異界オーバード③
吸血鬼の隠れ里は、迷宮都市から直線距離で約八十km。四方を山に囲まれた盆地にあります。歴史は長いものの特に決まった名称はなく、住民たちはただ「うちの村」とだけ呼んでいました。
隠れ里とは言いますが、厳密にはそれは正確ではありません。吸血鬼であることは秘密にしているものの、近隣の農村と小規模な交流はしており、村の産物を売って現金収入を得たり、逆に必要な物を購入したりもしています。
村の主要産業は農業と牧畜。
山に入って狩猟をすることもしばしばです。
村内には魚が捕れる川がありますが、水産業にはそれほど力は入れていません。精々が趣味的に釣りを楽しむ者がいる程度でしょうか。
生産した食料に関しては基本的に村の中だけで消費し、余剰が発生した場合は加工して保存、もしくは他村に販売します。
ただし金銭の獲得手段としては、林業によって得た薪や材木、それらを焼いた炭、近くの山にある石切場で切り出した石材等の販売が主となっており、食料の販売はあくまでも副次的な扱いです。
現在の村の人口は約三百人。
その全員が吸血鬼の血を引いていますが、昼間にも活動可能な比較的血の薄い者と、日光を浴びると命に関わるため夜にしか活動できない者とで、生活サイクルは大まかに別れています。
夜のほうが調子が良いのは皆共通なのですが、作物や家畜の世話は日中にしかできない種類の作業もあるので、役割分担が必要なのです。
とはいえ、吸血鬼としての弱点の度合いと能力の強さは基本的に比例しているので、夜にしか働けない者は力作業などの分野で余分に活躍し、なるべく不公平感が生じないようにしています。
大型重機並みの怪力を発揮できる者が大勢いるので、山奥の田舎だというのに大掛かりな工事や開拓も簡単にでき、田畑や放牧地の面積は人口に対してかなりの広さがあります。
不作の年もないことはありませんが、総合的に見れば、山奥の農村にしてはかなり豊かな部類だと言えるでしょう。
◆◆◆
「と、言っても問題も色々あるんですけどね」
「ほう、興味深いですね。差し障りがなければ教えていただいても?」
村長であるブラムの呟きに、ヘンドリックが反応しました。
ちなみに何故ヘンドリックがこの場にいるのかですが、魔王からこの村の話を聞いた彼はどういうわけか強く興味を示し、同行を申し出てきたのです。
現在彼らは、ヘンドリックの希望で魔王たちと別行動をしています。最初に紹介を受けた際に、彼が魔王の宰相的な立場の重要人物であると知った村長のブラムが案内役を務め、村内を見学して回っているのです。
そしてヘンドリックの質問についてですが、特に隠すようなことではないのか、ブラムは広場に集まった村人たちの顔を見ながら答えました。
「あっちの二人、井戸のそばで話してる子たち見えます?」
「ええ、あのお二人が何か?」
視線の先には、見た目三十代くらいの男性と、少なくとも七十は超えているであろう老女が談笑する姿がありました。
「あの二人、親子なんですよね」
「はて、それが何か……いえ、分かりました。そういうことですか」
ヘンドリックは質問を最後まで口にする前に、ブラムの言う「問題」に気付いたようです。それが、自分の想定する「課題」と同一だということに思い至ったのでしょう。
「外見と実年齢の逆転、ですか」
「ま、そんなところです」
そう、見た目が若い男性のほうが父親で、年老いた老女のように見えるほうが娘なのです。
魔族の血が濃いこの村の住人は、一般的な人間と比べると遥かに長生きです。しかし、その老いる速度は一定ではありません。その為に、このような逆転現象がしばしば起こってしまうのです。
これは、人間界でも魔界でもあまり見られない現象です。
人間同士、魔族同士で血縁を結ぶ限りは、その子孫もだいたい同じような寿命を持つものです。だからこれは、元の寿命があまりにも違いすぎる種族同士で血縁を結んだからこその、新しい社会問題だと言えます(稀にエルフやドワーフのような長命種と結婚する人間はいますが、これまでは類例が少なすぎて、社会全体ではなくあくまでも個々の問題として片付けられていました)。
「まあ、この村の子たちは皆それぞれ受け入れているつもりですけどね。でも、やっぱり女房や子孫が自分より早く老いて死んでいくってのは、何度繰り返しても慣れないもんですよ」
「心中お察しします……とは言えませんね。ですが」
その心境がどういうものかは、当事者たちにしか実感を得られない種類のものでしょう。ヘンドリックは安易に同情を示すことはせず、しかし言葉を続けました。
「ですがこの村は、これからの二つの世界の縮図である、と思うのですよ」
魔界と人間界の交流が始まり、早一年以上。
今まではモノやカネの流れが主でしたが、交流の主目的がヒトの流出入に変わる時がやがて来るでしょう。もしかしたら「やがて」ではなく「間もなく」かもしれません。
そうなれば、双方の世界で種族の壁を超えて愛が育まれ、いずれはこの村のような現象があちこちで起こることになるのは想像に難くありません。
「参考にさせていただければと思って、こうしてお邪魔してみたわけなのですが」
だからこそ、ヘンドリックはこの村の話を魔王に聞いた際に興味を持ち、こうして実際に見にきたのです。言い方は悪いかもしれませんが、この村そのものが五百年の歳月をかけて作られた巨大な実験場だとも言えるのですから。
実際に目にすれば、何か良い解決策が閃くのではないかと思ってのことでしたが、
「……やれやれ、これは気長に取り組まないといけませんね」
そうそうウマイ話は転がっていません。遥々足を伸ばした収穫は、課題の難易度を再確認したことだけだったようです。
◆◆◆
「おっと、そろそろ自分たちも戻りましょうかね」
「ええ、魔王さまたちも、そろそろ長老殿とのお話が終わった頃でしょうし」
すでに日付が変わった深夜ですが、この村はここからが一番活気付く時間帯です。魔王たちが参加している長老の館での宴会も、さぞや盛り上がっていることでしょう。
今回は内容が地味でしたね





