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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
197/382

異界オーバード②

「こんばんは、アリスさま」


「あら、いらっしゃい」


 アンジェリカとエリックと彼らの保護者的立場と思しき青年、三人組の吸血鬼は街の見物と買物を終えてから魔王のレストランにやってきました。



「おや、そちらの方は初めてですね?」



 いつもは子供たちだけで来ているので、当然アリスの注目は謎の三人目に集まりました。

 その視線を受けて、赤毛の青年は宮廷で王を相手にするかのように片膝を突いて深々と頭を垂れ、


「貴女が、先王アリス殿下ですね。ご拝謁の栄誉を賜り恐悦至極。自分はこの子たちの村の長を務めますブラムと申す者。此度は恐れ多くも、魔王陛下へのお目通りを願いたく参上した次第でございます」


 と、非常に堅苦しい挨拶をしてきました。

 まるで芝居の台本を読み上げているかのようです。

 これが魔王城の謁見の間ならばまだしも、レストランの店内でそんなことをすれば非常に悪目立ちしてしまいます。アリスも他のお客が何事かとジロジロ見てきたので、困ってしまいました。



「ええと、ブラム、さん? 店内でそういうのはちょっと……ここはただのレストランですし、楽にしてください。私にも普通の喋り方で結構ですから」


「よろしいので?」



 ブラムと名乗った青年は、アリスの許しが出たことを確認すると、



「では、遠慮なく。アンジェとエルが世話になったみたいだね、ありがとう。いやぁ、先代の魔王なんて言うからどんな恐い鬼女が出てくるか心配だったんだけど、こんなに可愛い娘だとはね。はっはっは、いや驚いた驚いた」


「…………はい?」



 突然の豹変ぶりにアリスも固まってしまいます。

 そこに、今まで後ろでやり取りを見ていたアンジェリカとエリックが助け舟を出しました。



「アリスさま、こっちがブラじいの素の性格なんです」


「ブラ爺の言うことは適当に聞き流しておいてください」



 アリスとしては未だにブラムのキャラクター像を掴みかねていましたが、身内である二人が言うには、最初の真面目ぶった態度はただの猫かぶりで、その本性は割とダメ人間寄りのようです。

 アンジェリカはともかく温厚なエリックまでそんな風に評するということは、そのダメっぷりも相当なのでしょう。

 そう思ったらアリスはなんだかまともに対応するのが面倒になってきて、さっさと用件を済ませてしまうことにしました。



「ええと、魔王さまに会いたいんですね? 今は注文も止まってますし、すぐ呼んできますから、そこの空いてる席に座って待っていてください」



 アリスはそう言って三人を近くの四人席に座らせ、厨房の魔王を呼びに行きました。







 ◆◆◆







「やあ、キミ可愛いね。年いくつ? 彼氏いる?」


「えっ、あの、ちょっ、困ります」


 アリスが魔王を連れてくると、ブラムがリサをナンパしていました。

 フロアを離れていた時間は一分もなかったのですが、驚くべき早業と言えるでしょう。



「一緒にどこか遊びに行かな……がっ!? っご!? っげ!?」


「おっと、つい反射的に」


「もう、みっともない真似しないでよ。恥ずかしい」



 ナンパしていたブラムの脳天をアリスがブン殴りました。ついでにアンジェリカも身内の行動が恥ずかしかったのか、床に倒れた後の頭をガシガシ蹴っていました。


 アリスが本気で殴ったらいくら強靭な肉体を持つ吸血鬼といえど、首から上が爆散してかなりのダメージを受けるはずです(そんな傷でも一回や二回なら死にませんし、放っておけば治りますが)。

 ですが、店内が猟奇的惨殺現場のようになるのを忌避したのか(それを掃除しなければならないのはアリス自身なので)、無意識下での手加減が働いて、死ぬほど痛いだけで済みました。



「お客さま、店員へのナンパ行為はお止めください。リサさん、大丈夫でしたか?」


「ええ、わたしは大丈夫でしたけど……」



 ブラムはアリスの強打を受けた後もアンジェリカに蹴りまくられて、今はボロ雑巾のようになって床に倒れています。パッと見だと明らかに大丈夫そうではありません、が……。



「そのまま死んだフリを続けたら、真昼に砂漠の真ん中に強制転移させますよ?」



 アリスはボロボロの見た目に惑わされずに、相手の状態を的確に判断していました。

 魔界にも吸血鬼や各種不死系の魔族がおり、アリスも昔は数多く戦ってきました。不死系を相手取る時は死んだフリを見抜く技術が重要で、状態を見誤ると不意打ちを喰らったりすることがあるのです。



