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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
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アリス先生のお料理教室 応用編②

 「冒険する」という言葉が、「大きなリターンを求めてリスクを冒す」という意味合いで使われることがあります。


 ならば、その冒険という行為を仕事としている冒険者という人種は、常日頃からさぞや危険と隣り合わせのスリルに満ちた生活を送っているのだろう。冒険者の内情を知らない人々からは、そんな風に思われることも多々ありますが、現実は案外そうでもありません。


 そもそも、冒険者にとっての「冒険」とは大別して二種類あります。


 一つは、ギルドが仲介した仕事を請けて、危険な生物を退治したり、依頼者の護衛をしたり、栽培の難しい薬草を採取したりといった、仕事内容とそこから得られる報酬がはっきりとしたもの。

 中には国家や領主が依頼者となり、新規の鉱山開発や新たな水源を確保するための地質や水質の調査という大きな仕事を専門にする者もいます。

 そのような大仕事は高度な専門知識が必要となるので誰でも出来るわけではありませんが、長く活動を続けている冒険者の中には、専門分野であれば学者並の学術知識を持つ者も少なからずいます。



 そして、もう一種類の「冒険」ですが、こちらはギルドを通しません。なので、理屈としてはギルドに登録していない一般人でも、やろうと思えばいつでもできます。

 依頼を請けてではなく、あくまで冒険者個人の意思で迷宮に宝探しに出たり、危険な怪物相手に腕試しを挑んだり、未知を求めて地図に載っていない土地を探検したり等々、その範囲に制限はありません。こちらの種類こそが、本来の意味での「冒険」に近いでしょう。


 ギルドに仲介料を取られず得られた利益は丸々自分の懐に入るので、もし成功すれば、とても大きな儲けになります。同じ宝探しでも依頼者がいて頼まれた場合は、見つかった宝はそのまま依頼者の手に、冒険者に渡るのは当初の契約で決まっている報酬だけなのです。


 ですが、成功した場合の利益が大きい反面、リスクも相応に大きなものになります。

 情報収集も仲間集めもギルドの手を借りずに、自分の才覚で行わねばなりませんし、もしも宝箱の中身がカラッポならば、準備に要した資金も時間も全てが無駄になってしまうのです。

 その為、ギルドを通さない冒険をしようという者は自然と慎重になります。

 事前に綿密な調査を重ね、自らの実力を過大でも過小でもなく正確に把握でき、予想外の事態など何一つ起こらないように計画を練り、手を伸ばせば宝に手が届く位置まで来ていたとしても危険の気配を感じたら即座に引き上げる決断を下す。そんな石橋を叩いて渡らないほどの慎重な性格が求められるのです(まあ中には腕っ節や運の強さに任せて、あまり頭を使わずとも成果を出せる規格外もいますが、そういうのは例外です。誰とは言いませんが。普通の冒険者が真似したらすぐに死にます)。


 その偏執狂的なまでに慎重な、いえ、臆病な性質を徹底できる者こそが良い冒険者だと言われるのです。可能な限りリスクを遠ざけ、運に頼る場面を極力減らし、常に確実にできることしかやらない。

 奇妙なことに、それは「冒険する」という言葉の印象とは真逆の人物像でありました。


 こんな不安定な稼業をあえて選ぶくらいですから、若い冒険者というのは誰も彼も、好奇心が強くスリルを好む性格であったり、財宝を得たり怪物退治の英雄になったりしたいという夢見がちな人物であることが少なくありません。

 ですが、前述の現実を目の当たりにして次第に夢を忘れ、金銀財宝よりも目先の生活費を求めるようになり、ギルドを通した安全な仕事だけを惰性で繰り返したり、転職したりする者が多々いるのも事実です。



 さて、随分と前置きが長くなりましたが、いよいよ本題に入りましょう。

 この物語に登場する若き冒険者たち。

 偶然なのか運命なのか、魔王の店に最初の客として訪れた四人組。

 彼らの冒険者としての在り方は、果たしてどのようなものなのでしょうか?







