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迷宮レストラン  作者: 悠戯
勇者編
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勇者、魔王と出会う(前編)


 わたしがこの世界に来てからもう一年が経ちました。


 わたしは勇者と呼ばれ、あちらこちらで人々を助け、世の中はだいぶ平和になりました。


 人助けをする事は誇らしいです。


 助けた人々から感謝されると嬉しいです。


 勇者という役割、それ自体に不満があるわけではありません。


 しかし、わたしが勇者をしている本当の理由はただ家に帰りたいからなのです。


 自惚れかもしれませんが、わたしは沢山の、数え切れないほどの人を助けてきたと思います。


 でも、それなのにわたしを助けてくれる人はついぞ現れませんでした。


 わたしはただ日本に、家に帰りたいだけなのに。


 それには魔王を倒さないといけなくて、なのにその相手はどれだけ探しても見つからなくて。


 最近こんな事を考えることがあります。もしも、このまま魔王が見つからなかったら一生家に帰れないのかもしれない。そう思うと、怖くて、悲しくて、心が張り裂けそうになります。


 わたしが勇者である限り、わたしは皆を助けます。


 怖いのも痛いのも我慢します。


 だから、誰かわたしを助けて下さい。




 ◆◆◆





 今、わたしと仲間達は、とある地方にあるという迷宮に向けて旅路を歩んでいました。どうして迷宮を目指しているのかというと、先日立ち寄った宿の女将さんに、面白い話を聞いたのです。


 なんでも、その迷宮の中には不思議な料理店があり、この世の物とは思えないほど美味しい料理を出すのだとか。


 わたしも、この一年の間に二回ほど迷宮というものに挑んだことがありました。一つは樹海、もう一つは塔の形でしたが、その時の経験から迷宮というのがどういうものかは一応知っています。

 数少ない安全地帯で細心の注意を払いながらであれば料理屋の営業も不可能ではないかもしれませんが、仕入れも調理も大変でしょうし、そんな酔狂なことをわざわざする意味はよく分かりません。


 しかし、「この世の物とは思えない程美味しい料理」には興味があります。


 情報源の不確かな噂だし、脚色や誇張が少なからず入っているとは思うのだけれど、一度確認するくらいはしてもいいかもしれません。

 それにわたしも仲間達も最近は長旅の疲れが肉体的にも精神的にも蓄積してきているので、休暇や慰労を兼ねて美味しい物を食べに行くというのは悪くないアイデアです。


 そんなワケで馬車を走らせること数日、わたし達は目的の迷宮までもう少しのところまで来ていました。聞いた話ではその迷宮は洞窟型。ちょっとした丘の麓に入り口があって、そこから地下に迷宮が広がっているそうです。


 しかし目的地に近付くにつれて見えてきたのは、丘ではなくて天を突くほどに巨大な塔。いえ、塔というよりも、もはや細長いお城といった方がいいような巨大な建築物です。


 道を間違えたかと思って地図を確認しましたが、場所は間違っていないようです。洞窟型という情報が誤りで、本当は塔型の迷宮だったということなのでしょうか?


 よく分からないながらも、わたし達は塔の入り口に近付きました。

 するとどういう仕組みになっているのか、馬車ごと入れるような大きな門が触れもせずに自動的に開きました。まるで自動ドアのようです。


 我々は慎重に塔の中へと足を踏み入れます。

 すると、そこには……受付がありました。


 文字通りの受付です。

 大きな会社とかホテルの入り口にあるアレです。

 カウンターには銀色の髪と瞳のすごく綺麗な女の人がいます。


 ……受付嬢さん?



 その女性は、驚いて硬直しているわたし達に気付いて声をかけてきました。



「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか、と申し上げます」


「……え!? あの……ここに迷宮があるって聞いたんですけど」



 無表情に淡々と話す美人さんって妙な迫力がありますね。

 思わずしどろもどろな答えを返してしまいました。



「はい、ここは迷宮と呼ばれる場所です」


「聞いていた話だと洞窟だった筈なんですけど、何か知りませんか?」


「はい、ここに洞窟タイプの迷宮があるか、という問いであれば肯定を。この建造物の地上部分は最近増築されたもので、地下には迷宮が存在します」



 俄かには信じがたい話だけれど、この巨大な建物は元からあった迷宮の上に後から建てられたそうなのです。


 すると気になるのは一体誰が?

 何の為に?

 それにこの女性の正体は?



「私は創造主(マスター)により製作された人造生命(ホムンクルス)です。製造番号A0012号、固体名『アザミ』と申します」


「この建築物は創造主(マスター)が製作したものです、と申し上げます」


「製作の理由は『趣味』だそうです」


  

 疑問に思ったことを聞いたら、特に隠す様子もなく教えてくれました。

 この『アザミ』さんは人間ではなく、『マスター』という人物に作られた存在であるとか、その『マスター』という人がこの建物を作り上げたとか。


 もはや、どこから驚いていいのかも分かりませんが、その『マスター』さんとやらは凄まじい技量の魔術師、あるいは錬金術師、ないしは建築家であるようです。趣味でこれほどの建物を作ったというのだから、少なくとも変人であることは間違いないのでしょうが……。



 ここには半分休暇のつもりで来たというのに、何だかおかしなことになってきました。もしもそれだけの力を持つ『マスター』さんとやらが悪人であるならば、放っておくわけにはいきません。『アザミ』さんの様子を見る限り、その可能性は低そうですが油断は禁物です。


 『アザミ』さんに『マスター』さんに会いたいと言うと、特に問題もなく案内してもらえることになりました。どこからともなく『アザミ』さんと瓜二つの銀髪銀眼の女性が現れ、『マスター』さんの所まで案内してもらえる流れになりました(ちなみにこの案内役の人は『スミレ』さんという名前で『アザミ』さんのお姉さんだそうです)。


 案内されるままに一階ホールに無数にあった扉の一つに入ると、そこには床に魔法陣が描かれた小部屋がありました。それはなんと空間転移の魔法陣で、目的の階層まで一瞬で移動できるようになっているのだそうです。

 魔法に関しては聞きかじりの知識しかないわたしでも、ソレが出鱈目なことは分かります。一応、わたしの仲間である賢者のお爺ちゃん曰く、「若い時ならギリいけた」だそうですが。


 しかし、あらかじめ聞いてはいても先に部屋に入った『スミレ』さんが突如消えたように見えた時は驚きましたし、続いて部屋に入るのには結構な勇気を要しました。

 悩んでいても仕方がないので覚悟を決めて部屋に足を踏み入れ……次の瞬間には見知らぬ場所に立っていました。


 キョロキョロと辺りを見回すわたし達。

 周囲に窓などは見当たらず、なんとなく閉塞感が感じられます。


 ここは何処なのでしょうか?


 見るとすぐ近くに『スミレ』さんがいました。

 彼女に聞いてみると、ここはあの建物の地下二十階、最深部に当たるそうです。

 それにしては床も壁も綺麗に舗装されているし、掃除が行き届いていて清潔感があります。どうやってか換気もされているようで空気の澱みもありません。



 そんな風に周囲の観察をする我々に構うことなく、『スミレ』さんはスタスタと歩き出しました。魔法陣から少し離れたところにある建物に、彼女たちの創造主(マスター)がいるそうです。


 二、三分も歩くと地下の迷宮には似つかわしくない、洒落た雰囲気の建物がありました。家というよりは、まるで街中の料理屋か喫茶店のような建物です。



 わたしはそっとその建物の扉を開き……そして、彼と彼女に出会ったのです。



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