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迷宮レストラン  作者: 悠戯
小さな恋の物語
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迷える子羊たちと勇気のカケラ③

 時間は少し戻ります。

 傷心のシモンが帰った後、魔王のレストランに満ち満ちていた重苦しい空気は、何も事情を知らない、いつもの常連たちのおかげで大分マシになっていました。



「とうっ」


「おお、なかなかスジがいいじゃねえか、嬢ちゃん」


「あはは、格好いいよ、ライム」


「はいぼくをしりたい」



 注文待ちの間のヒマ潰しに、ガルドがライムに拳の突き方を教えていました。とはいっても、本格的な格闘の教練ではなく、あくまでも遊び半分です。

 店内が空いているのをいいことに、通路でガルドがライムに基本の突きの型をやらせてみて、保護者のタイム共々に面白がっているのです。ダメな大人たちがおだてて調子に乗せているせいか、ライムもその気になって小さな手をブンブンと振り回しています。


 一、二、一、二……と、パンチというよりは珍妙なダンスのような動きを繰り返すライムはたしかに可愛らしくはありますが、分別のある大人であれば本来ここは止めるべき場面でしょう。

 率先してやらせているダメ人間とダメエルフはともかく(なんと、日の高いうちからお酒が入っていました)、普段であればそろそろアリスがやんわりと止めに来る頃合なのですが、今日は先程のシモンの一件があったせいか少しばかり注意力が散漫になっているようです。

 仲の良いシモンが帰郷して、もしかしたらそのまま戻ってこないかもしれないというのが、アリスなりにショックだったのでしょう。残念ながら、その原因が自分たちにあるとまでは、未だに思い至っていませんでしたが。




 まあ、好意的に解釈するならば、幼いうちから武芸を学ぶのは悪いことではありません。

 ガルドは言うまでもなく、タイムも旅をする際の護身の為や、故郷の森で狩りをする為に、弓術や魔法やナイフ術などをそれなり以上の水準で修めています。


 エルフの長老衆は、揃いも揃って常時ヒマを持て余している上に、個々の才能は並であっても惰性で数百年~千年超もの鍛錬を続けているので、無意味に達人揃いなのです。

 これは武芸に限らず学問や芸術などの分野でもそうなのですが、気が向いた時だけ修練を重ねていても総量としては人間の専門家が生涯の全てを費やした鍛錬を遥かに超えてしまい、結果的に達人や名人が勝手に量産されてしまう種族なのです(もっとも、稀にではありますが、そんなエルフたちをも超える天才が他種族に生まれることもないではありません)。

 そんな技能を使う機会もなく持て余している長老衆にとって、若い者に各々の技を教えるというのは格好の娯楽でもあるのです。若いエルフも、これまた寿命が長いものですから気長にのんびりと修練を重ね、やがて数百年もすれば使い道のない達人に仕上がっているという寸法です(時折、気紛れに気に入った人間を弟子に取るエルフもいて、それが多くの人間国家でエルフが尊敬を受ける一因にもなっています)。



 ライムもいつかは一人で森歩きをするようになるでしょうし、迷宮都市の街中で迷子になったりする可能性もあります。実際に武力を行使するかどうかはさておき、危険に対する備えをしておいて損はないでしょうし、単純に運動をすることによる健康の増進という意味合いもあります。

 通常、エルフの武芸の鍛錬は体格が出来上がってくる十代半ばあたりから教え始めることが多いのですが、別に今のうちから始めていけないということはありません。



「よし、特別に私の奥義を教えてあげよう。ポケットの中に握りこんでおいた砂を、いきなり相手の目に投げつけるんだ。これで大抵の相手はイチコロさ」


「おっ、奥義か。よし嬢ちゃん、殴りつけた相手の全身の穴から血が噴き出すのと、全部の内臓が破裂するのだったらどっちが知りたい?」



 ……今回の教師役にはあまり教わらないほうがいいかもしれませんが、一般論としては幼年期からの武芸の習得は悪いことではないはずです。

 余談ですが、この世界の「護身術」は競技化が進んでいる現代の地球の技に比べ、実戦志向でエグい技がやたら多いのです。対人だけでなく対魔物なども想定しているので、具体的に何処をとは明言しませんが、身体の一部を抉り取ったり潰したりも珍しくはありません。




「ふう、いいあせをかいた」


 と、ライムが疲れたので、今回の稽古は終了となりました。

 このまま続けていたら、性質の悪い酔っ払い共によって、いたいけな幼児に倫理的にアウトな技の数々が教えこまれていた可能性を考えると危ないところでした。まあ、タイムの卑怯技はともかく、ガルドのほうは一朝一夕で使えるような技ではないので、ライムには(まだ当分は)無理でしょうが。



「お待たせしました」



 ちょうど彼らの遊びが一段落したタイミングで、アリスも注文の品々を運んできました。お盆の上には、綺麗に彩られた可愛らしいお菓子が並んでいます。


 栗のタルトにパイにモンブラン、マロングラッセに栗ぜんざいにマロンアイス、栗きんとんに甘露煮の天ぷら等々に加え、お菓子に合わせるお茶までもが栗の風味のマロンティーという、徹底的な栗尽くし。本格的に秋に入って旬を迎えた栗のメニューを魔王が最近色々と試していて、お客さんにも積極的に勧めているのです。



