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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語

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冬の日のアイス

 魔王のレストランにて、不意の再会を果たしたシモンとライム。

 そのお子様二人は、



「うむ、これはよいものだ」


「ん、おいしい」



 特に驚くでもなく、いがみ合うでもなく、仲良くアイスクリームを食しておりました。



「ええと、これはどういう状況なんでしょう?」



 以前の流血沙汰を知るリサなどは咄嗟に警戒の態勢を取ったものですが、これといって険悪な雰囲気もなく、穏やかな空気が流れています。もっとも、それがかえって不気味な印象を持たせているのですが。


 

「なんだ、いきなり喧嘩でもすると思ったのか?」


「みくびってもらっては、こまる」


「うむ、まあ色々とあったが我等は友。ならば、こうして菓子を囲んで再会を祝す事になんの不思議があるものか」


「ふたりはなかよし」



 ……などと供述しており、怪しさ大爆発です。



「この二人、こんなに仲良しでしたっけ?」



 アリスは以前の暴行事件については未だ知りませんが、それでも何かしらの違和感は感じているようです。以前から仲が良いは良かったのですが、その方向性が記憶と違うというか、妙な胡散臭さがプンプンしています。



「……あやしい」



 一方で、前の事件を知っているリサは二人が仲良くするほどに疑念を深めています。

 特殊な事情があったとはいえ、シモンも本来であれば一方的に殴られたままにしておくような気性ではありません。

 あとで決闘でもやらかすつもりなのではないかと心配しても、この場合は考えすぎとは言えないでしょう。むしろ極めて真っ当な予想です。









「冬に暖かい部屋で冷たい物を食す。まこと贅沢よな」


「おいしいは、せいぎ」


 しかし、保護者たちの心配をよそに、当のお子様たちは冬アイスを呑気に堪能していました。

 シモンがチョコレートの、ライムがバニラのアイスクリームをそれぞれ食べています。ちなみに、リサは先程の昼食のカロリーを考慮して砂糖なしの紅茶を飲んでいるだけです。



 まあ、冬場に暖かい場所で食べるアイスの良さは、アリスやリサも当然知るところであります。

 別にいがみ合う義務があるわけでなし。

 現にこうして仲良くしているのですから、深く気にせずとも構わないか、と保護者である彼女たちも思い始めました。

 店内の暖房はやや強め程度ですが、外気温との落差もあって実際以上に暖かく感じます。そんな環境下なので、冷たいアイスクリームは一段と美味しく感じることでしょう。






「おっと、もう無くなってしまったか。アリスよ、済まぬがおかわりを頼む。今度は、そうだな何か果物の味がよい」


「わたしもおかわり。らむれーずん」


 食べ盛りの子供たちは、アイスの一杯くらいあっという間に平らげてしまいました。

 シモンはついさっき多めの昼ご飯を食べたばかりなのですが、甘い物は別腹ということなのでしょう。ライムも自宅で昼食を食べてから来たという事ですが、まだまだ腹具合には余裕がありそうです。



「大丈夫ですか? あまり沢山食べるとお腹を壊しますよ」


「大丈夫だ。ほれ、あそこの者たちも大量に食べているがピンピンしておるではないか」



 冷たい物を食べ過ぎてお腹を壊しては大変なので、アリスも念の為注意はしました。

 ですがシモンの視線の先の、バケツサイズの特注パフェを軽々平らげる甘党の大男や、先程から二桁単位のアイスやジュースを次々と空にしている白い髪の少女を見て、まあ少しくらいなら大丈夫だろうと判断しました。比較対象が極めて特殊なので、参考にするのは如何なものかと思いますが。







「うむ、これはイチゴ味か。実に美味であるな」


「らむれーずんも、おいしい」


 ともあれ、子供たちはリクエスト通りに二杯目のアイスにありつく事ができました。

 甘酸っぱいイチゴに、濃厚なラムレーズン。

 どちらも甲乙付けがたい美味であります。



「ああ、美味かったぞ……おかわり」


「わたしも」


「え、三杯目ですか?」



 しかし、二杯ものアイスを平らげて、なお三杯目に突入しようというのは、少しばかり異様ではないでしょうか?



