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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
231/382

閑話・オルゴール

 きよしこの夜、星は光り

 救いの御子は、御母の胸に

 眠りたもう、夢やすく







 ◆◆◆







「はい、どうぞ」


 と、リサはライムに綺麗な包装紙に包まれた小箱を渡しました。

 ライムは意図が分からずにキョトンと小首を傾げていましたが、同じような箱を手に持ったシモンが言いました。どうやら彼も同じようにリサから贈られたようです。



「受け取っておいてやれ。なんでも、リサの故郷ではこの時期に贈り物をする風習があるのだと」


「なるほど」



 クリスマスは少し過ぎてしまいましたが、それでもリサは律儀にも子供たちにプレゼントを用意していたのです。サンタクロースに扮することも検討しましたが、それはサンタ関連の予備知識がない相手からすると不法侵入者にしか見えないので、このように奇をてらわずに渡すことにしました。



「やれやれ、物は無用だと言ったろうに。だが折角の心遣い、ありがたくいただかねばな」



 シモンはプレゼントの希望を遠回しに聞かれた時には特に興味を示しませんでしたが、こうして贈られてみると悪い気はしないようです。というより、口ではさほどの興味がないかのように平静を装っていますが、その手は小箱を大事そうに抱えており、気に入っているのが一目で分かります。

 それもそのはず、そのプレゼントというのは異界の技術を凝らした、この世界では貴重極まる品だったのです。



「はこ?」



 ライムが包装紙を破かないよう慎重に取り外すと、中には流麗な花柄の細工が入った木製の箱が入っていました(ちなみにシモンの箱は似たデザインで鳥の柄が入っています)。細工の穴の部分には透明の色ガラスが嵌め込んであり、そこから中身の複雑な機構が窺えます。


 しかし、ライムにはそれがどういう用途で使用する物なのかが分かりませんでした。綺麗な箱というだけならば小物入れのようにも思えますが、箱のなかにギッシリ詰まった金属部品を見る限りでは何かを入れる用途で使えないのは明らかです。


 そんな風に不思議そうな顔をするライムの前で、シモンがこれ見よがしに自慢気に言いました。



「これはな……こうするのだ!」



 ギコギコとゼンマイを巻き、手を離す。

 すると、シモンが手にしたオルゴールが、なんとも美しい音色を奏で始めました。


 オルゴールも、ゼンマイ仕掛けも、この世界には未だ存在しないモノ。

 いえ、正確には魔法的な力で音を溜め込む似たような道具はあるのですが、このような娯楽用途に用いられることはまずありません。稀に重要な極秘通信の手段として用いられる事もないではありませんが、コストがかかりすぎる上に音質もさほど良いとは言えません。

 ついでに言うと、封蝋付きの書簡で大抵は事足りてしまうので、一部の研究者や好事家以外には無用の長物となっています。


 しかも魔力なしの純粋な工業力の結晶。

 魔法の実在する世界においては、このような魔力に依らず動くカラクリ装置のほうがかえって常識外で、よっぽど不思議に感じられるようです。



「わ、ぁ……!」



 いつも言葉数の少ないライムですが、今回は心の内で言葉を選んだ結果ではなく、その感嘆の気持ちを言い表す語句が思い浮かばなかったようです。その瞳は純粋な好奇心と感動でキラキラと輝いていました。


 少しだけ先に体験していたシモンは平静を装っていますが、彼だって最初に聞いた時は今のライムに負けず劣らずの年相応の子供らしい反応を見せたものです(我に返ってから恥ずかしくなったようで、リサに口止めを頼んでいましたが)。


 キン、コン、カン、コン。

 キン、キン、カキン。

 オルゴールの音色は金属的で硬質で、なのに何処までも柔らかで優しげです。


 奏でられている曲は『きよしこの夜』。

 聖歌ゴスペルとしては地球上でも最も有名で、最も愛されている曲の一つでしょう。

 その曲の背景にある歴史や物語、そこに込められた想いなどは、勿論異世界の民であるライムの知る由もありません。それにオルゴールの性質上歌声までは再現できず、事前知識がなければ歌詞を推察することはできません。


 しかし、それでも伝わるモノはあるのです。

 慈愛。温もり。優しさ。柔らかさ。

 あるいは、そんな言葉では表せない、似て非なる何か。

 音色を、というよりも曲の持つイメージそのものを楽しむような心地良さ。

 やがてゼンマイが切れて曲が終わるまで。

 いえ、終わってからも、ライムはその温かな音の響きに浸り続けました。







 ◆◆◆







「良かった、喜んでくれたみたいですね」


 リサは悩んで選んだプレゼントが気に入ってもらえたようで、ホッと安心していました。

 近所のオシャレな雑貨店で見かけたオルゴール。

 お値段は三九八〇円(税別)也。

 プレゼント候補として色々考えたけれど、電気を動力とする品は充電の問題があるのでゼンマイ式のオルゴールを選択したというわけです。結果的にそれは大正解でした。



「ありがとう、すごくうれしい。いっしょうたいせつにする」


「ど、どういたしまして?」



 まさか、これほど気に入られるとはリサも想像していませんでしたが。その熱意には戸惑いを覚えるほどです。

 種族柄、ライムの“一生”はたぶん何百年以上、長ければ千年単位にも及ぶはずなので、流石にそこまで長持ちはしないでしょうが、そこを指摘するのは野暮というものでしょう。それくらい大事にしたいという心意気こそが大事なのです、きっと。






「それにしても凄いな、これ」


 と、改めてシモンがオルゴールの感想を述べました。



「そんなに珍しい物じゃないんですけどね」


「む、そうなのか?」



 なにしろ、お一つ三九八〇円(税別)の大量生産品です。

 一高校生の財布から出すことを考慮すると馬鹿にならない金額ですが、とても高級品とは言えません。探せばコレの十倍、百倍のお値段がする上位機だってあることでしょう。


 ですが、シモンは言いました。



「たぶん、これ一つで家が建つぞ。土地付きでな」



 異世界の未知の技術の産物。

 高度な工業力の結晶。

 はっきり言ってこの世界では完全にオーパーツ扱いされるアイテムです。日本での市場価値など関係なく、学者なり職人なり収集家コレクターなり、見る者が見れば幾らでも払うでしょう。


 それを聞いて、リサの心の中にほんのちょっと、ちょっぴりだけ、ある種の誘惑が芽生えました。

 日本の品を異世界に持ち込んで大儲け。

 出所を怪しまれる危険はありますが、上手くやれば一生お金に困ることはなくなりそうです。金塊や宝石に換えれば日本円にすることも不可能ではないでしょう。



「……♪」


「いや、やりませんよ? やりませんけどね」



 ただ、こうして嬉しそうにオルゴールを鳴らすライムを見ていると、そんな考えがそれこそ野暮の極みのように思えてきたのです。

 お金が欲しくないわけでは勿論ありませんが、少なくとも当面はこうして身近な人々を喜ばせる程度にしておこう。リサはそんな風に思いました。




オルゴールの音ってなんだか好きです。

金属的なのに柔らかい感じがするんですよね。

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