「美味い、美味い」



 ガルドは「ぜんざいは飲み物」とでも言わんばかりの勢いで熱々の栗ぜんざいを口に流し入れていますし、エルフ姉妹のほうもそれに負けじと次々に旬の味覚を味わっています。特にライムは身体を動かしてお腹が減ったのか、小さな頬をリスのように膨らませるほどの勢いです。



「これ、おいしい」


 特にライムがお気に入りなのは、栗のクリームをサクサクのメレンゲの上に細長く搾り出して小山のような形にしたモンブラン。甘いクリームの山の頂上にちょこんと座した黄色の甘露煮がなんとも鮮やかです。


 銀のフォークで滑らかなクリームの山を切り取って口に運べば、強烈なまでの栗の風味に頭が蕩けてしまいそうになります。しかも内側に甘さ控えめの生クリームとカスタードクリームも仕込んであり、それらが栗の風味と合わさることでまた新たな味覚が生まれるのです。




「ん? なんだ、食わないんだったら……」


「あれ? それ、いらないんだったら……」


 好きな物は最後に取っておく派のライムは、頂上に乗っていた甘露煮を最後まで取っておいたのですが、食い意地の張った大人たちがそれに目を付けたのです。

 しかし心配はご無用。


「だめ」


 ライムの殺気を含んだ眼光に怯んで、ガルドとタイムは慌ててフォークを持った手を引っ込めました。

 食べ物の恨みは恐ろしい。

 もし手を出したら何をされるか分からないという予感に、一瞬で酔いが醒めるほどの本能的危機感を抱いたようです。実に末恐ろしい幼女でした。







 ◆◆◆







 テーブルの上のお菓子もあらかた片付き、最後に少しぬるくなったマロンティーを飲み干したライムは満足気に「ごちそうさま」と言いました。どうやら、数々の栗のお菓子がとてもお気に召したようです。

 

 しかも、最初に注文した時に持ち帰り用のお菓子もアリスに頼んであるので、帰宅してからもまだ美味しい物が食べられるのです。

 今夜の夕食のデザートにするのもいいし、明日の朝食を豪華に飾るのも捨てがたい。村の端っこにある花畑まで持って行ってオヤツに頂き、そのまま昼寝をするのはどうだろう……などと悩ましくも楽しい予定を考えていました。

 両親やご近所にも配るので取り分は減ってしまいますが、それでもライムは非常に上機嫌でした……この時までは。




「……そういえば……仲が良かったですし、伝えておいたほうが……」


「どうしたの?」



 ご機嫌だったライムは、ふと、自分の顔を見ながら難しい顔をして独り言を呟いているアリスに気付きました。


 アリスは、ライムとシモンが以前から何かと仲良く張り合っていたのを思い出していたのです。

 シモンが明朝にこの街を離れるならば、何も知らずにこのまま別れては悲しむだろうし、せめてお別れの挨拶くらいはさせてあげたほうがいいのでは……というようなことをアリスは考えていたのです。



「実は、シモンくんが……」



 アリスは、先程クロードやイリーナから聞いた話をそのままライムに話しました。

 シモンが“何故か”ショックを受けて倒れてしまった事や、単なる一時帰国の予定だったのが、これまた“何故か”このまま帰ってこないかもしれないということも全て伝えました。伝えてしまいました。





「そう」



 ライムの返事は、いつもと変わらぬ言葉少なめのあっさりとしたものでした。



「ばしょ、おしえて」


「あ、はい」



 アリスはてっきりライムがシモンにお別れの挨拶をしに行くのだと考えていました。出発が明日の早朝ならばゆっくりと挨拶をする余裕はないかもしれませんし、今日中にシモンの住んでいる大使館を訪ねるつもりなのだろうと、そんな風に思っていたのです。アリスだけでなく、保護者であるタイムや部外者のガルドも、そんなところだろうと思っていました。


 そんな大人たちの思惑をよそに、この時ライムの視線は空の食器が並んだテーブル上を鋭く見渡していました。いくつもの皿、フォーク、ティーカップ、砂糖壷、塩や胡椒の小瓶、メニュー表。そんな、特に何の変哲もない品々が並んでいるだけでおかしなところは何もありませんでしたが……。



「いこう」


「ああ、そういうことなら帰る前に寄って行かないとね。すまないがお勘定を頼むよ」


 

 準備を整えたライムは、まだ酔いが抜けずにふらついているタイムを引っ張るように店を出ました。







 ◆◆◆







 そして、時は現在に戻ります。

 話せば話すほどに負の悪循環に陥っていたシモンとリサのところに、クロードが来客の報せを伝えました。



「若、ライムさまとタイムさまがお見えになっています。こちらにお通ししますか?」


「なに、ライムが? ……そうだな、あやつにも会っておくべきだろう。じい、案内してやってくれ」



 王族であるシモンにとって、ライムは生まれて初めてできた同年代の「対等な」友人です。何かにつけて張り合ってはいましたが、それらも後から思い返せば得難く好ましい経験であり、決して嫌ってはいません。アリスに向けるのとは違う種類ではありますが、好意を抱いていると言える相手です。


 意気消沈してはいますが、友人に別れも告げずに帰国するのは礼儀に反すると判断したシモンは、ライムたちを連れてくるようにとクロードに命じました。


 そして、ほどなくしてシモンの私室にライムとタイムがやってきました。



「おお、ライム。すまぬが、おれは……」



 シモンがその続きを言うことはできませんでした。

 なんと、部屋に入ってくるや否や、ライムがシモンの顔面を、鼻血が強く噴き出すほどの勢いで思い切りブン殴ったのです。



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