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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
223/382

冬の日の鍋焼きうどん


 とある冬の日の午前。

 昨日降っていた雪は既に止み、雲間から覗く太陽が白く染まった街を穏やかに照らしています。



「長旅お疲れ様でした。お久しぶり、という感じはしませんけどね」


「向こうでも普通に会っていたからなあ」



 迷宮都市の一画にあるG国の大使館の庭園にて、昨晩ようやく帰省から戻ってきたシモンとリサが再会を果たしていました。とはいえ、彼らも言うように最後に会ってからまだ数日しか経過していないので、懐かしさも何もあったものではありませんが。



「少しばかり足場は悪いが問題あるまい。では、今日もよろしく頼む」



 そして、まだ旅の疲れもあるだろうに、シモンは早速修行をせがみました。

 根が勤勉な上に、リサの提案する斬新な修行法によってメキメキと強くなっていくのが実感できて楽しいのでしょう。

 お互い積もる話はありますが、こうして屋外にいては寒くて敵わないので身体を動かして温まることにしました。



「これも修行……修行か?」


「どうせやるなら楽しいほうがいいかと思いまして」



 本日のトレーニングメニューは雪だるま作りです。

 人通りの多い大使館の建物から門までは既に職員の手によって雪かきがされていましたが、広々とした庭の雪はまるで手付かずで、降り積もった雪には足跡一つありません。この分ならばかなり大きな雪だるまが作れそうです。


 どうせやるなら楽しいほうがいいだろうとリサが頭を捻ってみた結果だそうですが、あまりに修行らしくないのでシモンとしては少々疑問顔です。


 しかし、最初は両手に収まるくらいだった雪玉をコロコロと転がしていくと、次第に大きさと重さが膨れ上がってきました。その重さは、腕力だけではなく足腰や体幹も使って全力を出さねばピクリとも動かないほど。牧歌的な見た目に反して、これは良いトレーニングになりそうです。



「もう、おれの背丈よりも大きいが……まだまだ……」



 更にゴロゴロ転がしていると、小柄なシモンの体格では全体重をかけても動かすのが難しくなってきました。

 これほどのサイズになってくるとただ力任せなだけでは上手くいかず、魔力で肉体を的確に強化しなければなりません。全身を均等に強化するのではなく、土台となる足腰に特に魔力を集中し、生み出した力を足指から足首、膝、腰、肩、腕と無駄なく伝える必要があるのです。



「うむ……ぬっ……流石はリサだ。斬新でありながら……実に効果的な……!」



 この修行法によって、魔力と筋力を併用した実践的な身体運用を、しかも安全に行えるということに遅ればせながらシモンも気付きました。流石に勇者の発想力は一味違うと、息を切らせながらもシモンは感心していたのですが、



「厨房で炭もらってきましたよー。雪だるまに顔を描きましょう! バケツも借りてきたから、頭にかぶせて帽子みたいにすれば可愛いくなりそうじゃないですか?」



 どう見ても完全なる雪エンジョイ勢です。

 目の前の六歳児以上に童心に帰っていました。

 単に、リサは久々の雪遊びでテンションが上がっていただけなのかもしれません。



「さっき、そこの雪の中に持ってきたミカンを埋めておいたんですよ。終わったら一緒に食べましょうね」



 深い考えがあるようにはとても見えませんが、普段の修行からして割とこんな感じです。

 一見すると遊んでいるようにしか見えず、シモンが不安になることもしばしばですが、それでもちゃんと修行の成果が出ているあたり、指導者としてはある意味天才的なのかもしれません。



 この日は午前いっぱいかけて雪遊びを楽しみ、ほどよい空腹感を感じたところで昼食に出向くことにしました。







 ◆◆◆






「今日はクロードさんは来ないんですか?」


「うむ、じいならば荷解きをしておる。護衛ならば、ここに頼りになる者がいるしな」


 顔立ちの印象こそ違いますが、街中を並んで歩く二人はまるで年の離れた姉弟のようです。実際には師匠と弟子の間柄なのですが、そうと知らなければ見ただけで関係性を看破できる者はいないでしょう。



「それにしても……いいんですか?」


「ん、何のことだ?」


「ええと、その……アリスちゃんと気まずかったりしないのかな、と」



 二人が現在向かう先はいつも通りの魔王のレストランなのですが、シモンがアリスと会うのは「あの日」以来のことです。互いの近況などはリサを通して伝わってきてはいましたが、何かしらの気まずさがあっても不思議ではありません。



「ああ、そういうことか」



 リサの物言いは気を遣っての婉曲的なものでしたが、シモンは彼女の言いたいことを察したようです。



「まあ、気が重くなくは……ないが」



 こうして聞かれるまでは話題に上っていませんでしたが、彼の立場からすればアリスのことが気になっていないはずがありません。充分に頭を冷やすだけの時間はありましたが、実際に会ってみなければ分からないこともあるでしょう。