「そんなに冷たい物ばかり食べたら身体が冷えますよ」



 アリスがそんな風に言っても、



「はっはっは、何を言う。むしろ暑いくらいだ」


「うん、ぽかぽか」



 シモンもライムも、むしろ暑いくらいだと言葉でアピールしています。してはいるのですが……、



「無理などしておらぬ……次は、バニラを頼む……」


「ぜんぜん……さむくない……」



 言葉とは裏腹に二人の歯の根はカチカチと鳴り、物凄く寒いであろうことは誰の目にも明らかです。この店の一人前はどれもそこそこ多めなので、小さな子供が二つも完食したらそれはそうなるでしょう。



「なるほど」


「そういうことでしたか……」



 なんということでしょう!

 ここに至ってアリスやリサも、ようやく自分たちの誤解に気付きました。

 シモンとライムは既に喧嘩……なのかどうかはさておき、とっくに勝負を開始していたのです。何故か種目はアイスの大食い競争で。まあ、暴力で決着を付けようとしないだけマシですが。


 その勝負の理由は……もはや存在していないのでしょう。

 己がいて、相手がいる。ならば雌雄を決するのみである、と。

 いわゆる宿命のライバル同士的なアレがコレして、なんか久しぶりにお互いの姿を見ただけで、本人たちにも制御不能の闘争心が湧いてきてしまったようです。

 きっと闘牛の牛とか、肝練りでおかしなテンションになった薩摩人みたいなものでしょう。見敵サーチアンド必闘ファイティングの精神です。必殺ではないあたり、まだ充分に平和的ですね。



「でも、そうなるとこれ以上出すのは……」


「ですよねぇ……」



 このままではお腹を壊してでも食べ続けるでしょうが、店側としては流石に看過できません。ですが、ここで下手に提供を断ると、後で二人だけで決着を付けようとして外の雪をそのまま食べかねません。それならばまだ目の届く範囲内で勝負させたほうがマシというものです。


 そこでアリスは一計を案じる事にしました。

 一旦厨房にアイスを取りに向かい、その器をテーブルに置く際に、


「おおっと、“うっかり”手が滑ってこぼしてしまいました!」


 と、わざとらしく、反対の手にたまたま持っていた大きなカップ一杯のエスプレッソを、バニラアイスの器の中にこぼし入れたのです。器用にぴったり半分ずつ。

 すると、器の中のアイスは“偶然にも”熱いエスプレッソがかかったアフォガード状態になってしまったではありませんか。



「うっかりなら仕方ありませんね」



 リサも空気を読んで、アリスの“うっかり”をフォローしました。これは仕方のない事故。避けられない運命デスティニーだったのです。


 エスプレッソのカップは通常の小さい物ではなかったので、アフォガードというよりはホットのコーヒーフロート状態に。というか、現在進行形でどんどん溶けて、ただのバニラ風味の甘いコーヒーになりつつあります。



「……せっかくアリスが用意した物を無駄にするのも悪いしな」


「……ししょう、どんまい」



 あまりにわざとらし過ぎて、お子様たちもアリスの行動の真意には気付いたようですが、それでもあえて冷たい状態のアイスを頼み直す気にはなれなかったようです。



「これは中々」


「にがあまい」



 普通のエスプレッソであれば苦すぎて舌が受け付けないでしょうが、バニラアイスをほとんど丸々溶かし込んだ状態なので甘さは充分。

 微妙に溶け残った部分も少しだけありましたが、全体としてはほんのり温かいくらいの温度になっていたので、飲んで凍えることもありません。



「む、流石に満腹だな」


「ん、こちらも」


「では、此度は引き分けとするか」



 そして、グイっと飲み干したところで二人ともお腹がいっぱいになってしまいました。

 評価基準が彼ら自身にしか分からない謎ジャッジではありますが、今回は穏当に引き分けで終わったようです。







 ◆◆◆







 食べ終えてしばらくしてもお腹が痛くなるような気配はなく、ようやく落ち着いて話ができそうな雰囲気になりました。

 ですが、あれこれと土産話をする前にやるべきことがあります。



「そういえば言い忘れていたが」



 シモンは「こほん」と咳払いを一つしてから、照れくさいのか少しだけ顔を赤くして、アリスとライムに向けて言いました。



「その、なんだ……ただいま」



 そして、それを受けた二人も言いました。



「おかえり」


「おかえりなさい」






冬アイス美味しいですよね

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