 ◆◆◆







 アランとダンとメイとエリザと、そこにフレイヤを加えた五人組が、熱帯の密林の中をガサゴソと進んでいました。


 北の地では見かけない極彩色の鳥が、見知らぬ人間たちを警戒するかのようにガアガアと甲高い声で鳴いています。通り道で見かけた草花や樹木の中には珍しい薬草などもあり、本格的に腰を据えて採取したらそれだけで一財産になりそうです。


 ここは、迷宮都市からほとんど真南に千キロ以上進んだ先の海洋にポツンと浮かぶ名もない無人島。有史以来、一度たりとも人間が足を踏み入れていないんじゃないかと思えるような秘境です。


 空飛ぶ船を手に入れて冒険をしたがっていたフレイヤと、それに付き合うことになったその他四名は、せっかくだから普通は行けないところに行こうと考え、たまたま上空から見かけたこの無人島に降り立ったのです。

 迷宮都市の辺りではもうすっかり秋ですが、これだけ南に来ると真夏と変わらない熱気でした。湿気が多いこともあり、拭いても拭いてもすぐに汗が浮き出てきます。



 一向が道を進んでいると、


「あ」


 巨大な蛇が先頭を歩いていたフレイヤに襲い掛かりました。彼女は特に抵抗する素振りも見せずに頭から丸呑みにされそうになり……次の瞬間には、蛇の身体の前半分は圧倒的な熱エネルギーによって完全に炭化していました。



「大丈夫ですか~?」


「うん、平気、平気!」



 一応はフレイヤが怪我をしていないかとメイが声をかけましたが、気楽なものです。というより、今の蛇も事前に存在に気付いていたけれど、フレイヤとしてはわざわざ避けるまでもないからそのまま襲わせただけなのです。この調子では心配する気もなくなるというものでした。

 現在では「元」が付きますが、魔王軍四天王の称号は伊達ではありません。こう見えて、フレイヤは結構強いのです。



「森火事にだけは気を付けてくださいね」


「うん、大丈夫、大丈夫!」



 念の為、アランがこんな風に注意してはいますが、火事になる心配はまずありません。

 フレイヤはアリスと同じように外見上は人間とほとんど変わりませんが、その種族特性によって炎を手足の如くに操ることが可能です。


 精霊種と大別される中の火精という種族の彼女は、魔力によって炎を操作できるだけでなく、その気になれば肉体を炎そのものに変化させることができるのです。


 炎化した彼女は、いわば意思を持ったエネルギー体。実体がない炎の状態であればあらゆる物理攻撃は意味を為しませんし、攻撃においては広範囲に延焼することにより、魔力と可燃物がある限りはいくらでも熱量と攻撃範囲を拡大できます。


 まあアリスくらいになれば、魔力の超精密操作によって炎化そのものを妨害(ジャミング)し、無防備になった肉体を物理攻撃でボコボコにすることも不可能ではありませんが、大抵の相手に対してはほとんど無敵と言える能力があるのです。


 そんなフレイヤがいるものですから、未知の秘境を進んでいるとはいえアランたちに緊張などほとんどありません。一応は普段通りに警戒してはいますが、襲ってきた魔物が剣を抜く間もなく消し炭になっている光景を何度も見たら、気が抜けるのも無理はないでしょう。




 この無人島は着陸前に上空から見た限りでは、中央に小山があり、その周囲を森が覆っており、さらにその外側に海に面した砂浜があるという、大まかに三層に分かれた形状をしていました。

 砂浜にはヤシの木が生えていたり、透き通った海にカラフルな魚が泳いでいるのが見えたりと、まるっきり南国の楽園といった風情です。

 本格的に開発すれば、将来はリゾート地として人気が出るかもしれません。コスモスあたりが知ったら、きっと嬉々として開発計画を進めるでしょう。



 アランたちは砂浜に劇場艇を降ろし、比較的森の薄い部分を通って島の中央にある小山を目指していました。

 その気になれば直接島の中央に降り立つこともできたのですが、どうしてそんな手間のかかる事をしているのかというと、今回の旅の目的がズバリ「冒険を楽しむこと」だからです。

