ss 人気メニュー
二百回記念ssのラストです。
「そういえば、このお店の一番人気のメニューってどれなんでしょう?」
ある日、アリスは、ふとそんな疑問を抱きました。
料理屋というものには一番人気の看板メニューが存在することが珍しくありませんが、この魔王の店には特にコレといったイチオシがないのです。
その日その日でのオススメはありますが、いわゆる「この店といったらコレ」というのはありません。どの料理も美味しいけれど、個々の好みを抜きに客観的に評価した場合に飛び抜けた品がないのです。
良くも悪くもこだわりが無さすぎて、ジャンルに関係なくなんでも提供していることの弊害……いえ、害はないので弊害ではなく、こだわりの無さゆえの現象とでも表現すべきでしょうか。
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アリスは人気メニューの話をリサにしてみました。
「うちの場合だと、やっぱり揚げ物ですね。メンチカツとか美味しいですよ」
リサの家族が経営する『洋食の一ツ橋』では揚げ物が人気のようです。アリスも日本旅行の際に食べたことがありますが、確かにかなりの美味でした。
他の料理にも当然こだわっているのでしょうが、こうしてリサの口からパッと言葉が出てくるということは、数々のメニューの中でも揚げ物には一段とこだわり抜いているであろう事が伺えました。何気ない一言の裏にも、リサの自負と自信があったのでしょう。
「このお店の場合は、そのこだわりがどの料理にも均等に割り振られているようなものですか」
アリスも言葉にして初めて自覚しましたが、その極端なまでの偏りの無さこそが、このレストランの特徴なのかもしれません。
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アリスは人気メニューの話をコスモスにもしてみました。
「別に、人気メニューだからといって、実際にそこに特化している必要はないのでは?」
「どういうことです?」
コスモスの不思議な言葉にアリスは首を傾げました。
「そうですね、たとえば」
と、コスモスはテーブルの上のメニュー表を適当にパラパラと開き、たまたま目に付いたハンバーグのページを指差して説明しました。
「たとえば、このハンバーグの部分に『当店一番人気』とかなんとか書けば、それだけで注文数は少なからず増えます、必ず。看板なりチラシなりで同様の宣伝をすればなお確実ですね。そして肝心な点としましては、この場合ハンバーグが一番美味しい必要も、宣伝を開始した時点で本当に一番人気である必要もありません」
コスモスの意見は、ある意味で正しく、そして凄まじいまでに元も子もないものでした。
「人気なんていうものに大した意味はありません。そんなのは人為的にいくらでも作り出せるものなのですから」
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最後に、アリスは人気メニューの話を魔王にもしてみました。
「そういえば、何が一番かと言われると思い付かないなあ」
向上心を持った料理人であれば特定の分野で、たとえば「和食を極めたい」「フランス料理で一番になりたい」だとか「肉料理であれば誰にも負けたくない」のように限られたジャンルや食材に特化して、その中でのトップを目指すことは珍しくありません。
ですが、「ありとあらゆる分野で一番になる」ようなことを目指す者はそうそういないでしょう。
仮にいたとしても、よっぽどの大天才でなければ、どの分野も中途半端で終わってしまいます。
しかし、この店の主人である魔王こそは、その天才ではないのに色々な分野に手を出してしまった実例でありました。
あっちにフラフラ、こっちにフラフラと、気になる技法や食材には片っ端から手を出してきたのです。
練習に使える時間が普通の人間より遥かに長いので、現在ではどの分野も本職レベルになってはいますが、それでも一つの道を極めた超一流には敵いませんし、特別なこだわりがある料理というのもないのです。
これでは看板メニューも何もあったものじゃありません。
「まあ、別に無理して一番を決めなくてもいいんじゃない?」
「それもそうですね」
魔王に言われて、アリスもあっさりと納得しました。元々ただの好奇心で気になっただけで、どうしても一番を決めたいというほどのモチベーションはないのです。
「ところで、そう言うアリスの一番好きな料理ってなんなの?」
魔王が何の気なしに口にした疑問を受けたアリスは、しばし思案し、そして答えました。
「そうですね、私が好きなのは――――」
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最後のアリスの答えはご想像にお任せします。読者の皆様が思い浮かべた好きな料理を当てはめてください(ただし、納豆以外で)。
今回、元々は人気メニュー投票で一番になった品をお題に書くつもりだったのですが、なんと投票された品が一つも被らず全部一位タイという結果になったので、特定の料理ではなく「人気メニュー」自体をお題にしてみました。
投票して頂いた皆様、どうもありがとうございました。
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そして、次回からは今章の後半戦がスタートです。今週中には始められると思いますので。





