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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語

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ss 大人のチョコレート

二百回記念SS、その⑧。

今回のお題は楽しんでます様から頂いた『シモン&ライム』&『大人のチョコレート』の組み合わせです。

楽しんでます様、どうもありがとうございました。


 チョコレート。

 甘くて、苦くて、舌の上でトロリと蕩ける素敵なお菓子。


 異世界の地においてもチョコは大人気。

 魔界から輸入されるようになった目新しい食品は数あれど、それらの人気に順位を付けようとすれば間違いなくベスト5には、いやベスト3には食い込んでくるでしょう。


 高温に弱いという性質上、加工済みの物はあまり輸送には向かず、迷宮都市から離れた地方ではかなり高価になってしまうのですが、それがかえってプレミア感を演出し、人気を高める一因になっていました。

 カカオ豆の種子も輸入はされており、人間界各国で栽培の研究はされていますが、それらが成果を出すのは早くとも数年は先になるでしょう。


 特に甘い物に目がないご婦人方ののめり込み方は相当なもので、貴族のお茶会に茶菓子として魔界産のチョコレートが供されることもしばしばですが……そこに様々な悲喜交々(ひきこもごも)の人間模様が人知れずあったりもしました。


 普通、貴族の家に品物を卸すのは特別なツテのある御用商人に限られるのですが、なにしろチョコは大人気商品で、迷宮都市から離れた国ともなればいつも品薄な状況。御用商人たちも必死に商品を確保しようと奔走してはいますが、いつでも望まれた分だけ用意できるわけではありません。

 通常、貴族の御用商人という大きな権益を握った者は、決してそれを手放そうとはしません。その席を狙っている者は多いのですが、他所の商人が入り込む隙がないようにガッチリ固めているのです。

 ですが今回、誰が見ても分かるような大きな隙ができました。チョコレートが欲しいのに馴染みの商人は役に立たない。そんな時に新顔の商人が欲しい物を運んできたとして、義理を優先して我慢する貴族などいるはずがありません。

 高貴な身分の方々は下々の者の商売の縄張り争いなどに興味がないので、紹介状のない行商人からだろうが気軽にポンポン品物を買ってしまいます。そこから新たなツテが出来てしまい、結果的に商人の世界でパワーバランスの崩壊というか、下克上が起きやすい状況になっていたりするのです。


 チョコレートは甘く、そして苦い物。

 その苦さにも色々な種類があるということです。







 ◆◆◆







「これは強烈ですねえ」


「なにしろ95%ですからね。わたしも初めて食べた時はびっくりしました」


 魔王のレストランのフロアにて、アリスとリサが何やらお菓子の試食をしていました。すぐ隣に日本語が印字されたお菓子の包装紙があるので、どうやら日本で市販されている物をリサが持ってきたようです。

 その強烈な味で痺れた舌を、砂糖をたっぷり入れたカフェオレで癒していると、ドアベルが鳴って小さい影が二人入ってきました。



「ししょう、きた」


「おれが来たぞ」



 来店したのはライムとシモンの二人でした。


 

「む、何やら二人で美味そうな物を食べているな」


「ちょこれーと」



 目ざとい二人は、早速テーブルの上にあったチョコに目を付けました。

 シモンもライムもチョコレートは大好物です。

 それが目の前にあれば、当然食べたくなってしまいます。



「おれも少し貰ってよいか?」


「うーん、それはちょっと……」


「ええ、シモンくんたちにはまだ早いかもしれませんね」



 シモンは一応の礼儀として確認しましたが、これまでの経験上断られることはないだろうと予測していました。しかしリサもアリスも、意外にもすぐに承諾しません。子供の舌にはかなりショッキングな味ですから、当然といえば当然です。



「おさけがはいってる?」


「いえ、そういうわけじゃないんですけど……すっごく苦いんですよ」



 チョコの種類には強いお酒が入っている物もありますので、そういう種類であれば子供に食べさせられないのも頷けます。しかし、ライムのこの考えもハズレでした。なにせ、このカカオ95%のチョコは、ただ単に物凄く苦いというだけなのですから。




「なんだ、そんなことか。なにも毒というわけでもなかろう。どうしても食ってはダメか?」


「別にそういうわけじゃないんですけど……じゃあ、どうぞ」



 シモンの言うように、このチョコはひたすら苦いだけで毒というわけではありません。

 百聞は一“食”に如かず。

 リサも実際に一口食べてみれば分かるだろうと判断し、チョコを盛った皿をシモンのほうに差し出しました。



「苦いといっても精々ブラックコーヒーに毛が生えた程度だろう。どれ………………」



 チョコの欠片を口に放り込んだシモンが完全にフリーズしました。舌先から脳天までを稲妻が貫いたような衝撃が走り抜けたのです。彼くらいの年頃の子供なら泣き出しても不思議はありません。

 未体験の味覚によって意識を手放しそうになっているのも当然。この領域の苦さは、慣れていなければ大の大人でも音を上げるレベルなのですから。

 

 しかし、二十秒ほどしてから再起動した彼は、隣のライムに向けてこう言いました。



「ははは、さあお前も食ってみるがよい。とてつもなく美味いぞ。これを食わずにチョコレートのなんたるかは語れぬというほどの美味さだ」



 未だかつてライムに見せたことのないような、凄まじいまでに爽やかな笑顔でそう勧めました。死なば諸共。道連れにする気満々でした。

 ライムは、その態度に若干の不審を感じながらも、チョコの味はたしかに気になっていたので手に取って口に運び、



「………………うん、すごくおいしい」



 こちらもしばらくフリーズしてから強がりを押し通しました。

 一人だけならば吐き出していてもおかしくありませんが、シモンもライムも、ここで正直に口に合わなかったことを白状しては負けだと考えているのでしょう。いつもながら、二人揃って凄まじいまでの負けず嫌いっぷりです。



「こんなに美味いのだから、もっと食うとするか」


「わたしも、もっともらう」



 ひょい、ぱくり。

 ひょい、ぱくり。

 二、三、四、五個……と。

 二人して、相手に負けたくない一心でカカオ95%のチョコを食べ続けます。


 シモンは視界が涙でにじんでも「美味すぎて感動のあまり泣けてきたぞ」と強がり、ライムは思わず手が止まりそうになっても「おいしいから、じっくりあじわっているだけ」と虚勢を返しました。


 そんな二人を見守っているアリスとリサのほうが、苦々しい顔をしているほど。

 見ているだけで舌がバカになりそうです。



「二人用にカフェオレでも用意してきますかね」


「お砂糖山盛りにしたほうが良さそうですね」



 結局、最後の一個がなくなるまでお互い意地を張り通したので今回の勝負(?)は引き分け。

 アリスの用意した甘~いカフェオレが、それはもう、この世のものとは思えないほどに美味しく感じたそうです。


本編中ではまだシモンが戻っていないので、この話の時期は『過去か未来のいつか』という事で。


SSのお題と人気メニュー投票の募集は締め切りました。

ありがとうございました。

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