 移動手段を提供したフレイヤの意見を優先した結果でしたが、本職の冒険者にとって冒険は仕事であり、楽しむために冒険をするというのは意外と盲点だったようです。

 金銭を目的にしている時とは違う、精神的な充実感、冒険者を夢見ていた子供の頃のワクワク感を思い出し、自然と足取りも軽くなります。

 木の枝を剣に見立てて故郷の村で遊んでいた頃に戻ったかのように、純粋に冒険そのものを求める心が、いつしか彼らの中に湧き上がっていました。








 楽しい時間というのは過ぎるのが早いものです。

 昼頃に海岸を出発したのですが、もう日が暮れそうな時間になっていました。



「よし、今日はここで休もう」 



 ちょうど森の中に拓けた場所を見つけ、リーダーのアランがそこを野営場所と定めました。他の仲間たちも異議はなさそうです。


 さて、野営となったらしなければならない作業が多々あります。ゆっくり休めるのはまだまだ先のこと、のんびりしてはいられません。

 しなければならない作業を順にいくつか挙げていきましょう。


 まず大切なのが火を熾すこと。

 火は煮炊きにも使いますし、夜中でも常に誰かが不寝番をして火を絶やさないようにしないと、野生の獣に襲われて全滅する危険もあるのでこれは絶対に必要です。


 次に水の確保。可能であれば装備や身体の洗浄も。

 周囲に川や泉があれば、極力行うべきことです。不潔な状態で長くいると病気になる危険がどんどん高まってしまいます。ただし、寄生虫や病原菌がいる可能性もあるので、水質には注意しなければなりません(この世界ではまだ病原菌やウィルスという存在は知られていませんが、病気の(もと)のような物が汚れを好む事と、熱である程度対処できることは経験的に知られています)。特に飲用水として使う分は面倒でも一度煮沸すべきです。


 そして寝床の製作。

 寝ている間に気を付けなければならないのは体温の低下です。身体が冷えると、相当に体力が低下してしまうのです。眠ったのにかえって体力を消耗するということになりかねません。できればテントを張ってその中に、それが無理でもせめて毛布を被るくらいはしなければなりません。


 最後に食事の準備。

 どんな強者でも、丸一日も食事をしなくてはたちまち弱って冒険どころではなくなってしまうからです。





 そのように野営中の冒険者は本来忙しく働かねばならないのですが、彼らはこれといって動くこともなく、のんびりとしたムードです。

 この分野の素人であるフレイヤはともかく、他四名はまだ気を抜けないことを重々しているはずなのですが、全員が今日すべきことは全部終わったとでも言いたげな様子を見せています。



「あった、あった」



 と、荷物の中から何かを探していたエリザが、小奇麗な装飾の入った白銀の鈴を取り出しました。


 そして……なんという事でしょう。

 その鈴を一鳴らししただけで、彼らの寝床と安全と食事とその他諸々の問題は一気に解決してしまったのです。







 ◆◆◆







 さて、ここで時間軸を数日ほど巻き戻しましょう。



「美味しくて、手間がかからなくて、荷物も増えなくて、野外でも出来る。そんなお料理を教えてください~」



 そんな無理難題を押し付けられたアリスの答えは、



「いやいやいや、そんなの無理ですって」



 という、極めて常識的なものでした。


 いえ、それでも一応努力はしたのです。

 魔王やリサの手も借りて、雑穀やドライフルーツや大豆粉等を多めの砂糖と混ぜて焼き上げたカロリーバーを作ってみたりもしました。

 各種の必須栄養素やカロリーを効率よく得られ、軽いので従来の保存食よりかさばることもない。まあ、悪い出来ではありませんでしたが、驚くほど凄いかというと微妙な栄養食品モドキができました。



「正直、そんなに美味しい物ではありませんね」



 試食の際に、全員が薄々思っていたけれど気を遣って言わなかったことを、コスモスがはっきり言ってしまったせいでとても気まずい空気が流れたりもしました。まず保存性や栄養面や持ち運びやすさを第一に考えなければならない為に、味を工夫する余地がほとんどなかったのです。

 というか、わざわざ手間をかけて自作しなくても、日本のコンビニやスーパーなどでその手の(モドキではない)品を買ってきましょうかとリサが提案したあたりで、画期的な保存食の開発は打ち切りとなりました。



 そして、野外で現地調達した食材を美味しく食べる方法ですが、こちらは更に難しいと言えます。

 まず食べられる食材の選別に関しては、経験を積んで知識を深める以外には方法がありませんし、食材を集めたところで調理器具や調味料の種類が限られていてはどうにもなりません。


 食中毒のリスクを考えると生は論外。道具や油の関係上、蒸したり揚げたりも難しい。調理方法といえば、基本的に煮るか焼くかの二択しかないのです。


 その現実に一同は頭を抱えました。

 いえ、別にメイたちが冒険中の食事の味に妥協すればそれで解決する話なのですが、すっかり舌が肥えてしまったが為に、彼女たちは不味い食事に耐えられなくなってしまっているのです。



