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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語

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アリス先生のお料理教室 応用編①

 魔王のレストランで数人の女性たちがファッションの話題を楽しんでいました。具体的には、アリスとリサとメイとエリザとコスモス(大)とフレイヤです。

 元々の話のキッカケは冒険者組一同(男性陣含む)と、彼らといつも間にか知り合っていたフレイヤがちょっとした相談事を持ち込んだことだったのですが、そんなことはすっかり忘れ去られていました。


 最初は冒険中の衣食に関する話だったはずなのですが、それがいつの間にか服そのものの話題に脱線してしまいました。話の枕として選んだのが冒険中の着替えや洗濯の話だったのが原因だったのでしょう。

 しばらくは「どこのお店が良いか」「あそこは値段の割に質がイマイチ」などと話の上だけで盛り上がっていたのですが、アリスがお祭り期間中に買い込んだ材料で製作中の衣服や小物などを自室から持ち出してきて、今やちょっとしたファッションショーみたいになっています。



 営業中のお店としてはどうかと思いますが、彼女たち以外に店内にいるのは、かろうじて厨房に避難できた魔王と、話題に付いていけずに隅っこのほうでモソモソと冷めたフライドポテトをかじっているアランとダンしかいないので問題はありません。


 いえ、アランたちも一応は抵抗したのです。


 本題に戻って建設的な話をすべきだと、話題が脱線したとはっきり気付いた段階で主張したのですが……それがいけませんでした。


 家族・恋人・友人など間柄は問いませんが、女性と服屋に買物に行ったことのある男性読者諸氏は同じような経験がおありかもしれません。

 例えば、「コレとコレ、どっちがいいと思う?」と二着のよく似た服を手に尋ねてきた女性に対し「どっちでも同じじゃない?」などと思ったことを正直に言ってしまっては決していけません。

 あるいは、服屋の店内で何時間も「あれでもない、これでもない」と迷う女性に「さっさと決めなよ」などと、言ってしまっては絶対にいけません。面白くないかもしれませんが、命が惜しければ止めておくのが賢明だと忠告しておきます。


 彼女たちは、その迷う過程も含めて一種の娯楽として楽しんでいるのであって、その趣を理解しない男性に水を差されると途端に気を悪くしてしまうのです。言い分が正論であろうがなかろうが、そんなことは関係ありません。楽しみの邪魔をすること自体が罪なのですから。


 そして、場所こそ服屋ではなくレストランでしたが、アランたちが踏んでしまった地雷もそれらと同種のものでした。直接的な罵詈雑言こそありませんでしたが「空気読め、お前ら」という、苛立ちや呆れという負の情念のこもった冷ややかな六人分の視線が一斉に向けられ、憐れな男性たちは精神に深い傷を負って退散してしまったというわけなのです。

 女性陣の名誉のためにも明言しておきますが、彼女たちに悪意があってそうしているのではありません。しいて言えば、男と女という別種の生物の間の根本的な部分にある、どうしようもないほどに高い壁がそうさせたのです。






 すっかり興が乗ったリサは、カバンから写真付きのファッション雑誌を取り出したりだとか、聖剣で空間に穴を開けて電波が通るようにしてから、スマホやアリスのタブレット端末で関連情報を検索したりだとか、厳密に考えれば重大な文化破壊のような気がする行為も躊躇なくやっています。


 ここにいる面々には、実は勇者であることがとっくにバレていたということも分かっており、もう遠慮は無用とばかりにやりたい放題です。もしかしたら、ここ最近の鬱屈した感情にとりあえずの区切りが付いたせいで、反動でハイになっているのかもしれません。


 リサとある程度の読み書きを習得しているアリス以外には日本語は一切分からないのですが、紙上の写真や画面上の電子データを見る分には関係ありません。

 異世界組も最初は驚いていましたが、「そういう魔法道具」だと思ってすぐに受け入れてしまいました。それよりも見たこともないような斬新なデザインの衣服に対する感心が遥かに上回っているようです。

 使い道によっては、そこから引き出した情報で立身出世は思いのまま。この世界の行方を左右できるような知識を引き出せる電子端末も、こうなってしまえば単なるファッションカタログでしかありません。



 ますます元気に盛り上がる女性陣と反比例するかのように、男性陣の肩身は狭く、存在感も薄くなっていきました。普通の衣服であればまだマシだったのですが、話題が女性用下着になったところで男性陣のいたたまれなさは限界に達したようです。


 この手の話題は、覚悟を決めて混ざってしまえば男性でもそれなりに楽しめる可能性は一応あるのですが、それには付け焼刃ではないレベルの知識(生半可な知識による知ったかぶりは逆効果です)や、経験や器用さなどの要素が不可欠です。この店の関係者でそれらを兼ね備えているのは、年季の入った紳士であるクロード氏くらいのものでしょうが、彼はシモンと一緒に国に帰省中です。

