解答.アリス②
「そんな事、言われるまでもありません。元より百も承知です」
アリスは神子に己の考えを述べました。
依存。
その対象が無ければ生きてはいけないような、そんな不自然で不健全な在り方。
そういう観点で見れば、アリス本人も自覚しているように、彼女は魔王に深く依存しているのでしょう。
「まあ確かに、私は健全とは言い難いのでしょうね」
今回、神子が来た理由の一つは、もしアリスがその心の内にある異常に無自覚なままであったならば、遠からず不幸な結末を迎えることになると予感したからです(この件に女神はノータッチを決め込んでいるので、確実な「予知」ではありません)。
「私は異常なのでしょう」
ですが、その不自然な心の偏りは、既にアリス自身が自覚するものであったようです。
そして、アリスは反対に神子に問いました。
「そもそも、『依存』と『愛』が共存できないと、どうして決めてかかっているのですか?」
それに関しては神子の頭の固さというか、無意識下に根を張る常識に起因するものでした。
人は健全であるべきである。
人は平等であるべきである。
そういう考え方そのものは間違いとは言えません。
ただ、それを通り越して「健全でいなければならない」「対等でなければいけない」とまで言うと行き過ぎです。
神子はその特殊な生い立ち上、教養の類は充分にあるのですが、一般的な社会経験や対人関係というものが、少しばかり不足気味なのでしょう。
本人は中庸たらんとしていても、潔癖過ぎる価値判断に縛られてしまうのです。教科書通りの、いわゆる「人の幸福な在り方とは、これこれこの様なものである」というような価値意識に引きずられた結果だと言えば分かりやすいでしょうか。
神子の立場上、適度に世間知らずに、なおかつ教義に忠実であるように意図して“造られた”面もあるので、それを責めるのは酷かもしれませんが。というか、その神殿での教育と元々の本人の素養と合わさって、現在の特異極まる人格が醸成されてしまうなど神でも分かりませんでしたし。
ともあれ、アリスの言葉を、これまで考えたことも無かったような『愛』の形を受けて、神子は雷に打たれたような感慨を得ました。
「人の振り見て我が振り直せ」と申しますが、今回に関してはアリスに指摘する前に神子が自分の偏りに目を向けるべきだったのかもしれません。
アリスは言葉を続けます。
「私は……私でしか在れません。異常で、不健全で、間違いだらけの私でしか」
新たな価値観に触れて静かな高揚を得ている神子に対し、アリスは自分の考え方を、一個の人格としての在り方を伝えます。
いえ、神子にではなく、この機会にこれまで無自覚であった考えを言葉にして、アリス自身に説いているのかもしれません。元々、漠然と己の内にあったモノではあれど、心の中身というのはこうして言葉に落とし込んでみねば、案外自分でもその形を捉えきれぬものなのですから。
逆に、言葉という型に嵌め込む過程で純粋な思考から柔軟さが損なわれる危険もあるのですが、今回はどうやらプラスに働いたようです。
最初は霞のように曖昧な思考が、言葉という形を得て確固たる信念へと至る。
曖昧な思考の輪郭が徐々にはっきりと形を得て、アリスの言葉に確かな芯を与えていました。
「私は、私としてしか在れません。貴女が、貴女でしか在れないように 。ならば、不健全なまま、異常なまま、欲しい物に手を伸ばすしかないではありませんか」
それは、ある意味では甘え、怠惰なのかもしれません。
不健全であることを自覚しながら、それを正そうとしていない。
間違いを間違いのままに受け入れている。
ですが、不健全であっても人を愛することはできる。
間違ったままでも、幸せになることは許されるのだ、と。
それは確信というよりは、そうあって欲しいという願望なのでしょう。
アリスの言葉は、まるで真摯な祈りのようでありました。
◆◆◆
「お見事です。おみそれしました」
「いえ、おかげさまで私も良い自省を得る機会を頂きました。ありがとうございました、と言っておきましょう」
神子は深く頭を下げて不躾な質問をした非礼を詫びました。
アリスも、突然内面に深く踏み込むような質問をされた時は少しばかりムッとしましたが、結果的には自己の心や反省すべき点を見直す良い機会となったようです。今回の事は、今後の魔王との関係性を考える上でも支えとなるでしょう。
しかし、それはそれとして、アリスには気になる事も残っていました。
「そういえば、なんで貴女がそんな事を聞きにきたのです?」
「お節介を焼きに……いえ、人の為になどとおこがましいですね。ただ、ワタクシが確認して納得したかっただけのことです」
神子も、当事者ではないにしろ、友人たちの危うい関係性が気になっていた。故に、非礼を承知で気になった部分について確認をして、納得したかっただけの事。
納得。
言葉にするのは簡単ですが、ソレが有るか無いかで、時に人生が左右される程の大事な要素です。
そして、少なくともアリスに関しては、神子は納得を得ることができました。
アリスは思っていたよりは危うい状態ではなかった。というか、そもそも杞憂に過ぎず、神子が口を出さずとも問題は無かったことでしょう。
終わってみれば、お節介を焼きに来たというよりも、文字通りに余計な世話を焼きに来たというのが正確なところかもしれません。
「そういえば、断食明けならばお腹が空いているでしょう。何か食べていきませんか」
「お心遣いありがとうございます。ですが、他の用事がございますので、その後でお邪魔させていただきたく存じますわ」
アリスによる食事の誘いを一旦辞退した神子は、更なる納得を得る為に次なる問答の場へと向かいました。





