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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
233/382

「そうだったのですね」


 腑に落ちる、という言葉があります。

 ずっと頭の片隅に引っかかっていた疑問が、何かのきっかけでスッと氷解する。

 この時のアリスの心境を表すならば「腑に落ちる」というよりも「落ちてしまった」というほうがより正確かもしれませんが。

 「分かった」ではなく「分かってしまった」。

 問題の解決とは、必ずしも心情的な意味での納得には繋がらない。

 むしろ、それは新たなる、更なる難問の始まりでしかなく――――。







 ◆◆◆







 魔王が唐突に日頃の感謝を述べたら、リサが泣き始めてしまった。

 この時の状況を極力客観的に描写するならばそんなところでしょう。


 しかし、何故リサが涙を零したのか?

 その理由は、当のリサ自身にすら分かっていませんでした。

 今も涙を流してはいますが特に泣き声を上げるでもなく、手を目元に添えて不思議そうにしています。

 彼女のすぐ目の前にいる魔王や異変に気付いた他の面々は動揺していますが、当の本人はというと案外落ち着いたものです。

 痛くも苦しくも悲しくもなく、ただ嬉しい。

 それなのに泣くなんておかしいな、と奇妙な愉快ささえ覚えていました。






 だから、この時のリサの状態を本人以上に分かっていたのは一人だけ。

 アリスただ一人だけが、リサの涙の理由に気付いていた。気付いてしまっていたのです。



「そうだったのですね」



 もう随分と昔の事に感じる、あの空の上での告白。

 身を裂くように悲痛な声で、アリスの恋心を代弁した理由。

 ずっと心の片隅にあったその疑問の答えが、不意に分かってしまいました。

 もしかしたらそうかもしれない、などという曖昧な疑惑ではなく、絶対の確信として。



 どうしてリサの涙が、彼女の秘めた想いに繋がったのか?

 それに関してはアリス自身も論理的な説明はできないのでしょう。

 しいて言うならば、自分ならば魔王にあんな風に感謝を伝えられたら、同じように泣いてしまうかもしれない。そんな仮定の上の共感。

 そして、それ以上にリサの瞳の輝き。

 魔王に向ける意識の種類は、明らかに単なる友好のそれではなく、これまで気付かなかったのが不思議なほどの愛情に満ちていました。

 それは、アリス自身が魔王に向けるのと瓜二つ。まるで鏡を見ているかのようでした。








 アリスは、気付いてしまった自分がこれからどうすべきか数瞬迷ってから、



「どうぞ」



 と、未だ不思議そうな顔で泣いているリサにハンカチを差し出しました。



「あ、ありがとうございます」


「いえ……」



 アリス自身にも意外でした。

 立場的には欺かれた、裏切られたと激昂し、怒り狂ってもおかしくないのにそうはならず、それどころか怒るべき対象を気遣うなんて、と。

 それが寛容や余裕ゆえの行動ではないことはアリスが一番良く知っています。

 自身がどれほどに嫉妬深く、自信に欠け、不完全であるかは痛いほど身に染みています。


 なのに、どうして?

 胸中を満たし、それでもなお湧き上がり続ける疑問。

 分からないことは無数にあります。


 ですが……それでも、アリスが今すべき事だけは決まっていました。



「魔王さま、それと皆さん」


「アリス?」


「申し訳ありませんが、少しここを離れますので準備を続けておいて頂けますか」



 アリスは涙を拭き終えたリサの頬に優しく触れ、



「私は……リサさんと少し話さなければいけない事があるので」



 兎にも角にも、話すこと。

 腹を割って包み隠さず、嘘偽りなく会話をすること。

 それがアリスとリサの、これまで怠ってきた、そして今こそしなければならない責務でした。




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