 ◆◆◆







 ところが、意外も意外。



「アリスよ、おれが来たぞ! 久しいな!」



 店の扉を開けると、シモンは気分の重さなど全く忘れてしまったかのように、帰省する前と全く同じような態度で振る舞い始めたのです。



「お久しぶりですね、シモンくん。あら、リサさんも一緒だったんですね?」


「うむ、さっきまで修行を見てもらっていたのだ」


「え、ええ、それで一緒にお昼を食べに」



 対するアリスも普段通りで、まるであの日の告白の一件などなかったかのようです。リサとしては異常がないことに異常を感じてしまいます。



「外は寒かったでしょう?」


「うむ、腹も空いたから今日はたくさん食べるぞ」



 見れば見るほどいつも通りのやり取りです。

 今日はお客の立場のリサはシモンと一緒に席に着くと、こっそり先程の振る舞いの真意を尋ねてみました。



「ああ、アリスの顔を見たらな、なんか平気だった」


「そんな身も蓋もない……」


「だが、そうなのだから仕方あるまい」



 シモン曰く「なんか平気だった」だそうです。

 本人も全く平気であることに逆に違和感を覚えているようですが、これはつまり案ずるより生むが易しということなのでしょうか? 想像の中で不安がっていた事でも、実際にやってみればすんなり出来た、と。



「世の中意外とそういうもの、なんでしょうか?」



 まあ、リサとしても落ち込まれるよりは助かります。


 

「さて、それより何を食うか決めねば腹が空いたままだぞ」


「そうですね。寒かったですし、何か温かい物にしましょうか」



 二人は話を一旦切り上げて料理を選ぶことにしました。

 さっきまで運動していたとはいえ、なにしろ雪の中でのことですから随分と身体が冷えてしまっています。



「わたしは決めましたよ」


「ほう? その料理はまだ食ったことがないな。よし、おれも同じ物にするか」



 リサとシモンは注文をアリスに伝え、そしてしばらくすると料理が運ばれてきました。










「鍋焼きうどんです。熱いので気を付けてくださいね」


 運ばれてきた土鍋は、まるでマグマのようにグラグラと煮立っています。

 蓋を開けるとカツオ出汁の香りを含んだ水蒸気がムワッと立ち昇り、まだ食べ始めてもいないのに匂いだけで身体がポカポカ温まってきそうです。



「おお、これは豪勢だな」



 うどんの上の具材は、鶏肉、ほうれん草、タケノコ、シイタケ、花型のニンジン、カマボコ、そして一際目を引くのが大きな海老天。あまりにも具沢山なので下にあるはずのうどんが完全に隠れてしまっているほどです。



「では、いただきます」


「うむ、いただこう」



 ツユの香りで一段と空腹を刺激されてしまい、もうガマンなど出来るはずがありません。かといって、これだけ熱い料理をそのまま口に運んでは火傷をしてしまいます。「ふう、ふう」と息を吹いて少しばかり冷まし、そして食べ始めました。


 ツユは味醂がやや多めの甘めの味付け。味の基本になっているのはカツオ出汁ですが、具材から溶け出した風味が加わり、より豊かなものになっています。


 天ぷらの衣は水蒸気で蒸されて少しばかり柔らかくなっていますが、出汁を吸ってふやけた衣も、これはこれでオツなもの。フワフワの部分の中に時折サクッとした歯ごたえを残す場所もあったりして、それがまた楽しく美味しい。


 鶏肉はツユの中に旨味を吐き出したかと思いきや、まだしっかりと風味をその身に残しており、これだけで立派な肴になりそうです。


 滋味に富んだほうれん草やニンジン、シイタケは、動物性のそれとは異なる優しい甘さと風味があり口休めに最適ですし、カマボコのクニュリとした感触やタケノコのジャクっとした歯触りも面白い。


 ですが、豪華な具材にばかり注意がいっているようではいけません。

 鍋焼きうどんは麺料理。

 他の華やかな具材の下に隠れてはいますが、あくまでもこの料理の主役はうどんなのですから。



「温かくなってきましたね」


「うむ、これはよいな」



 甘い出汁を吸ったうどんが胃の腑に落ちると、身体の内側から温かくなるかのよう。冷えが残っていた指先までもが、たちまち熱を取り戻していきます。

 夏場に食べる冷やしうどんほどにはコシが強くはありませんが、多少柔らかくなった反面、麺が熱いツユをよく吸っていて、食べた後も熱が冷め難くなっているようです。


 ツルツルと麺をすすり、合間に具を食べ、ツユを飲み、食べ進めるほどにそれを実感していきます。ツユが甘めなのも、きっと飲みやすさを考えてのことだったのでしょう。

 かなりのボリューム(とカロリー)がある料理でしたが、二人は最後まで手を止めることなく一気に平らげてしまいました。








 ◆◆◆







「ごちそうさまでした」


 食事を終えたリサとシモンは、食事をしただけだというのに、まるで真夏のような汗をかいていました。コートやセーターなどはとても着ていられません。

 このまま外に出ては汗が冷えて風邪を引いてしまいそうなので、身体の熱が落ち着くまで少し休んでいくことにしました。それに、



「積もる話もあるしな」



 アリスは仕事中ですが、もう昼の忙しい時間は過ぎつつあるので話くらいはできるでしょう。シモンはアリスを呼び止めようとして、



「ししょう、きた。……ん?」


「……む?」



 その間際に店の入口から入ってきたライムの姿に気付きました。




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