 そして、残念ながらそれらの要素のどれ一つとして備えていないアランたちの男ぶりでは、まだまだ不可能な話でした。素手で野生の獅子鷲(グリフォン)と戦えと言われたほうが、まだ勝算はあったでしょう。


 彼らに出来るのは、女性陣の分の勘定もテーブルに置き、可能な限り気配を消して、話に夢中になっている彼女らに気付かれないように店を出ることだけでした。







 ◆◆◆







「あら~? 二人はどこに行ったんでしょう~?」


「先に帰っちゃったのかしら。まだ本題にも入ってないのに、仕方ないわねぇ」


 ようやく話が一段落した頃、メイとエリザはそんな風に、じっとしていられない子供に対するような呆れを口にしました。アランたちが聞いたら理不尽だと言うでしょうが、もし言ったらもっと酷い目に遭うのは間違いありません。彼らが賢明であることを精々祈りましょう。



「それで、お話はなんでしたっけ?」


「野外でのお料理のことですよ~」


「ああ、そうでした、そうでした」



 そう、冒険者組&フレイヤの本来の主目的は、アリスに屋外での調理について教わることだったのです。しかし、アリスには一つ疑問がありました。



「なんで、フレイヤも一緒なんです?」


「ふふふ、それはね、アタシがメイちゃんたちと同じ冒険者になったから、です!」


「登録に来てた時に私たちと知り合って、船に乗せてくれるっていうから、どうせだから一緒に冒険に出てみようって話になったのよ」



 フレイヤの発言をエリザが補足しました。

 更に補足を重ねると、エリザの言うフレイヤの「船」とは例の劇場艇のこと。優勝者の権利としてフレイヤが魔王からもらったのが、あの劇場艇だったのです。

 なので、あの空飛ぶ船は現在彼女の私物という扱いになっています。今は迷宮都市郊外の野原にそのまま無造作に置かれていますが。



「一緒に空飛ぶ船で冒険ですか、楽しそうですね。……あれ? でも、仕事を請けるわけじゃないなら別に冒険者に登録する必要はないんじゃ?」


「うん、アタシは別にどっちでも良かったんだけど、リックがしろって言うからしたの。どうしてだろ?」



 リサの疑問には当のフレイヤ本人も答えられずにいました。

 まあ、それは当然です。

 そんな風に裏の意味に気付けず、腹芸のできない彼女だからこそ、魔族の冒険者第一号に選ばれたのです。何も知らないからこそ疑われるような気配を出さず、警戒されずにいられるのですから。


 フレイヤにそれを指示したヘンドリックの思惑としては、冒険者ギルドに『登録できるのは人間のみ』というような種類の規定がないことに目を付けて、魔族の冒険者を登録させたという前例を作るのが目的だったのです。

 人間というのは、前例に支配されたがる性質を持っています。

 「前に誰かがそうしていたから」という理由で、とっくに時代遅れになった規則や習慣がいつまでもまかり通っているのは、現代日本でも珍しいことではありません。


 今後魔族がもっと大々的に人間界に進出した際に、各種職業への就職や公共サービスの利用を「魔族だから」という理由で受けられない可能性がありました。

 問題が表面化するのは早くても十年単位で未来のことになるでしょうが、だからこそ各国の法整備が未熟なうちに先んじて数々の前例を作り、魔族が暮らしやすい世界にしようと動いているのです。

 人間界各国で法整備が進む前の今の段階から社会の流れをコントロールしようと努めていれば、各種問題が顕在化してから個々の案件に対処するよりも相当に効率が良いのは想像に難くありません。

 フレイヤが知らずに担ったのはその計画のごく一部であり、ヘンドリックは彼女以外の人員も順次各方面に送り込んで、「魔族がその仕事をした」「こういう権利を認められた」という前例を数限りなく作ろうとしているのです。



 まあ、そんな小難しい事情は彼女たちの知ったことではありません。

 すぐにその疑問から興味を失い、元の話題に戻りました。



「わたしも、ちょっとはお料理できるようになりましたけど~、ちゃんとした食材とか設備がないとどうしたものやら~……」



 冒険をするならば、食材にしろ調理設備にしろ、万全の準備を整えて臨める機会などまずありません。

 この街で販売されている保存食は従来の味気ない乾物以外にも、缶詰や瓶詰、最近ではお湯を注ぐだけで食べられるインスタント食品なども出始めていますが、そういった物はまとまった量を持とうとすればかなりの重量があり、値段もバカになりません。