「……っそれは洒落にならないよっていうかごめんなさい調子乗りましたすいません反省してます靴でもなんでも舐めますから許してくださいっていうかむしろ舐めさせて」



 ブラムもアリス相手に誤魔化しは効かないと悟り、ついでに圧倒的な実力差も理解し、恥も外聞もなく土下座して、みっともないまでに全力で謝りました。最後のほうは若干怪しいですが多分謝っているつもりだと思われます。



「うわぁ……」



 その、あまりにも卑屈すぎる態度にはアリスもリサもドン引きです。外見だけなら絶世の美青年と言っても過言ではない整った目鼻立ちをしている分、中身とのギャップで酷さが余計に際立ちます。



「いや、ごめんごめん。久しぶりに身内以外の女の子を見て、お兄さんちょっとテンションあがっちゃったよ」



 その言葉に、若干イヤそうにエリックとアンジェリカが補足を加えました。



「ウチの村、全員が長老さまの子孫で親戚なんです」


「あと、この人『お兄さん』なんて言ってるけど、これまで六回も結婚してて曾孫に玄孫やしゃごに……その次ってなんていうのかしら? とにかく、実の子供が“分かってるだけで”三十人以上。子孫全員で三百人以上もいるスケベ爺なのよ」




 彼らの村は、遥か昔は普通の人間だけが細々と暮らす、ありふれた田舎村でした。

 ですが、五百年前の世界間戦争の際に一人の吸血鬼が逃げ込んで受け入れられ、長い年月の間に、次第に魔族の血を引く者の割合が増えていきました。

 百年くらい前までは純粋な人間もかろうじて残っていたのですが、今やその全員が吸血鬼。血の濃さに差はありますが、純粋な人間は一人もいません。



「で、その初代っていうのが今の長老さまで、ブラ爺はその一人息子なんです」


「たしか、今は四百八十三歳だったかしら?」


「いやいや、間違ってもらっちゃ困るなあ、アンジェ。ピッチピチの四百七十七歳だよ」



 アリスが推定約五百歳ですから、それよりも少し年下のようです。人生経験の濃さというか、恋愛経験の豊富さでは比べ物にもならないようですが。



「今回のことだって、どうせ村に手を出せる女の子がいなくなったから提案したんでしょ?」


「いや、自分は村長として村の為を想ってだね……いや、まあ否定はしないけど。流石に自分の子孫が相手だとそそらないし……いや、恋愛は大事だよね、うん。よし、じゃあ善は急げだ。早速用件を済ませないとね。ええと、魔王陛下は……そこのエプロンのお兄さんですか?」


「はい、僕が魔王ですけど?」



 厨房からわざわざ連れて来られたものの、ここまで完全に置いてけぼりにされていた魔王に、ブラムは懐から取り出した封筒を手渡しました。



「長老、自分の母から魔王陛下への招待状です。詳しくは後で読んでもらうとして、内容を簡単に言いますと……『昨今の世情を鑑みるに、もうウチの村の秘密を隠しておく意味がなくなったので、正体を公表して外部と普通に交流できるようにしようと思います。つきましては、簡素ながら記念の式典や宴会を執り行いたいと考えていますので、魔王陛下を来賓としてお招きできれば』……みたいな感じですかね」


「はあ、そんな感じですか」


 そんな感じでした。



玄孫の次以降は、来孫らいそん昆孫こんそん仍孫じょうそん雲孫うんそんと続くそうです。フィクションの長命種族ならともかく現実にこれらの言葉を使う機会はなさそうですが。


ちなみにアリスは不死身の相手だろうと殺せる魔法をいくつも有していますし、リサも実際にそういう相手と戦った経験はありませんが、聖剣にデフォルトで再生阻害の効果があるので普通に斬るだけで勝てます。

ウェイトレスへのナンパは(命が惜しければ)ご遠慮ください。

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