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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
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閑話・告白の代償


 朝日も完全に顔を出し、ぽかぽかとした陽気が感じられるようになった頃、シモンたちの乗った馬車は街道をガタゴトと進んでいました。


 街から近いこの辺りは、道の整備がだいぶ進んでいるために急な傾斜もなく、なだらかな道がどこまでも続いています。ここまでの道中でも整地や道幅の拡大作業をしていると思しき人足の集団を何組か見かけていました。彼らは馬車を見かけると通行の邪魔にならぬよう道の脇にどき、通り過ぎたらまた作業を再開するのです。


 眼前には見渡す限りの大平原。

 こんな場所では盗賊や魔物が襲ってくるはずもなく、馬車の周囲で護衛に当たっている騎士たちや馬車を操る御者たちも、時折退屈そうに欠伸をしているほどです。

 早起きをして眠いのと、ポカポカと温かい陽気、そして道が良いがために砂利道を往く時のような変な震動もなく、いかにも一眠りしたくなりそうな状況でした。皆が皆そんな状態なので、近くの者が職務中に大欠伸をしていても、お互いそれを咎めることなく見なかったことにしています。


 馬車の外にいる者たちは、そんな風に必死に眠気を堪えながら職務に励んでいましたが、彼らの主人たる貴人たちは別に眠っていても問題はありません。というか、侍従たちにしてみれば主人が眠っていたほうが何かと気楽なのです。

 二日酔いやら低血圧やらで、さぞやぐっすりと眠っているだろうと思われた王族たちは、しかし、どういうわけか揃いも揃って完全に眠気が醒め、馬車の中で大いに盛り上がっていたのです。







 ◆◆◆







 一世一代の告白をアリスに断られて、さぞや落ち込んでいるだろうと思われたシモンは、幸か不幸か、ぶっちゃけそれどころではありませんでした。



「姉上、その話はもう勘弁してください……!」


「あら、いいじゃない。だって素敵なんだもの」



 シモンは、何やらげっそりとした雰囲気で隣の座席に座るイリーナに頼み事をしていました。この二人は大勢の兄弟たちの中でも特に仲が良く、ケンカらしいケンカなどしたこともないほどなのですが、イリーナには可愛い弟の頼みを聞くつもりはないようです。また、同じ馬車内にいる上の姉たちもそれは同様でした。


 先程のシモンの告白。

 特にその最初の一声は、その場にいる人々全てに聞こえるほどの大音声でした。その大きさがどれほどかというと、馬車の中に積み込まれ眠気で朦朧としていた彼の家族たちが一発で目を醒ますほど。弟の大声に驚いた彼らが馬車の窓から目にしたのは、シモンがアリスに対して情熱的な告白をする場面だったのです。



 まだまだお子さまだと思っていた末弟の、そんな場面を目撃してしまったのですから、話題にするなというほうが無茶でしょう。特に他人の恋愛話(コイバナ)に目がない妙齢の姫君たちや侍女たちにとっては格好の話のタネでした。


 そして、クロードからの追加情報もその熱に油を注ぐことになりました。

 あんな告白をしたのですから、当然、相手の美少女は誰なんだ? その隣にいた黒髪の青年はもしや? ……などの疑問が次から次へと出てきます。それらの情報は本来は隠すようなことでもありませんし、そもそもクロードとしては立場上問われれば答えるしかありません。


 こうして、シモンの懸想していた相手が、“あの”魔王を婚約者にする少女だったと知れ渡り、話の熱は乾季の山火事のように勢いを増していきました。

 シモンとしては家族に自分の告白を聞かれていただけでも恥ずかしいのに、こんな風に話されては頭を抱える他ありません。しかし、彼が黙して語ろうとしないせいで、かえって推測や妄想で話がどんどんと膨らんでいってしまうのでした。



