彼が彼を嫌う理由(ワケ)
「ああ、そうだ。一応言っておくか」
とあるなんでもない日、シモンは唐突に切り出しました。
「おれはまだアリスの事が好きだから」
当たり前の事を確認するように、世間話の延長のように、アリスに再度の告白をしました。
ただし以前のそれと比べると、気負いがないとでも言うのでしょうか。
見返りなど求めず、ただ思ったことを口にしただけ。
言い忘れたことを思い出しただけ。
そんな力みの無さが感じられました。
「ええと……ありがとうございます。でも、ごめんなさい」
「謝らずとも、よい。これはもう終わった話。応えてもらえぬ事はすでに分かっているからな」
アリスは、シモンと再会して以来、なるべく以前と変わらぬ態度を貫くように心がけていました。何かしらの気まずさのようなものはあれど、そうする事でやがては元通りの関係に戻れるだろうと思っていたのです。
口には出さずとも、シモンも同じように気を遣ってくれているのだろう、とアリスは想像していたのですが、どうやら彼の考えはそれとは異なるものだったようです。
「おれが勝手に好いているだけ。ただ、それだけの事だ」
シモンは例の告白を無かった事にしようとは思っていませんでした。
望む結果が得られずとも、それはそれで受け入れる。
アリスとの再会に際して、彼自身も戸惑うほどに動揺がなかったのは、そんな心の持ちようによるものなのでしょう。
そして、今日のシモンにとって告白は単なる話の枕。
本題はここからでした。
「アリスよ、これから少し魔王を借りるぞ。店は問題ないか?」
「ええ、それは大丈夫ですけど……」
この日、シモンは珍しくアリスにではなく、魔王に用事があるようです。
「男同士の話だ。なに、大して時間はかからぬ」
◆◆◆
「魔王よ、おれはお前が嫌いだ」
シモンが魔王に良い感情を持っていないというのは、それこそ最初に出会った日に直接シモンの口から伝えられています。
そして長いこと魔王には嫌われる理由が分からなかったのですが、最近になってようやく原因に心当たりができました。
「それは、アリスが僕を……だからなのかな?」
「見くびるな。いや、最初はおれもそれゆえに貴様を気に入らぬのだと思っていたが、今は違う。おれなりに理由があって貴様を嫌っている」
そこで一度言葉を切り、一拍置いてからシモンは問いかけました。
「魔王、おれが前にアリスに好きだと言った時、お前はどうして怒らなかった? おれが子供だから眼中にもなかったのか? それとも、何があろうとアリスは自分を選ぶという自信があったからか?」
シモンは、魔王が返答する前に首を横に振ってその言葉を否定します。
「いや違うな。違う。きっとお前は……もし仮に、アリスがお前以外の誰かを選んでも、それで彼女が幸せになれると思ったら、あっさりと身を引いてしまうのだろう?」
「それは……」
どうなのだろう?
魔王には即答することができませんでした。
「魔王。お前は、あの時怒るべきだったのだ」
魔王は、嫉妬しない。
負けを惜しまない。
勝ちにこだわらない。
物事に執着しない。
それらは美徳ではあるのだろうけれど、あまりにも正しすぎるそれはもはや毒。
「魔王、おれはお前が嫌いだ。アリスの隣にいるお前がそんなでは……このおれが、余りにもみじめではないか」
シモンは再度魔王に「嫌い」の理由を伝えました。
魔王がアリスに執着し、身勝手にも独占しようとしていたならば、まだマシだった。
シモンが欲しくて欲しくてたまらないものを、望みすらしていないのに労せず手に入れている。故に嫌いだ、と。
「……ごめん」
「謝るな」
魔王は、まだ完全に理解しているのではないでしょうが、シモンが自身を嫌う理由をこうして説明され、謝りました。
もっとも、シモンはそれを突っぱねたので、魔王はその代わりに礼を述べることにしました。なんとなく、ではありますがそうすべきだと思ったのです。
「ありがとう」
「何故礼を言うのだ?」
「そうそう、君が僕を嫌いでも、僕は君が好きだよ」
「馬鹿め、気色悪いことを言うな」
◆◆◆
さて、胸中にたまった文句を吐き出したシモンは、多少なりともすっきりした心持ちになりました。魔王も、まあ鈍感な彼なりにではありますが、思うところがあったようですし。
「そうだ、魔王よ。話は変わるが、リサの事はどう思っておる?」
少しばかり気分が良くなったシモンは、そんな質問をしました。
いつも世話になっていることであるし、気まぐれに一つ師匠孝行でもしようと思ったのです。
「え? うーん……趣味も合うし、可愛いし、店でもお世話になってるし、いい子だと思うよ」
「ならば、たまには感謝の言葉でも伝えてやるが良い。そういう事は言葉にしなければ伝わらぬ故な」
魔王はそれを聞いて「なるほど」と得心しました。





