閑話・しかし魔王、意外にもこれをスルー
《某国某所某迷宮の最深部にて》
「魔王さま、今日のお客さんがちょっと気になる事を話していたんですが……」
金髪の少女はそう言って傍らの青年に話を切り出しました。
なんともありがたいことに、最近はレストランのお客もちょっとずつ増えてきています。片道で一日か二日はかかるというのに、世の中には思ったよりも物好きが多かったのでしょう。
「なんでも、どこかの国の王が異世界から勇者を召喚したとかなんとか」
「へえ、勇者だなんて昔の僕みたいだね」
そんなお客の一人が話していたのが、件の勇者。
あちこちの国に現れては、人々を苦しめる悪党や魔物をバッサバッサと斬り捨てて……いえ、人間に関しては気絶させるに留めているのですが、とにかくワルモノを山ほどやっつけているのだとか。
その活躍ぶりは各地で評判を呼んでおり、未だ勇者が足を運んでいないこの辺りの土地でも、噂が先行する形で聞こえてきたということなのでしょう。
「それでですね、その勇者がこの世界のどこかにいる筈の魔王を探して各地を旅して回っているそうなんです」
「へえ、そうなんだ」
「それって、多分私達のことですよね?」
「多分、そうだろうねぇ」
なにしろ元魔王と現役魔王が二人も揃っているのです。
ついでに一人は元勇者でもあるわけですが。
心当たりは十分すぎるほどにありました。
「何か対策でも立てておきますか?」
「別にいいんじゃない? 僕、一応魔王だけど別に悪いことしてないし。もし、その勇者の人が来ても平和的に話し合えばきっと大丈夫だよ」
「そういうものですか」
「そういうものだよ」
これっきり二人とも、まだ見ぬ勇者への興味を失くしてしまいました。
もう少し警戒しようとか相手の情報を集めておこうとか、そういった常識的な対応を取っていれば後の展開が少なからず変わってきたのかもしれませんが、まあ言ったところで仕方がありません。
それに、この時期の二人にはもっと優先すべき事柄があったのです。
「それはさておき、迷宮の改装計画の進捗はどうなってるかな?」
「現在の進捗率は六割といったところですね。迷宮内のトラップや魔物の類はすでに粗方撤去済みです。魔物については魔界の適当な山奥に移す形で。あとは地面がむき出しの場所の舗装と各店舗の準備、上下水道の整備などに一ヶ月ほどかかる見通しです」
「うん、悪くないペースだね。その調子でお願いするよ」
「はい、各作業班のリーダーにもそう伝えておきます」
迷宮という立地条件の悪さを魔王がようやく自覚したのが少し前のこと。その問題点を改善すべく、ちょっと改装でもしようかということになったのです。
しかし相変わらず根本的なところで常識のない魔王が、生来の凝り性を無駄に発揮。暴走と悪ノリと徹夜テンションがこれでもかと積み重なった結果、様々な飲食店、宿泊施設、食料品や雑貨の小売店、娯楽施設等々が無数に広大な迷宮内に作られて、まるで大型ショッピングモールかテーマパークの様相を呈することになったのです。
各フロアにはいくつもの案内板や他フロアへの転移陣が備え付けられ、その上たとえ道が分からなくなっても何人もの案内係が年中無休で常駐しているので迷子の心配は皆無。
そのような施設がまだ迷宮と呼べるのかは大いに疑問ではありますが、そんな時代を何百年か何千年か先取りした恐るべき謎施設が、この地に誕生しようとしているのでありました。文化的侵略という観点で見れば、辛うじて魔王っぽいと言えなくもないのかもしれません。
タイトルに「迷宮」って入ってるのに迷宮が空気な事に定評のある本作。