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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
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勇者サンタとプレゼント


 クリスマスとは、ご馳走やケーキを食べて、オマケにプレゼントまで貰える面白おかしい行事である……らしい。


 稽古の合間の休憩時間の雑談にて。

 リサから聞いた地球の風習を、シモンはそのように解釈しました。



「む、違うのか?」


「違うような、違わないような……」



 これまでにシモンが観たいくつかの映像資料やリサの話によると、そんな愉快な内容だとしか思えないのも無理はありませんが、一番肝心な部分が完全にスルーされていました。


 クリスマスとは言うまでもなく、某宗教において神の子とされる人物の誕生を祝うのが本題です。決してレッツパーリーでヒャッハーしたり恋人とイチャつくのが目的のイベントではありません。たぶん、そのはずです。


 ちなみに余談ですが、クリスマスとは神の子の「誕生を祝う日」であって「誕生日」ではありません。『彼』の正確な生年月日については諸説あるようですが、現在の史学研究分野においても未だ不明とされるとか。



「そうそう、クリスマスにはサンタさんが来るんですよ」


「ああ、前にも少しだけ聞いたな。たしか……夜間に子供の部屋に『悪い子はいねが~』と不法侵入する老人だったか。そちらの世界には随分と奇怪な怪異が出るのだな」


「曲解された上に別のモノが混ざってる!?」


「そして悪い子供には豚の臓物をブチまける嫌がらせをするのだろう?」


「それは黒い方です! 赤い方のサンタさんは良い人ですから!」



 地球の情報を断片的に少しずつ与えられたせいでシモンの中で妙な解釈がされてしまい、サンタクロースの素性が歪められ、ついでにナマハゲ要素も混ぜられていました。たぶん冬つながりでしょう。

 ちなみに「豚の臓物」「黒い方」というのは、ブラックサンタというキワモノ西洋妖怪の事です。これに関してはリサの与える情報の種類がそもそも偏りすぎているのが悪い気もします。なんでオリジナルの赤サンタの前に黒いのを教えてしまったのやら。


 兎にも角にも、リサはシモンの誤解を解くために正しいサンタ像を教えることにしました。かつてサンタを信じた者の一人として、自分のせいで生じた不名誉を雪がねばならぬとおもったのです。



 サンタクロースのモデルとなったのは、およそ四世紀頃の小アジア(現在のトルコ)のミュラという町に住んでいたセントニコラス司教。彼は自分の持ち物や財産を貧しい人々に分け与える立派な人物でした。


 ある時、ミュラの町に大変貧しい家族がいることをニコラス司教は知りました。その家には三人の娘がいたのですが、このままでは娘を売らねばならぬほどに生活は困窮していました。


 そこでニコラス司教はその家の煙突に金貨を投げ入れました。金貨は偶然にも煙突のそばに干してあった靴下の中に入り、そのお金のおかげで一家は誰一人欠けることなく生活を持ち直し、やがては幸せになったということです。

 めでたし、めでたし。


 その話が形を変えながら伝えられ、サンタクロースとして今もなお語り継がれているのです……と、リサは話をまとめました。








「なるほど、わかった。子供に悪さをする怪異ではなかったのだな」


「よかった、わかってもらえましたか」



 リサも自分の不注意で生じたサンタに関する誤解を晴らせて安心しました。



「それにしても……重い金貨を、高い煙突の小さな口に投げ入れるコントロールと肩の強さ。そのニコラスと申す者、かなりの投擲術の使い手に違いあるまい!」


「わかってなかった!?」



 一家の生活を救うに足る価値のある金貨となると相当の重量があるはず。そんな物を煙突の口に正確に投げ入れるテクニックとパワーは驚嘆に値するものである……今の話のどこをどう曲解すれば、そこに着目してしまうのでしょう。



「冗談だ」



 まあ、流石にそれは単なる冗談でしたが。



「うむ、私財で市井の民を救うとは天晴れな者もいたものよ」


「そうなんです! サンタさんは偉くてすごい人なんです!」



 伝説の起源となるニコラス司教と現代のサンタクロースはもはや別物なので、同一視するのが妥当かどうかは意見が分かれるところでしょうが、リサは無事にサンタの名誉を守ることができました。

 そして、前置きが長くなりましたが、これでようやく本題に入ることができます。



「それで、これは全然深い意味のないちょっとした好奇心なんですけど、シモンくんはもしサンタさんに何か貰えるとしたら何が良いですか?」


「む? いくら聖人とはいえ異界の者。おれの下へ来るはずがないではないか」


「まあ、それはそうなんですけど……とりあえず試しにですね」



 そう、もうお分かりでしょうが、リサはシモンに渡すクリスマスプレゼントの内容を探っているのです。こちらの世界にクリスマスを普及させる気などさらさらありませんが、知り合いの子供たちに個人的な贈り物を用意する程度ならばいいかと考えてのことです。




「う~む……そうだな、欲しい物か……市井の民が安心して暮らせる世の中とか?」


「スケールが大きすぎる!?」


「だが、おれが個人的に欲しい物など、自分で買えばそれで済むからな」



 流石にリアル王族は言うことが違います。

 普段はリサたちと気安く接していますが、時折こんな風にナチュラルに感覚の違いが出てしまうようです。お金持ちも度が過ぎると逆に無欲になっていくものなのでしょうか。



「も、もう少しグレードを下げてくれませんかね……」



 具体的にはバイト代とお小遣いで賄える範囲で、とリサは心の中で付け足しました。



「そうだな……よし、思い付いたぞ」


「なんですか?」


「うむ、そのクリスマスとやらには普段は食さぬ料理が出るのだろう? それを食ってみたい」



 プレゼントの代わりに、普段は食べられないご馳走を。

 まあ、このあたりが無難な落とし所かもしれません。



「じゃあ、今度ご馳走しますね。うちの店の秘伝のレシピがあるんですよ」


「うむ、楽しみにしておるぞ。ところでだな」


「なんですか?」



 シモンは、やや気まずそうに言いました。



「折角おれもサンタとやらが用意するていで話を合わせておったのに、『うちの店』と言ってしまってはいかんだろうに」


「……あ」


「まったく、騙され甲斐のない師匠よな」



 リサとしてはさりげなく尋ねたつもりだったのですが、シモンには彼女の思惑などとっくにお見通しだったようです。それでもなお師匠の顔を立てて話を合わせていたようですが。


 幽霊の正体見たり、枯れ尾花。

 サンタクロースの正体見たり、元勇者。



聖ニコラスはサンタクロースの元ネタというだけでなく、子供の守護聖人だったり死者蘇生をおこなった伝説があったり、色々と手広くやっているらしいです。

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