 具体的に考えてみると、メイたちの場合は四人パーティーですから、一食あたり四人分の食料が必要……ではなく、屋外で過酷な運動をすることを考慮すると、必要なカロリーは倍近くを想定したほうがいいでしょう。この場合はおおまかに一食あたり八人分の食料が必要だとします。

 一日あたりに必要な食料は(毎日三回食事を摂る余裕があったとして)二十四食分。冒険の期間が仮に十日間とすると二百四十食分。それだけの缶詰やインスタント食品を持って、まともな道も存在しないような山奥や森の中をうろつくのが無謀だということはお分かりでしょう。重さですぐにバテてしまいますし、破損や汚損や紛失などのリスクもグンと跳ね上がります。

 保存食に乾物が選ばれることが多いのは、何も日持ちしやすいからというだけでなく、軽くてかさばらないという理由もあるのです。

 実際、去年の冬頃にメイたちはうどんの乾麺を魔王から購入し、冬山に冒険に出たこともありました。ただし、乾麺の場合は水の確保が必須なので、事前情報のない場所へ持っていっても調理ができない可能性があります。



 劇場艇の中には小規模な厨房がありますが、船を降りて行動するとなると食材の現地調達・現地調理も考えないといけません。それらは冒険者であれば当たり前に習得している技術ではあるのですが、



「そういうのって、大抵不味いのよ……」



 エリザが心底うんざりした表情で呟いてメイもそれに同意し、冒険者としての生活がある程度安定して来る前の苦労話をポツリポツリと語り始めました。


 冒険に出る時は事前に「このくらいあれば足りるだろう」と保存食を用意するものなのですが、なんらかのトラブルによって想定していた期間の延長があったり、人里離れた山奥で道に迷ったりすれば、そんな物は簡単に消費し尽してしまいます。


 栄養の摂取が何よりも優先なので、とんでもなく苦い山菜や不気味な形状をしたキノコなどを、話の上でしか知らない知識と照らし合わせながら、毒がないかどうかに怯えながら口にする。味付けはごく少量の塩だけ。

 運良く兎や鴨などの上物が捕れればいいけれど、そんな幸運は滅多にありません。ネズミや昆虫なども食材候補として考えなければいけないのです。



「……もう、あんなのは食べたくないですね~……」



 メイは生きるために食べねばならなかった「何か」がトラウマになっているようです。詳しく語る気はなさそうですが、うっかり思い出してしまったのか完全に目が死んでいます。



「そういえば、わたしも」



 リサの場合は、旅の最中においても予算が潤沢にあった上に、物資の輸送に馬車を利用できたのでかなりマシですが、野外での食事には苦い思い出がありました。


 時折、お供の騎士たちが狩りをして、その獲物である熊や猪が食卓に上がることがありました。いくら予算が潤沢に使えるとはいえ、旅の道中では消費期限の関係上いつでも生肉が使えるわけではありませんし、せっかくの食材を有効活用すべく挑んでみたのですが、



「臭いし、硬いし、脂が気持ち悪いし……」



 リサは最初、日本で食べたことのあるジビエ料理をイメージして調理しようとしたのですが、生半可なことではそれらの獣は美味しくなりませんでした。大体こんな感じで調理すれば美味しくなるだろう、というリサの予想はことごとく外れてしまったのです。

 騎士たちも本職の猟師ではありませんので血抜きや解体に不備があったのも、食材としての難易度を上げる原因になっていました。吐き気を催すような臭み、融けかけたロウソクを連想させるようなニチャニチャとした脂肪。思い出しただけで気持ち悪くなりそうなシロモノでした。


 最終的に、大量のお湯で何度も繰り返し洗って血と脂を徹底的に抜き、摩り下ろした生姜やニンニク、お酒、お酢などの混合液で一晩マリネしてから調理すれば美味しく食べることはできましたが、そこまでの手間暇をかける価値があるかというと大いに疑問です。肉を熟成させれば旨味成分であるアミノ酸が増えてもっと美味しくなり、手間をかけるだけの価値を感じられたかもしれませんが、流石にそこまでする余裕はありませんでした。


 アリスとフレイヤの魔族組も食糧難だった頃の魔界を思い出してか、一様に暗い顔をしていました。どうやら、この場の面々の中では食に困った経験がないのはコスモスだけのようです。



 だいぶ脱線してしまいましたが、



「美味しくて、手間がかからなくて、荷物も増えなくて、野外でも出来る。そんなお料理を教えてください~」



 という無理難題を、アリスは聞くことになったのです。



冬山のうどんのエピソードは書籍版二巻収録の書き下ろしですよ~(ダイマ)


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