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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
188/382

閑話・秘密の特訓

「よく来てくれたな、リサ。むさ苦しい所だが寛いでくれ」


「どうも、ご無沙汰してます、シモンくん」


 ここは、迷宮都市から南方に馬車で一週間ほど進んだところにあるG国の王城。すなわち、シモンの実家です。

 この日、リサは帰省中のシモンに会いに来ていました。

 ちなみに学校は日曜日でお休みです。


 現在は彼の私室に二人きり。シモンはむさ苦しい所などと言っていますが、リサの部屋の五倍以上の広さがありました。彼が迷宮都市での住まいにしていた大使館の部屋も個人の私室としては広々としていましたが、その倍くらいはありそうです。

 これでも王族の私室としては狭いほうなのだそうですが、リサとしては圧倒されてしまいます。



「しかし、いきなり顔を見せるから驚いたぞ」



 現在のリサは、大まかな場所さえ分かれば世界のどこにでも一瞬で行ける反則的な能力がありますが、王城内のどこにシモンがいるのかまでは知らず、また立場的に正面から訪ねようとすると色々な問題があるのです。

 そして、結果的には騒ぎにならずに合流できましたが、その為に取った手段の数々を知らされたシモンは呆れ顔です。なにせ、高い城壁を一足で跳び越したり、常人には視認できない超高速で走り抜けたり、気配を消したまま天井に張り付いて城内を捜索したりだとかの、無駄にアグレッシブな方法ばかりだったのです。



【我としては、光学迷彩の実地試験が出来て感謝している】



 極めつけに、布状へと変形した聖剣が全身をライダースーツのようにピッチリ覆い、光を魔力で捻じ曲げる事で目の前にいても姿の見えない光学迷彩機能なんかも使用していました。

 最近の聖剣のマイブームが地球の現代科学と魔法技術の相互補強による昇華だとかで、リサはほぼ完全な透明人間状態になる事に成功していました。

 あまりに完璧すぎて、シモンの目の前で透明化を解除したら、驚いた彼が危うくオシッコをちびりそうになってしまったほどです。かろうじて未遂で済みましたが。



「リサよ、お前、なんというか……少し見ないうちに性格が変わってないか?」


「そうですかね? 自分ではよく分かりませんけど」



 口にしたシモン自身もはっきりと断言できるほどではありませんが、リサの性格がなんだか前のめり気味というか、妙にハイになっているように感じるのです。前に顔を合わせた時、迷宮都市を出発する前日に会った時は今にも消え入りそうな雰囲気だったというのに、ほとんど別人のようです。



「まあ、元気がないよりは、あったほうがいいか。ふむ、そうだ……リサよ」


「はい、なんでしょう?」



 シモンは、何かを思い出したような素振りを見せた後、不自然なまでに気障っぽく言いました。



「お前に涙は似合わぬ、笑っているほうが百万倍も美しい」


「…………はい?」



 突然のヘタクソな口説き文句にリサは反応できません。

 しかし、シモンはそれに構うことなく続く言葉を並べます。



「そなたの髪は磨きぬかれた黒曜石のように美しい」


「はあ……ありがとうございます?」



 どうやら髪を褒められているらしい事までは分かるのですが、リサとしてはシモンの真意がつかめません。



「あとは、そうだな……その瞳の輝きの前では夜空の月も己の姿を恥じて雲間に隠れてしまうだろう……というのはどうだ?」


「どうだ? と言われましても」


「ああ、実はこの前、兄上たちに夜会に連れて行かれてな。そこで女と話す時のコツというのを教えられたのだが」



 兄たち曰く、女と見ればとにかく褒めろ。相手が老婆だろうが幼女だろうが人妻だろうが、とにかく褒めて褒めて褒めまくれ。そうすれば色々と良い事がある云々……というような事をシモンは教わったのだそうです。



「だが、おれはまだ未熟でな、とても兄上たちのようにくるくると舌が回らぬ。練習すれば上手くなるというので、姉上たちや城のメイドを相手に訓練しておるのだ」


「そうなんですか。なんというか……ユニークなお兄さんたちですね」



 シモンが突然リサに口説き文句を投げかけてきたのは、彼なりの訓練の一環だったようです。

 まあ、彼の場合は兄たちと違って特に下心があるわけでもありません。あくまでも人間関係を円滑に進める話術を習得する一環として頑張っているので、周囲の人々もあえて止めることなく微笑ましく見守っているようです。

 まあ、この時止めなかったせいで将来大変なことになってしまうのですが……それは機会があれば別の場所で語ることに致しましょう。







 ◆◆◆







 さて、無事に再会を果たした二人は、王城の広大な庭の中にある森の中にやってきました。

 庭といっても、その総面積はちょっとしたゴルフ場並。森や果樹園があったり、川が流れているほどに大規模なものです。人目に付かずに運動が出来る場所などいくらでもありました。



