秋期戦線異常アリ②
リサは、何故か日本にいたコスモスに連れられて、人気のないビルの谷間にやってきました。
ここで話をするのかと思いきや、コスモスがハンドバッグから取り出した金色の鍵のような物に魔力を通すと、あら不思議。異世界へと通じる空間穴がその場に開かれたではありませんか。
「コスモスさんもこんな事ができたんですね」
「いえ、これは私の力ではなく魔王さまからお借りした道具の力でして」
どうやら、コスモスの持つ鍵が世界間転移のための道具のようです。
神器級の貴重な品ではあるのですが、魔王は別にそんな道具を使わずとも同じことができます。それで、魔王城の物置にしまってそのまま忘れられていたのをコスモスが見つけて、そのまま魔王に一声かけて借りてきたのだとかどうとか。
「じゃあ、日本語を喋ってるのも何かの道具の力で?」
「いえ? 今朝早くにこちらに来て、買物をしたり何冊か本を読んだりしているうちに自然と覚えただけですが」
言語の習得は自力のようです。
しかも完全に予備知識ゼロの状態から半日足らずでマスターしていました。
性格が特殊すぎるせいでその大半は無駄遣いされていますが、コスモスの、というかホムンクルスの生物としてのスペックは、それはそれは凄まじいものなのです。
「ああ、それと、買物に使った日本円はちゃんと魔王さまからお小遣いとして頂いたものですのでご安心を」
リサも薄々気になってはいたのですが、その疑問を先読みしたかのようにコスモスが発言しました。彼女の着ている服や持っている買物袋の中身はちゃんと合法的に購入した物のようです。店員を魔術で洗脳したとか、口八丁で丸め込んで騙し取ったとかではないと分かり、リサも一安心です。
「っていうかコスモスさん、魔王さんからお小遣いもらってたんですか?」
「お給料も出ていますし正直に言えば必要はないのですが、私がお小遣いを貰わないと迷宮都市界隈の景気が悪くなってしまうもので」
「どういうことです?」
普段は全然そんな風に見えないのですが、魔王は世界一のお金持ちです。その娘であるコスモスは、お金持ちのお嬢さまと言えなくもありません。そんな彼女は毎月、給料とは別にかなりの額のお小遣いを魔王から受け取っています。
その理由をコスモスは以下のように説明しました。
お金を持っている人が金払いをケチって貯め込むと経済の流れが停滞して景気が悪くなってしまうのですが、魔王は物欲が薄くて放っておくと普通の庶民並の出費しかしません。だというのに、魔王に稼ぐ気がなくとも税収その他でお金は増える一方。
そこで世の為人の為に、魔王本人に代わってコスモスが度々お金を使ってあげている……のだとか。
「言ってみればお金を使うこと自体が仕事のようなものですね」
「なんというか……すごい世界ですねぇ」
リサの金銭感覚ではとても想像ができない世界の話でした。
数ヶ月前、リサがアルバイトを始める時に魔王が最初に提示した給料が言い値だったのも、魔王が何も考えていないからというだけでなく、少しでもお金を使いたいからという事情が関係していたのです。
もし今からでもリサが給料アップの交渉を持ちかけたら、魔王は時給十万だろうが百万だろうが喜んで支払うでしょう。いえ、給料という形ですらなく、そのままポンと渡してくるかもしれません。流石の魔王も見ず知らずの他人に大金をあげたりは(滅多に)しませんが、逆に他人でなければ簡単にあげてしまうのです。
「あの、コスモスさん。これが本題じゃないですよね? ええと、こんなところで立ち話もなんですし」
「おっと、それもそうですね。では参りましょう」
すっかり話が脱線してしまいましたが、これ以上この話を続けたら、リサの中の金銭欲を無駄に刺激してしまうかもしれません。リサとてお金は欲しいですが、人には踏み越えてはならない一線というものがあるのです。
強引に話の流れを切り、そしてコスモス共々異世界の地へと向かいました。
◆◆◆
転移先は迷宮都市の一角にある、商家の倉庫として使用されている建物が並ぶ地区でした。
リサもこの辺りには用事がないので、あまり来たことはありません。
コスモスの先導でそこから少し歩き、二人は一軒の建物の前で足を止めました。
「こちらに部屋を取ってありますので、どうぞお入りください」
コスモスがそう言って指差した建物は、まだ日が高いというのにカーテンが全て閉め切られた宿屋で、いわゆる仲の良い男女が「休憩」するのに使う類の施設でした。防音処理が不充分なのか、壁越しになにやら女性の嬌声らしき物音も微かに聞こえてきます。
この世界では世界一と断言できるほどに治安が良い迷宮都市ですが、人の営みがある以上はその手の施設の需要も当然あるのです。
その手の施設の存在を知識としては知っていても、実際に間近で見たことはないリサなどは顔を真っ赤にしていました。こんな店に部屋を取ってあるなどと言われたら、いくら同性相手でも全く安心できません。
「ところで、この質問には全く深い意味などないのですが、天井の染みを数えるだけの簡単なお仕事に興味はありませんか? あと女性同士の恋愛についてどう思われます?」
「帰ります!」
「ははは、冗談です。本当はあちらです」
そういってコスモスが指差したのは、数百メートルほど先の飲食店街でした。そちらの区画はリサも度々通りかかるので、一応は安心できる領域です。
リサは、万が一の場合は手段を選ばず逃げ出そうという断固たる決意を胸に抱いてコスモスの後を付いて歩き、そして一軒の茶房の前で足を止めました。リサは入ったことがないお店でしたが、店外から観察した限りでは親子連れや女性だけの客も多く入っていますし、特に不審な点はなさそうです。
「さ、こちらの奥に部屋を取ってありますので」
そう言って、コスモスは店員の案内を待つこともなくスイスイと店の奥へと入りこんでいきました。外から見えるオープンスペース以外にも個室席があるようです。
「あの、勝手に入っちゃっていいんですか?」
予約をしているらしいとはいえ、店側にも案内の段取りというものがあるはずです。リサとしては他人様のお店で勝手な振る舞いをするコスモスに疑問を呈したつもりなのですが、
「あ、オーナー、お疲れさまです!」
「ご苦労さまです。どうやら繁盛しているようですね」
「ええ、お陰さまで」
恰幅の良い店員がコスモスの姿を見るや否や、最敬礼で迎えました。どうやら、コスモスにとってはこの場所は他人様のお店ではなかったようです。
こうしてリサは、コスモスの支配する場にまんまと誘い込まれてしまったのでした。
一度くらいは「お金が有り余って困る」っていう悩みを抱えてみたいものですね。