「冒険中でも、このお店みたいな料理が食べられたら良かったんですけどね~……」



 それは流石に高望みが過ぎる気もしますが、かなり切実な問題でもあります。本来活力を得るべき食事の度に不味さで精神力を消耗していては、致命的なミスにも繋がりかねません。



「まあまあ、とりあえず一休みして何かお腹に入れたらどうです? お腹が空いていたら良い考えも浮かびませんし」



 暗い顔を浮かべるメイにリサが食事を勧めました。

 前に食事をしてから栄養食品モドキの試食を少しした程度なので、そろそろお腹が空いてくる頃合です。



「そうですね~、それじゃあ……」



 と、メイが注文を伝えた次の瞬間、



「あ、そうすれば良かったんですね」


「?」



 全ての問題を解決するための、元も子もない、ある意味では邪道極まるアイデアをリサが思い付きました。







 ◆◆◆







「どうも、お待たせしました」


 エリザが鈴を鳴らしてから数分後、焼き立てのピザの乗った皿を持ったリサが無人島の深い森の中に突然現れました。


 彼女は手の中に具現化した聖剣を人数分のイスとテーブルに変形させ、「それじゃ、あとでお皿取りにきますから」と帰っていきました。



 そう、リサの思いついたアイデアは、実に単純極まるものでした。

 冒険者自身に美味しい食事を用意する余裕がないならば、現地まで出前に行けばいいのです。これは『ピザ=出前の定番』という発想ができるリサならではの思い付きだったと言えるでしょう。

 場所さえ分かっていれば厨房からフロアに料理を運ぶのも、千キロ彼方の無人島に運ぶのも、魔王やリサやアリスにとっては、ほとんど手間が変わらないのですから。

 先程の鈴は、位置を報せるために事前に渡しておいた魔法道具だったのです。



「いや、その理屈はおかしい」



 という常識的な意見も一応あったのですが、食欲やその他の欲に負けて結局その案が採用されてしまったというわけです。



「大自然の中で食べるピザは美味しいね!」


「そうですね~」



 この中では割と常識人寄りのアランなどは苦笑していますが、ピザが美味しいことに異論はありません。色々と言いたい言葉はとろけるチーズと一緒に飲み込みました。



「ふう、汗をかくと麦酒(ビール)が美味いぜ」


「あんまり飲みすぎると明日に響くわよ」



 リサがピザと一緒に配達した麦酒のジョッキをダンが勢いよく飲み干します。エリザも口では諌めるようなことを言っていますが、「ピザに合うのが悪いのよ」と結構な勢いで飲んでいました。

 何がいるか分からない森の中での飲酒など、判断力の低下を招いて自殺行為だとお思いかもしれませんが、



「お皿下げに来ました。それと……」



 イスとテーブルだった聖剣が融けあうように一つの大きな金属塊になり、それが今度は大きなドーム状に変形しました。



「中に仕切りがありますから、男女で分けて使ってください。これも明日片付けにきますから」



 聖剣の強度を突破できる魔物など、そんじょそこらにいるわけがありません。これだけで世界一安全な宿泊施設の出来上がりです。

 ただ、流石にトイレやお風呂などといった水回り関係の設備は付いていないのですが、



「お風呂使いたい人は付いてきてくださいね」



 そんなのはリサと一緒に一旦迷宮都市に戻って、魔王の店の奥にあるのを借りれば済む話です。異性の目を気にせずに着替えや手洗いを済ませることができるというのも、特に女性たちにとっては相当に魅力的だったようです。

 先程、元も子もないとか邪道などという表現を使った理由がよくお分かりでしょう。



 意外にも、これらの案の採用に最後まで反対していたのはフレイヤだったのですが(冒険っぽさがなくなるという理由でした)、毎日お風呂に入れるという提案は魅力的だったようです。最終的には欲望に屈してピザをかっ喰らい、熱い湯船に浸かって冒険の汗を流しています。



 こうして彼らの冒険の初日は、美味しい食事と熱いお風呂と安全な寝床という、豪華三点セットによってこの上なく快適に終わりました。

 今の彼らが冒険者の在り方として正しいかどうかについては、あえて触れないでおきましょう。少なくとも純粋に楽しんでいるのは確かなので、きっと悪いことではない……んじゃないでしょうか?



イメージ的には劇場版の大長編ドラえもんくらいのユルさの冒険です。

現在はまだお試しということなので、彼ら以外への出前は受けていません。

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