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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
227/382

カマクラ飯


 見上げるような巨漢が、雪道をのっしのっしと歩いていました。

 防寒具として身に付けた無骨で分厚いコートのせいか、あるいは男の発する尋常ならざる強者の気配によってか、まるで野生の熊が人間の街に迷い込んだかのようです。

 道行く人々は、そうしろと言われたわけでもないのに自然と彼の前に道を空け、恐れや尊敬や友好などの色が混じった視線を投げかけました。


 その男、冒険者のガルドは迷宮都市の市壁から外に出ると周囲の野原(現在は雪原と化しています)を見渡し、誰もいないのを確認するとこう宣言しました。



「ここをキャンプ地とする!」



 さて、ガルドがなんでわざわざ寒い中、街の外に出て来たのかと申しますと、それには大変に“浅い”理由がありました。







 ◆◆◆







 つい一時間ほど前の話です。

 魔王のレストランで、アルバイト中のリサとガルドが世間話をしていました。話題は数日前から降ったり止んだりを繰り返している雪のことです。

 その話の途中でこんな流れになりました。



「へえ、この世界にもカマクラってあるんですね」


「ああ、俺らも冬場の野宿では作ったりするし、北のほうには雪や氷で作った家に住む連中もいるらしいぜ」


「へえ、そうなんですか」



 と、ここまではただの世間話だったのですが。



「カマクラの中で食べるお汁粉とか甘酒とか、普通に食べるよりも美味しいんですよね」


「その話詳しく」


「え?」


「詳しく」








 ◆◆◆







 以上で回想シーン終了。

 リサが小学生の頃に学校のスキー行事で経験したという、カマクラの中で温かい甘味を食べる経験を、ガルドも体験してみたくなったのです。


 『暖かい場所で冷たい物を食べる』……の反対に、『寒い場所で温かい物を食べる』というのも実に贅沢で美味しそうです。食事の味というのは、単に食材の質や料理人の腕だけで決まるのではなく、食べる際の環境によっても大きく左右されるものなのですから。



 冒険者が作るカマクラというのは、冬の冒険で急場をしのぐ為だけの、いわば手製の緊急避難場所としての意味合いが強い物です。雪遊びで作るソレとは、形は同じでも発想の根幹が異なります。その為に、楽しむ為だけにわざわざカマクラ作りをするという考えは、ガルドの発想の外にあったのです。

 だからといって、いくら興味が湧いても普通はわずか一時間で実行に移したりはしないでしょうが。

 恐るべきフットワークの軽さでした。



 幸いにも雪は大量に積もっているので、カマクラの材料には事欠きません。

 他人の迷惑にならないようわざわざ街の外に出てきていますし、あとは食事をするのに充分な大きさのカマクラを作るだけ。肝心の甘い物、お汁粉は出前を頼んでから来たので、完成する頃には届くはずです。



 雪というのはフワフワしてる癖に案外重く、それを使って何かを作ろうというのはかなりの重労働です。ですが、体力に自信のあるガルドは、まるでブルドーザーか建築重機のような勢いで作業を進めます。


 しかし、彼の真の恐ろしさはその程度では留まりませんでした。

 より疲れ、より身体が冷えたほうが、後のお汁粉が美味しくなるとでも考えたのでしょう。

 作業によって暑くなってきたという理由もあるでしょうが、途中からはコートもその下のシャツも脱ぎ、上半身裸で動いていました。街の近くでさえなかったら雪の中で全裸になっていたかもしれません。


 甘い物を美味しく食べる為だけにそこまでする彼は、もしかするとバ……もとい、かなり変わった感性の持ち主なのでしょう。



 ともあれ、迅速な作業の甲斐もあり一時間と少しを過ぎる頃には、ガルドの巨体がすっぽり収まるカマクラが完成していました。







 ◆◆◆








「お待ちどうさま」


「おう、待ってたぜ!」


 衣服を着直してカマクラの中でのんびり寛いでいると、色々と荷物を抱えた魔王がやってきました。作る予定地の大まかな場所しか伝えていなかったのですが、特に迷ったりはしなかったようです。雪原に一つだけ大きなカマクラがあれば随分目立つでしょうし、そこに不思議はありません。



