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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
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異界オーバード①


 秋の日はつるべ落とし。

 まだまだ夕方だと思って油断していたら、あっという間に夜闇に包まれてしまう事もしばしばです。ましてや、いくら人が多く賑わっているとはいえ、異世界の地での夜闇の濃さは日本の比ではありません。

 飲食店のお客の多くは、薪やロウソクなどの照明代が余分にかかるのを嫌って、暗くなる前に早めに仕事を片付けてから夏場より少しばかり早い時間に来るようになります。


 変わるのは来店の時間だけでなく料理の注文内容もです。

 暑い夏場に人気があった冷たくてさっぱりした食味の料理がほとんど出なくなり、かわりに温かい物やこってりどっしりとした料理の注文が増えてきます。



「もう随分と日が落ちるのが早くなりましたねえ」



 地下にある魔王のレストランからは、昼だろうが夜だろうが見える光景に変化はありません。ですが、アリスは日々の生活のちょっとした変化から、間接的に季節の移り変わりを感じていました。



「今年の冬は長くなるかもしれませんね」



 昨年の冬はほとんど雪も降らないような暖冬でした。だからこそ春を待たずに都市建設などという大事業を進めることができたのですが、今年はまだ秋だというのに朝晩には吐く息が白くなるような冷え込みを見せています。この調子で寒さが増せば、街一面が雪に覆われるかもしれません。

 いざとなれば魔王なりアリスなりが雪を降らす雲自体を吹き飛ばしてしまえば、天候の加減を調節できなくもないのですが、本格的な災害にでもならない限りは基本的に空のことに手は出さないようにしています。雪でも雨でも雷でも、季節折々の風情を楽しむ為には、多少の不便は受け入れる度量が肝要なのです。







 ◆◆◆







 さて、そんな風に冬の気配が色濃くなってきたある日の夜。

 迷宮都市の往来を三人組の人間ならざる者たちが歩いていました。

 もっとも、昨今では魔界の住人も数多くこの街に出てきており、それ自体は特に珍しいことではありません。それに、その三人は見た目に分かりやすい特徴がないので、周囲の人々も彼らが人間だとばかり思っていました。


 ただ、彼らは魔族ではあっても魔界の住人ではないという、ある意味ではとても珍しい存在でした。


 その三人組の内訳は、二十代半ばくらいの青年が一人と、十代前半の少年少女。全員が血のように真っ赤な赤髪で、そして吸血鬼と呼ばれる種族の魔族でした。ただし、人間との混血ではありますが。


 

「いやぁ驚いた。疑ってたわけじゃないけど、こんな所にこんな大きな街が出来てるとはね」


「ね! すごいでしょ!」



 青年の感嘆の声に、隣を歩く少女、アンジェリカがまるで自分の手柄のように自慢気にしています。苦労性の少年エリックはそんな彼女を見て苦笑しますが、青年は鷹揚に笑っています。



「夜でこれというならば、昼間はもっと賑わっているんだろう?」


「うん、色んなお店があってすごいんだから」



 アンジェリカの髪を飾る小さな琥珀飾りが付いた髪留めも、この街の露店で買った品です。正確にはエリックと二人分の手持ちをはたいて購入した物で、所詮は子供の小遣いで買える程度のありふれた品ですが、彼女はとても大切にしています。



「そうかそうか。よし、それじゃあ魔王陛下のところにご挨拶に伺う前に、ちょっと街の見物でもしようか。アンジェもエルも欲しい物があったらなんでも言いなさい」


「え、いいの!」


「やった!」


「ああ、いいとも、一人一つだよ」



 この青年、まるで孫を甘やかす祖父のような態度でアンジェリカたちに接しています。もしかすると、見た目通りの年齢ではないのかもしれません。

 すでに日が落ちているので閉まっている店のほうが多いのですが、まだ営業を続けている店は大通りの周辺だけでも何十軒とあります。自分たちの村にはそもそも店屋自体がない彼らにとっては、不満などあろうはずもありません。


 心強いスポンサーが付いたお陰で、子供たちは勇気百倍、元気千倍といった様子。まだ開いている店を次々と訪れては商品を吟味し、慎重に何を買ってもらうか悩んでいます。



「ボクは本にしようかな」


「ワタシはこのコートがいい!」



 一時間以上もかけてたっぷり悩み、エリックは書店の主人に勧められた冒険活劇モノの伝奇本を、アンジェリカはこれからの季節にぴったりの可愛らしくて温かいコートを選びました。どちらも、とても子供の財布では手が届かない高い買物でした。現代の感覚からすると意外ですが、書籍というのは結構な高級品なのです。

 そして先にエリックがそんなお値段の物を買ってもらったので、アンジェリカは同じくらいの値段までならOKと解釈して一切の遠慮を止め、それこそ貴族の子供が着るような上等な雪鹿のコートを買ってもらいました。

 青年は随分と軽くなった財布を見てちょっとばかり物悲しい気分になったりもしましたが、二人から笑顔で「ありがとう」なんて言われてしまっては、泣き言も漏らせません。



「は、はは……おっと、そろそろ魔王陛下のお店とやらに向かおうか。二人とも案内をお願いするよ」


「うん、ついてきてね」



 こうして、三人の吸血鬼は魔王に『招待状』を渡すため、地下のレストランへと向かいました。




気付いたらいつの間にか二百話目前になってました。

百話の時は料理&キャラのリクエストを受けてSS書いたりしましたし、また記念に何かやりたいですね。今のうちに何やるか考えておきます。

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