「私もあんな風に言われてみたいわ」



 王室の一員たる女性たちには、基本的には恋愛の自由というものはありません。大抵は外国の王家に嫁ぐか、もしくは国内の有力貴族の家に降嫁することになります。

 高貴な身分に生まれた者の宿命として、自身の身が政治取引の道具となることは彼女たちもとうの昔に納得して受け入れてはいますが、それはそれとして自由恋愛への憧れというものはあるのです。いえ、そんな身分だからこそ、ドラマティックな恋愛に対する憧れはより強くなるのかもしれません。


 普通であれば結ばれない運命にある二人。

 だが葛藤を振り切り、道理や社会常識をあえて無視して、婚約者のいるヒロインに正面切って「お前が好きだ」だなんて公衆の面前で情熱的な告白をする理想の殿方。

 お家のために我が身を犠牲にするつもりでいた健気なヒロインも、愛する男の想いに応える覚悟を決める。

 お互いの身分も立場も全てを捨て去り、その代わりに二人は真実の愛を手にする。

 ……なんていう、ベタベタな恋愛劇も裸足で逃げ出す甘ったるい妄想を、自分たちがヒロインになった様を想像しては盛り上がっていたのです。

 盛大に盛り上がる女性陣のすぐ真横で、そんな話を聞かされるシモンの心境がどのようなものだったかは、あえて語るまでもないでしょう。






 ただ、別の馬車の中で盛り上がる男衆に比べれば、まだ幾らかマシでした。

 シモンの男兄弟たちは、見事に男を見せた末弟の話題を肴に朝っぱらから酒を飲み、下品な冗談などを飛ばしながら別方向に盛り上がっていたのです。

 国に戻ったらシモンを夜会に連れ出して、百戦錬磨の貴族令嬢を相手に磨いた口説きの技を指南してやろうとか、傷心の弟を励ますために見目麗しい女性とお酒を飲んで楽しいことをする店に連れていってやろうか、などと本気か冗談か分からない話をしては大声でゲラゲラ笑っていました。


 侍従たちの咄嗟の判断でシモンは女性陣と一緒の馬車に乗せられたのですが、とても子供には聞かせられない話がポンポン出てくる現状を鑑みるに、その判断は正解だったようです。


 まあ、結局帰国直後に夜会には連れていかれ、シモンはやや早めの社交界デビューを飾るのですが、それはまた別の話です。

 年端もいかない少年を好む特殊な趣味の貴婦人や令嬢たちに散々可愛がられたり(年齢制限が必要になるような事態にはなりませんでしたが)、悪い兄たちから女性との付き合いかたに関する色々な技を教え込まれたことで、真面目で純心だったシモンの人格形成がほんの少しばかり妙な方向に向かってしまうのですが、それはまた別の機会に語ることにしましょう。








 ◆◆◆







「そうだわ。せっかくだから、出資者(パトロン)をしている劇団の作家にこのことを話して、歌劇にしてもらおうかしら?」


「な……姉上ェっ!?」


「まあ、素敵なアイデアね」


「それなら、わたくしのお気に入りの詩人にも話してみようかしら」


「姉上たち、少しはおれの話を聞いてくださいっ!?」



 これは余談ですが、シモンの告白は後に歌劇や詩や絵草紙になり、しかも彼にとっては不幸なことに王族・貴族・庶民に至るまで国内外で大ヒットし、多くの熱烈な女性ファンを獲得してしまうこととなりました。


 一応の配慮として、元ネタの人物に迷惑がかからないように登場人物の名前は全て差し替えられ、恋愛部分をより盛り上げるために主役であるシモン役の年齢設定が十歳ばかり上方修正されていましたが、モデルとなった彼にとってはなんの救いにもならないでしょう。


 それらのストーリーは、史実に沿って展開する悲恋モノ。クライマックスの告白シーンを改変して主役とヒロインが結ばれるようにしたハッピーエンドの純愛モノ。本来は敵役であるはずのヒロインの婚約者と主役が、何故かヒロインそっちのけで男同士の行き過ぎた友情を育む特殊なモノ……等々の様々なバリエーションが作られて、末永きにわたって好評を博することになるのでした。



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