「この鍋にお汁粉が入ってまして……」


「美味そうだな。それじゃ、早速」


「おっと、ちょっと待ってくださいね」


「お、お、おお?」



 大鍋いっぱいのお汁粉に目を輝かせたガルドは、何故か魔王におあずけを喰らってしまいました。すでに寒さと空腹がいい具合になっているというのに、これ以上待つのは大変辛いものがあります。


 しかし魔王は先程の大荷物、火鉢をカマクラの中央にドスンと置いて着火し、その火で餅を焼き始めたのです。



「いい感じに焼けたら、お汁粉に入れて食べてください」



 更には、他にも細々とした調味料や小皿を取り出し、



「一応メインはそのお汁粉なんですけど、黄粉とか砂糖醤油とかも色々用意してきましたよ」


「こいつはありがてぇ……!」



 魔王の用意したのは、お汁粉以外にも黄粉、砂糖醤油、こし餡、つぶ餡、ずんだ餡、バター……等々。ご飯の友ならぬ、お餅の友とでも称すべき品々です。これらを使って焼き立ての餅を味付けして食べさせようという、なんとも心憎い演出でした。餅の数だってガルドが食べきれないほどに用意してあります。


 火鉢の上の焼き網に切り餅を乗せると、やがて餅の表面が子供のほっぺたみたいにプックリと膨れてきました。こうなったらもう食べ頃です。お汁粉に入れるなり、他の味付けをするなり、可能性は無限大!



「じゃあ、道具は後で回収に来ますから」


「おう、ありがとよ!」



 厨房から抜けてきた魔王はここで一旦離れます。

 餅を焼くのも味付けをするのも難しい工程はないので、ガルドだけでも問題はないでしょう。それに大の大人が二人と諸々の荷物を加えると、流石にちょっと狭苦しかったのです。



 まあ、そんなこんなと苦労はありましたが、やっとこさ念願のカマクラ内でのスイーツタイムがやってきました。


 まず最初にガルドが選んだのは、やはりメインのお汁粉です。

 プックリ膨らんだ焼き餅をそのままドバドバと鍋の中にまとめて投入し、小豆の汁がよく絡んだところで口に運びました。


 甘く優しい小豆の風味。

 そして餅の香ばしさにユニークな食感。

 それだけならば普段お店で食べるのと大して変わりませんが、今日はカマクラという環境、寒さと疲れと空腹という調味料がそこに加わります。


 すると、なんということでしょう。

 味付けは店で提供される品と一緒のはずなのに、いつもの何倍にも美味しく感じられたのです。



「……美味い」



 ガルドもいつもより美味しくなるであろう事は予想していましたが、まさかここまでとは思っていませんでした。口内の味覚細胞から電撃が走り、脳を灼くような震えが起こります。目元に涙が浮かんだのも無理はありません。声を上げて号泣しなかったのが不思議なほどの衝撃です。

 どうにか「美味い」の一言は口に出せましたが、言葉を発する事によって味の余韻が薄れるのが惜しくなったのか、そこから先は無言でひたすら食べ進めました。


 餅を焼き、お汁粉に入れ、食べる。

 餅を焼き、黄粉をまぶし、食べる。

 餅を焼き、ずんだ餡を付けて、食べる。

 餅を焼き、食べる。


 まるで一定の動作しかできない機械装置のように、餅を焼き、味付けをして食べる行動を延々と繰り返します。あまりにそれ以外の動きがないので、少々異様な姿でもありました。


 よく見ると目の焦点も合っていませんし、あまりの美味で夢心地になって意識が飛びかけているのかもしれません。とても人前では見せられない顔をしています。官憲に見られたら、まず間違いなく怪しいお薬の服用を疑われることでしょう。


 ともあれ、ガルドは雪の季節ならではの甘味を存分に堪能し、大いに満足したのでした。



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