まってしまいそうです。

 事情を知らない魔王は二人のやり取りを不思議そうに眺めるだけですし、このままだと第二ラウンドが始まってしまいかねません。

 幸い、そうはなりませんでしたが。



「…………ぷっ」


「…………ふ、ふふ」


「あははははは! なんですか、さっきの!」


「うふふふふ! 『バカバカ』って私たち何やってたんでしょうね!」



 今度は二人揃って大笑いを始めました。

 思い出せば思い出すほどに、さっきまでの自分たちの醜態がバカらしく思えて、なんだか底無しに笑えてきたようです。




「「あはははははははははっ!」」


「「はははは、ははははははははははっ!」」


「「ははは……げほっ、けほっ……は、はははははははは!」」



 そのまま涙が出ても、呼吸が苦しくなって咳き込んでも、止まることなく全力で笑い続けました。

 








 やがて笑いがおさまると、彼女たちは妙にスッキリとした顔で魔王に言いました。



「じゃあ帰りましょうか、魔王さま」


「そうですね、運動してお腹が空きましたし」


「あ、うん、そうだね……帰ろうか」



 魔王が引き気味なのは、迎えに来たのに何故か無視されて、ちょっぴり寂しくなったが故。

 それに加えて、よく見知ったはずの彼女たちの理解不能の大笑いに対し、ある種の狂気というかサイコホラー的というか、そんな未知の恐怖感を覚えていたのです。

 笑っている二人に横から何度か声をかけたのですが一向に気付いてもらえず、不気味さと疎外感を味わうハメになっていました。

 無自覚とはいえ、この魔王に脅威を与えた彼女たちは、やはり恐るべき存在なのかもしれません。







 ◆◆◆







《オマケ》


 レストランに戻る直前。

 リサはアリスに一つの提案をしました。



「よく考えると、なんだか他人行儀だし……こんなのは、どうかなって」


「はい? ……うん、それもいいかもしれませんね」



 ヒソヒソと耳打ちをするリサの考えを聞き、アリスはその案を快諾しました。



「なんだか、ちょっと落ち着かないですけどね」


「まあ、こういうのは慣れでしょうし」



 二人はコホンと軽い咳払いをしてから、互いに向けて言いました。



「これからもよろしくね、アリス・・・


「こちらこそよろしくお願いしますね、リサ・・・



 アリス“ちゃん”ではなく、アリス。

 リサ“さん”ではなく、リサ。


 極々小さな変化ではありますが、本気と本音でぶつかり合った二人は、ほんのちょっとだけ前より仲良くなったようです。




これ以降、ヒロイン同士の呼び方・喋り方が少しだけ変わります。

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