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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
235/382

天然二人


 迷宮都市から遥か彼方、人跡未踏の北の果て。

 ごく少数の獣しかいない氷の大地に、天を突く槍のような山が人知れず存在していました。

 この日、この時までは。



 仮にその光景を見ていた者がいたら、世界の終末を強く予感したことでしょう。周囲の生き物は数少ない鳥や野生動物も残らず逃げた後だったので、目撃者はほぼいませんでしたが。


 推定標高7000メートルは超えるであろう山の五合目から七合目あたり。

 そこを斜めに横断する線が走った次の瞬間、土台となる下部と支えを失った上部とが両断されてズレ、轟音と共に崩れ始めたのです。


 高山の上半分などという馬鹿げた大質量。

 そんなモノが地面に落下したら大地震の一つも起こりそうなものですが、そうはなりませんでした。

 山麓の辺りから、直径三百メートルほどの火球、小型の太陽としか形容できない球体が五つ連続して天に向かって撃ち上がり、氷と岩とで構成された山の上半分の大半を蒸発させてしまったのです。


 水蒸気爆発が連続して発生し、その余波だけで周囲の自然環境が盛大に破壊されていきますが、これでもまだマシなほうでしょう。彼女たちが本気で我を忘れていたら、とてもこの程度では済まないのですから。


 切断された山のやたら滑らかな山頂に二人の少女がいつの間にやら出現し、互いに爽やかな笑みを交わしながら隙を窺っていました。そう、この悪夢のような災害は、全てリサとアリスのケンカの余波でしかないのです。


 山が両断されたのは、全長約十三キロにまでサイズを拡大したリサの聖剣による袈裟斬りの結果。刃が触れた空間の位相そのものを断っているので、山だろうがなんだろうが物質の硬度・強度に関係なくバターのように切断できます。

 落下した山の半分を消し飛ばしたのはアリスの魔法によるものです。ただの火炎球の魔法ならばそれほど珍しくもありませんが、それを極めたアリスの火球は質量以外ほぼ小型の恒星そのもの。燃える、などという生易しい効果ではなく、大抵の物質は触れた瞬間に蒸発してしまいます。


 

 しかしこの二人、本気といえば本気なのですが、互いに相手に大怪我をさせないように気を遣い、ギリギリ対処できる攻撃に抑えているので未だダメージはありません。


 そもそもこのケンカにはなんの意味もないのです。

 勝ったほうが魔王をモノにする。

 負けたほうが潔く諦める。

 ……などという取り決めは一切なく、ほとんど益のない戦いをしているだけ。

 ただ単に、ケンカをする為にケンカしているも同然なのです。




 最初はリサはそれほど乗り気ではありませんでした。

 それというのも……、


 リサとアリスは現在恋敵の立場にある。

 ……それはいいとしましょう。


 だが幸いにも、もしくは困ったことに、二人は互いを嫌っていない。むしろ友人として好意を持っている。

 ……それもまあ、よし。


 けれど、こういう関係ならば普通ケンカの一つもする事だろうし、一応やっておこう。

 ……何故そうなるのでしょう?


 リサが戸惑ったのも無理はありません。

 しかしアリスは、困惑するリサに向けてこんな事を語りました。



「昔、私がまだ魔王だった頃にですね、会議で意見や方針がまとまらない事がよくありまして……」







 ◆◆◆







 アリスの魔王時代の話です。

 軍団の編成や訓練の方針、装備品の割り当てなどで会議が紛糾する事もしばしばでした。物資も人材も何もかもが不足していた頃なので、誰も彼もが真剣そのものです。


 明らかに誰かに非があるのでしたらそれを咎めれば済む話ですが、言い争う当事者のどちらにも相応の論理性やもっともらしい理由がある場合は厄介なものです。

 なまじ正論同士なものですから言葉では決着が付かず、限られた時間と資源を浪費するだけのストレスフルな状況が延々続きます。


 そんなある時、いつもと同じように無駄な言い争いを続ける部下たちに、当時のアリスはこう言いました。



「貴方たち、ちょっと今ここで殴り合いなさい」



 別に勝ったほうの意見を採用するとかそういうことは特になく、ただ殴り合うように命じました。

 そう言われて部下たちも最初は喜びました。

 怖い怖い魔王さまの前だからこそ、闘争心を抑えてもどかしい舌戦を繰り広げていたのですが、堂々と気に喰わない相手を叩きのめす許可を与えられたのですから。


 そのまま会議室内でアリス公認の乱闘が起こった結果、一人倒れ、二人倒れ、やがて立っている者が誰一人いないほどの状況になりました。かろうじて死人こそ出ませんでしたが、死屍累々という表現が相応しいほどに。

 顔を腫らし、骨が折れ、全身血みどろになった彼らにアリスは無表情でこう言いました。



「血の気は抜けたようですね。では会議を続けましょう。ああ、つまらぬ言い争いを繰り返すようだったら、また好きなだけ殴り合わせてあげますので」



 その言葉に部下の魔族たちは心底震え上がりました。

 アリスは深く語りませんが、その沈黙こそが恐ろしい。

 なにせ話し合いがまとまらない限りは、今後も幾度となく殴り合って怪我をすることを強制されるのですから。

 何度も、何度でも、命令として下された以上は争わないという選択肢はありません。もし命令違反をすればアリスにもっと酷い目に遭わされてしまいます。


 魔王アリスは仲間内で争う許可を与えたのではない。

 益のない仲間割れで傷付くことに対する拒否権をこそ剥奪したのだ。

 魔族たちはその発想に心底恐怖したものです。


 無駄な時間をかけては、また痛い目に遭う。

 拒否すればもっと酷い目に遭う。

 それを避ける方法は一つしかない。


 その一件以降、魔王軍内では多少の不利益は飲み込んででも全体的な進捗を優先するようになり、会議や意見交換の場における決定は劇的に早くなりましたとさ。めでたし、めでたし。


 ……というのが、“アリス以外の”魔族たちにとっての当時の真実でした。







 ◆◆◆







 アリスは昔話を終えると、その時の教訓をこうまとめました。



「適度な運動をしてストレスを発散すれば、こじれた話し合いも意外と纏まるものですよ」



 そう、当時のアリスとしては、単に長引く会議でストレスが溜まった部下たちに運動をさせただけのつもりだったのです。これといって恐れられるような思惑など全く無しに。

 それ以降の会議の進行がスムーズになったのも、運動によるストレス解消の成果だと思って疑っていませんでした。



「運動でストレス発散ですか。それもいいかもしれませんね」



 そして、ここにも天然がもう一人。

 リサは、いつの間にか『運動=ケンカ』という図式が成立している事に気付いていませんでした。

 いつもシモンとやっている練習の延長のようなものだろう、と大いに間違った理解をしていたのです。



「私たちくらいになると、本気で動く機会なんてそうそうありませんからね。たまにはいいんじゃないですか?」


「そうですね、怪我しないように気を付ければ大丈夫でしょうし」



 傍迷惑極まる元魔王と元勇者の戦いは、そんな軽いノリで始まりました。




すごく久しぶりに聖剣が武器として使われた気がします。

久しぶりなのでおさらいをしておきますと、聖剣は形状・サイズ・質量は使い手のイメージ通りに(もしくは聖剣自身の意思に従って)変化し、どんな形状だろうといきなり使いこなせるようになるという色々と反則気味な性能があります。決して台所の便利グッズではありません。

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