「なんというか、リサよ……教わっている身でこういう風に言うのはどうかと思うが、教え方が下手すぎやしないか?」


「……ですよねぇ?」



 今までにも何回か同様の用事でシモンの下を訪ねたリサですが、これまで一度としてちゃんとした剣の稽古を付けることが出来ずにいました。そこで、今日こそはと意気込んでやってきたのですが、そこで意外な問題点が浮き彫りになりました。



「こんな感じでヒュンって振るんですよ」


「こうか?」


「いえ、今のはズバって感じですね。もっと、こうシュパッと」


「こうか!?」



 リサは聖剣のお陰で、どんな形状の武器でも最初から直感的に最適な扱い方が分かりますし、他人の動きを見て悪い部分があれば隙として見出すこともできます。

 ですが、そこには本来あるべき経験や理屈というものが全く伴っていないので、他者にその感覚を伝えることが非常に困難だったのです。



「騎士さんたちは凄く参考になるって言ってくれてたんですけど……もしかして気を遣われていたんでしょうか?」



 まだ旅をしていた頃、リサはお供の騎士たちに請われてちょくちょく稽古を付けていました。その時に教師役として高評価を得ていたので、シモンに教えるのもなんとかなると思っていたのですが、こうなってみるとその時の評価も疑わしくなってきます。

 まあ、実際はその評価は極めて正直かつ妥当なものだったので、こうしてお世辞を疑う必要はないのですが。


 どうして、同じように指導しているのに評価が正反対の方向に割れてしまったのか?

 その原因は、生徒役であるシモンと騎士たちの武芸の習熟度の差にありました。


 まだまだ剣の初心者であるシモンと違って、騎士たちは最初から軍の仕事の一環としてそれなりに高い水準で武芸を身に付けていました。そして腕が上がれば、それに比例して見る目も備わってくるものです。


 武術や芸事の分野には、見稽古という練習法があります。

 これは師匠や先輩の技を見て、その良いところを学ぶ。つまりは目で盗むという修練なのですが、見る目が備わっているか否かによって、そこから学び取れる情報量には天と地ほどの差が生まれてしまうのです。


 リサの口頭での説明が極めて感覚的で要領を得なくとも、見本として実際に剣を振る動きを見せられれば、ある一定以上の力量を持つ者であれば多くを学ぶことができるというわけです。

 実際、彼女に稽古を付けてもらった騎士たちは約一年でメキメキと腕を上げ、旅の最後の終わり頃になると、リサによる常人では視認不可能な速度の攻撃も、二、三回程度はどうにか防げるようになっていたほどです。



 とはいえ、現段階でのシモンがその域に達していない以上、リサが稽古を付けてもなんの意味もないことになります。



「そうだ! 魔力を足に集めて、すごく速く走る方法とか知りたくないですか?」



 役立たずになりそうな現状に危機感を覚えたリサは、どうにか面目を保とうと、剣術以外の分野でシモンの気を引こうとしました。実際に目に見えない速度で走ったり、残像で何人にも分身して見えるように動いてみたりと必死です。



「興味はあるが……魔力か。じいから魔法は教わっているが、おれは魔力というのがどうもピンと来ないのだ。まるで成功せぬ」


「そうなんですか」



 魔法方面に関してもリサは感覚だけで使いこなせてしまうので、説明に困ってしまいました。そして言葉に困って、ついポロっとこんな事を言ってしまったのです。



「ライムちゃんは魔法が使えるらしいですけどね」


「……む」



 静かな怒気交じりの反応を聞いて、リサも今のは失言だったとすぐに気付きました。

 子供に物事を教える上で、「あの子は出来るのに、どうして君は出来ないの?」は禁句です。学習速度には個人差があるのが当然なのに、それを無視して批難するようなことを言っては、学習に対する苦手意識を助長したり、子供同士の友達関係にヒビが入ることすらあり得るからです。



 だから、今回たまたま上手くいったのは特殊な事例です。

 一般的にはこういう方法は取らないほうが無難でしょう。



「さあ、早くやり方を教えるがよい」


「え、あっ、はい」


「あやつには負けられぬ。遠慮なく厳しくしてくれ」



 シモンの負けず嫌いは相当なものでした。

 元々の才能もあったのでしょうが、この日のうちには魔力による肉体強化(流石に現段階では目で追えないほどではなく、ちょっと走るのが速くなる程度ですが)を覚えてしまったのですから、大したものです。この調子だと、剣術のほうも意外と早く上達するかもしれません。







 ◆◆◆







「若、リサさまも、お疲れさまでした。お茶のご用意ができております」


 お昼過ぎ頃から二時間ほどの練習を終えた二人がシモンの部屋に戻ると、クロードがお茶とお菓子の準備を整えていました。来客用のテーブルの上には、何やら美味しそうなお菓子が並べられています。



「わざわざ済みません、クロードさん」


「なに、若を見て頂いている間は代わりにラクが出来ましたからな。これくらいはさせて頂きませんと」



 お菓子はまだ焼き立てのようで、ほかほかと湯気を立てています。

 ティーカップくらいの深さの白磁に材料を詰め、そのまま器ごとオーブンで焼いたようです。表面には干しブドウが散らしてありますが、それ以外のパッと見の印象は焼きプリンのようでした。



「いただきます」



 リサとシモンは、まず甘い香りのお茶で口内を湿らせてから、菓子の器にスプーンを突き入れました。見た目の印象通り焼きプリンに似ていますが、小麦粉も混ぜているようでビスケット生地のような部分もあるようです。



「ふう、ふう」



 表面を突き破ったために、お菓子の内側に篭った熱が一気に放散されていきました。よく冷ましてからでないと、舌を火傷してしまいそうです。



「これは……クラフティ、ですか?」


「左様でございます。元のレシピは迷宮都市より取り寄せた物ですが、材料に関しては全て我が国の産物だけで出来ております」



 リサの言葉をクロードが肯定しました。

 クラフティとは卵や牛乳や砂糖や小麦粉を混ぜて作った生地を耐熱容器に入れて、オーブンで焼き上げたシンプルな焼き菓子で、焼きプリンに比べると粉の味わいやサクサクした食感があるのが特徴です。


 生地の表面や中に果物やナッツを入れることも多く、今回は表面に酒精漬けの干しブドウを散らし、中には皮を剥いて種を取った生のブドウが入っていました。


 クリーミーな食感の生地の部分と、熱で甘味が強くなったブドウの取り合わせが面白く、酒精漬けの干しブドウのほのかな渋味と苦みが甘すぎて重くなりそうな舌を癒してくれます。



「ブドウと小麦は我が国の主要な産物ですからな。これで何か作れないかと、城の者たちも色々と工夫しているようです」


「じい、料理人たちに美味であったと伝えておいてくれ」


「かしこまりました。若にお褒め頂いたとあれば皆も喜ぶでしょう」



 昨今は魔界からの舶来品が各国の上流階級の間で幅を利かせていますが、その一方で、外から入ってくる物をありがたがるばかりでは芸がないと、自国の産物の価値を見直す動きも生まれ始めていました。


 G国は肥沃な農地を多数抱え、金銀を始めとする鉱山をいくつも所有する豊かな国ですが、それに胡坐をかいて研鑽を怠るようなことはなさそうです。シモンもこう見えて努力家ですし、そういう国民性なのかもしれません(身分の高低を問わず「いい性格」の者がやたらと多いのも国民性かもしれません)。



「この城の果樹園でもブドウは作っているしな。ま、ほとんどは酒の材料になるがな」


「なんというか、すごいですねえ……」



 リサとしては住む世界が違いすぎて「すごい」としか言えません。ちなみにワインを造る酒造蔵も王家の所有する敷地内にあったりします。



「あんな不味い物をどうして皆がありがたがるのか、おれにはまるで分からんがな。大人になれば美味いと感じるのか?」


「わたしもお酒はまだ飲めませんから、よく分からないです」



 料理の味付けとしてワインを使うことはありますが、未成年のリサにはまだお酒の味を語ることはできません。好奇心でちょっと舐めてみたことくらいはありますが、とても美味しいとは思えませんでした。そういう意味では、彼女はまだまだシモンと変わらない子供なのでしょう。







 ◆◆◆







 この後、休憩を終えたリサとシモンは再び秘密の特訓に戻り、とても充実した一日を過ごしました。

 





 ◆◆◆







 その夜あたりから、G国の城内でとある噂が囁かれることになりました。

 それは以下のようなものでした。



「ねえ、聞いた、あの話?」


「ああ、シモンさまが若い女の子を部屋に連れ込んだって話ね」


「顔を見た子の話だと王子さまより十歳は上の娘らしいわよ。どこのお嬢様かしら?」


「シモンさま、年上趣味なのかしらね?」


「王子さまも可愛い顔してやるわねぇ」



 こんな具合の噂が城内で流れ、リサにまつわる事情を知っているイリーナやクロードや少数の使用人も本当のことを言うわけにもいかなかったので、迂闊に訂正もできませんでした(もしくは単に事態を面白がっていました)。


 そして以降も週に一回か二回程度、シモン王子と謎の少女の密会を見たという目撃談が後を絶たず、しかも不思議とその少女が城の内外を行き来したという形跡が全くなかった為に「王子が年上の恋人を秘密裏に囲っている」だの「少女の幽霊に王子が取り憑かれている」だのという噂が流れることになりました。

 酷いものになると、二人で人気のない森の中に消えて、戻ってきた頃にはまるで激しい運動をしたかのように(事実、運動してはいるのですが)汗をかいているものですから、ちょっとばかり下品な想像をされたりもしました。それでもシモンの評判が下がるどころか「やりおるわい」と好意的に見る者ばかりなあたり、この国の住人はちょっと頭がおかしいのかもしれません。



 まあ、本人に直接「噂は本当ですか?」と尋ねる阿呆などいるはずもなく、シモン本人は帰省を終えて迷宮都市に戻るまで噂に気付くことがなかったのが、まだしもの救いでしょう。



以降、シモンは帰省中も留学中も継続的にリサの特訓を受けることになります。

いったい二人きりでどんな特訓をしてるんでしょうねぇ(ゲス顔)

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